681.情報の価値は
朝食を終えてすぐ、四人は王都ラクリマリスの近くに【跳躍】した。
「宿代も食費もこの運賃も、気にしなくていいわよ。キノコのお代がまだまだあるから」
運び屋フィアールカは、爽やかに笑って軽く手を振り、王都の西門をくぐった。
針子のサロートカは道々、他の自治区民がそうしたのと同じように、水路を行き交う船や術で守られた古い街並みを物珍しげに眺めながらついて来る。
背負った荷物は重そうだが、ファーキルも自分の荷物と大量の回答用紙を運ぶ身で、手助けする余裕はなかった。
「呪医、そう言えば、アゴーニさんはどうしたんですか?」
「別行動です。今は連絡手段がないので……」
呪医セプテントリオーは、淋しそうに口許を歪めた。
……他のゲリラの人たち、どうしてんだろ? 声明を出した「ネモラリス憂撃隊」ってオリョールさんたちのことだよな?
インターネットのニュースで彼らの声明は読んだ。
最後の一人が失われるまで戦うつもりなのかと思うと、ファーキルは遣る瀬なくなった。
ホテルに着いて荷物を置いただけで、どっと疲れが押し寄せる。
サロンの個室で休憩する間も、フィアールカはお茶を飲みながら、せっせとタブレットをつついていた。
「さて、と。私はちょっと西の神殿に行くから、みんなはゆっくりしててちょうだい。ここにお部屋も用意したから」
「えッ? それではあまりにも……」
呪医セプテントリオーが勢いよく立ち上がる。フィアールカは扉の前で振り返り、にっこり微笑んだ。
「千年茸はそれだけの価値があるのよ。私、料金は余分に取らない主義なの」
運び屋はひらひら手を振って出て行った。
呪医セプテントリオーは、閉まった扉を呆然と見詰めていたが、膝から力が抜けたのか、椅子に腰を落とした。針子のサロートカも、ティーサロンの個室を見回して顔色を失う。
グロム市のホテルと同等か、それ以上に豪華な装飾が施された貴族趣味な部屋で、しばらく滞在しているファーキルでも落ち着かない。
「ここも、昔は貴族の館だったそうですよ。今は教団が管理してるのかな? まぁ、えっと、ホテルになってて、支配人さんはフィアールカさんの知り合いなんだそうです」
「しかし……その……」
「私じゃ一生掛かっても、立替えていただいた分、お返しできませんよ」
サロートカが涙を滲ませる目には、呪医と同じ困惑ではなく、恐怖に近いものが見えた。
「えっと……昨日も言いましたけど、偶然、千年茸って言う貴重なキノコをみつけて、それで【跳躍】代とか払って、お釣りがフィアールカさんにも払い切れないくらいあるんで……」
「で、でも、私がそのキノコ採ったんじゃないのに……」
……参ったな。
そう言われてみれば、確かにそうだ。
リストヴァー自治区のバラック地帯出身だと言っていたが、こんなにきっちりした考えを持っているのは予想外だった。失礼な考えに自己嫌悪しながら、呪医を見る。
サロートカを連れてきた呪医も、どうしたものかとファーキルを見ていた。
二人とも、タダ飯や高価な奢りを「ラッキー☆ ゴチになりまーす♪」などと軽いノリで受けて、もらいっぱなしにできるタイプではないのだ。
「えーっと、俺たち、呪医にはすごくお世話になってたんで、その……サロートカさんは、呪医のお連れさんだし、ホラ、俺たちと一緒に活動してるラクエウス先生とアミエーラさん宛に手紙を持って来てくれたし……」
「で、でも、それだけじゃ全然……それに、店長さんからお手紙預かったの、センセイですし……」
サロートカが怯えた目で煌びやかな部屋を見回す。
呪医は紅茶の残りを三人のカップに注いで荷物を見た。
「その手紙の情報は超貴重なものだし、その価値を判断するのって受け取った人の方で、えーっと……あ、そうだ。魔法使いの社会を見学するんだったら、ついでにアミトスチグマに行って、ラクエウス先生に店長さんがどうしてるか、直接、お話してくれませんか?」
ファーキルは勢いで思いつきを口にした。
「情報って、モノによってはすっごく貴重なんです。下手したら国の運命が変わるくらい」
「えぇッ?」
針子の少女が隣を見る。呪医は頷いて言った。
「ファーキルさんの言う通りです。私は、仕立屋の店長さんが大火の後、どう過ごされたのか知りません。伝えられるのはサロートカさんだけです」
「えっ、で、でもっ、私なんか……」
「いつ自治区に戻るか、決まってるんですか?」
ファーキルが聞くと、サロートカは首を横に振り、呪医が答えた。
「いえ、特には。手紙を渡す約束はしましたが、どこまで行くか、行き先は決めませんでしたよ」
サロートカは両手を頬に当てて俯いた。
「あの……その、アミ何とかって街はこの近くなんですか? 歩いて行けるくらい……」
呪医とファーキルの動きが止まった。
数呼吸分の間を置いて、ようやく思考が回る。
ファーキルは卓上にタブレット端末を置き、地図アプリを開いた。
「ここが、今居る王都ラクリマリス……で、アミトスチグマは東のこの大きい国。ラクエウス先生は今……夏の都に居るんだったかな?」
サロートカは、差し出された地図を見て耳まで赤くなった。
「ヤダ……私、何も知らなくて……」
「俺も、名前と場所を知ってるだけで、行ったコトないから、どんなとこかは知りませんよ」
針子の少女は、少し肩の力を抜いて聞いた。
「店長さんの弟さんは、どうしてこんな遠いとこに……?」
「ネモラリスの国会議員……与党の多数派が魔哮砲をずっと使い続けようって決めて、ラクエウス先生たちがダメだって反対したら、宿舎に閉じ込められたそうなんです。で、どうにか逃げ出したけど、ネモラリスに居たらまた捕まっちゃうから、外国に亡命したんですよ」
ファーキルは、動画で本人が言っていたことと、ニュースで見たことを簡潔にまとめた。
地図を閉じ、動画を開く。
「こっちのおじいさんがラクエウス先生で、おじさんの方は両輪の軸党のアサコール党首。信仰は違うけど『魔哮砲は魔法生物だから戦争に使っちゃダメだ』っていうのと、『武力を使わずに戦争を終わらせたい』って言う意見は同じだから、一緒に活動してるんだ」
民主主義の根幹は、単純な多数決ではない。
それでは、人種や信仰、性別、社会階層など変更し難い「属性」による多数派が国政を思いのままにし、少数派が常に不利益を被ってしまう。
異なる属性の人々が意見を出し合い、自分たちが共に暮らす社会をよりよくする為に、不利益を被る者がなるべく少なくなるように、なるべく多くの者が幸福に暮らせるように、意見の集約やすり合わせを行うものだ。
呪医と針子は説明に頷き、「魔哮砲は魔法生物である」との告発動画を食い入るように見詰めた。
☆キノコのお代がまだまだある……「479.千年茸の価値」参照
☆声明を出した「ネモラリス憂撃隊」……「618.捕獲任務失敗」参照




