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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十六章 集散

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680.見てきたこと

 呪医が二人の疑問を(ほぐ)す。

 「店長さんは縫製職人なので【編む葦切(ヨシキリ)】の術を含む祭衣裳などの作り方……服飾関連の術を記した聖典をお持ちです」

 「えっと、店長さんからお預かりした聖典を持って来てます」


 フィアールカが食べ終えた皿を重ねたので、ファーキルもその上に重ねる。

 サロートカもそれに(なら)い、食卓に空きを作って席を立った。背負ってきた荷物を探り、分厚い革表紙の本を食卓に置く。

 針子の少女がページを開いてみせると、三人は身を乗り出して衣装作りの解説を読んだ。


 ……ホントだ。これ……えっと【魔除け】だ。


 すっかり見慣れた図が目に飛び込んだ。薬師(くすし)アウェッラーナのコートと、工員クルィーロのマントに入っていたのと同じ呪文と呪印が、刺繍の図案として載っている。

 フィアールカが、大きく息を吐いて背もたれに身を預け、水を一息に飲み干した。


 「えっと、あの、それで、私……何が正しいのかわかんなくなって、ホントに魔法全部が“()しき(わざ)”で魔法使いの人がみんな邪悪な人なのか、自分で見て確かめたくって、センセイに無理言って、連れて来てもらったんです」

 針子のサロートカは、震える声で言い切った。


 運び屋フィアールカが背もたれから身を起こし、空のグラスを置いて、肩に掛かった緑色の髪を片手で払った。

 「ふーん……で、どうだった?」

 「えっと……どう……って……」

 「ここに着くまでも、色々見たんでしょ?」

 サロートカはこくりと頷いて、運び屋の緑の瞳をしっかり見詰め返して言った。

 「えっと、どの街も……小さな村もみんな、自治区よりずっとキレイで立派で、ちゃんとした人が多くて……」


 リストヴァー自治区出身のキルクルス教徒の少女は、旅路を後戻りするように視線を動かしてポツリポツリと語る。

 「でも、時々、意地悪な人が居たり、今日もアンケートのとこでケンカしてる人とか居て、ラジオのニュースで泥棒の事件とか言ってて……えっと……」

 「いいとこと悪いとこ、両方ちゃんと見て来たのね」

 運び屋フィアールカが微笑む。


 「えっと、あの、ちょっと通っただけなんで、全部は見てませんけど、魔法が使えたら色々便利だけど、そのせいで困るコトがあったり、魔法使いの人も、できるコトとできないコトがあって、えっと……何て言うか……」

 キルクルス教徒の少女は、言葉を探そうとしたのか、聖典に視線を落とした。


 衣裳製作の指南書から目を上げ、湖の民の運び屋に答える。

 「えーっと、上手く言えないんですけど……」

 自分の言葉に自信がないのか、納得がゆかないのか、途中で消えた言葉の行方を探すような目で考える。

 三人は急かさず、自治区民のサロートカが言葉を発するのを待った。



 「何て言うか……こう……普通?」



 サロートカは自分の言葉に首を傾げたが、フィアールカの瞳から視線を逸らさずに続けた。

 「えっと、行く先々でいい人に会えて、親切にしてもらえましたけど、そうじゃなさそうな人もちょっとだけ見かけたし……それで、『あ、魔法使いの人も普通なんだな』って……」


 「そうよ。私たちは、魔力を持ってるだけで、タダの人間よ。いい人も居れば、悪い人も居るの」

 呪医セプテントリオーが、元聖職者の言葉に首肯する。

 キルクルス教徒のサロートカは、隣が頷くのを見て聖典に視線を向けた。

 ファーキルは、口の中のものを急いで飲み下して言った。

 「魔力を持たないキルクルス教徒だって、“無原罪の清き魂”なんかじゃない。犯罪者とか悪い人だっていっぱい居るし、いい人も居るんだ」



 フィアールカが、元聖職者らしいことを言う。

 「ちょっと考えればわかるじゃない。魔力の有無だけで人を善悪に分けて、ひとまとめになんて、できるワケないでしょ」



 サロートカは雷に打たれたように、湖の民の運び屋を見た。

 改めて言葉にされ、ファーキルも少なからず衝撃を受けた。


 ……ずっと、思ってた。


 キルクルス教の聖職者は、“無原罪の魂”が聖なる星の道から少し迷っただけだから、と加害者を(かば)うばかりだ。それどころか、被害者に「誰でも(あやま)ちを犯すから、他者を責めてはならない」「弱さで道に迷った彼らを憎んではならない」と泣き寝入りを強要する。


 ……力なき民が全て善良なんだったら、そもそも犯罪なんて起きるハズないのに。


 迷子のしでかしたことは、どんなに酷いことでも全て(ゆる)さなければならないなどと、暴論もいいところだ。


 今回の戦争でアーテル軍は、戦えない人々、ネモラリス人の力なき陸の民……同じ“無原罪の清き魂”の持ち主まで空襲で無差別に焼き払った。

 あれさえも、キルクルス教の教義に(かな)う行いだと言うのか。


 ……そう言えば、音楽家の団体……えーっと、何だっけ? 無差別爆撃に反対して、軍に抗議声明を出してたよな。


 アーテル人も、一枚岩ではない。

 キルクルス教徒の中にも、この戦争に反対する人々が居る。

 ランテルナ島の拠点で聞いたラジオのニュースを思い出し、ファーキルはポケットの中でタブレット端末を握った。


 「あ、そうだ。呪医(せんせい)、あの別荘の人たちって今、どうしてるんですか?」

 「わかりません。みなさんが出て行った後、私も数日で出て、一度も戻っていないので……」

 呪医セプテントリオーが申し訳なさそうに言う。


 先程出たスニェーグの名は、諜報員ラゾールニクから聞いたことがある。

 ネモラリス島東部のリャビーナ市のピアニストだ。慈善コンサートの収益で国内の避難者を支援する傍ら、情報収集も行っているらしい。


 ……スニェーグさんって、呪医(せんせい)に何を頼むつもりなんだろう?


 フィアールカが食卓に肘を突いて身を乗り出す。

 「どうする? ここまで来たついでだし、明日、私たちと一緒に王都ラクリマリス……フラクシヌス教の聖地にも行ってみる?」

 「えっ? あ、あのっわっわた……私っいいんですか?」

 サロートカがフィアールカの申し出に狼狽(うろた)える。

 呪医セプテントリオーが、連れに頷いてみせた。

☆魔法が使えたら色々便利だけど、そのせいで困るコト……「631.刺さった小骨」「632.ベッドは一台」参照

☆ずっと、思ってた……「182.ザカート隧道」「183.ただ真実の為」参照

☆音楽家の団体……「328.あちらの様子」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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