679.信仰は色々で
自己紹介がまだだったことに気付き、湖の民二人に目顔で了承を得て名乗る。
「俺はファーキル。フィアールカさんたちと一緒に情報支援のボランティアをしています。少し前までは、ゼルノー市から焼け出されたネモラリス難民の人たちと一緒に旅をしていました」
「今朝お会いした時、他のみなさんとは王都で別れたと言っていましたが、どうされたんですか?」
呪医セプテントリオーの声に心配が滲む。
「えーっと、どこから話したらいいですか?」
「できれば、拠点を出てからのことを……」
「長くなるから、ごはん食べながら聞きましょ」
フィアールカがナイフとフォークを手に促した。サロートカもぎこちない手つきで食事を始める。
ファーキルは冷製スープを一口食べて、これまでのことを掻い摘んで説明した。
「……そうやって王都に着いてから、アミエーラさんは親戚の人と会えて、王都に残りました」
「その人、今、王都なんですか? あの、ひょっとして、えっと……」
サロートカが羊肉を刺したフォークを止め、隣の呪医を見る。
呪医は、戸口に置いた布鞄にちらりと振り向いた。
「仕立屋の店長さんから、アミエーラさんとラクエウス議員宛の手紙を預かってきたんですよ」
「あら、呪医が自治区へ行ったの?」
フィアールカが目を丸くする。
……湖の民なのによく無事で……まぁ、呪医は元軍医だし、武器を持ってなきゃ、力なき民なんて相手になんないのかもしれないけど。
「クブルム街道を抜ける途中で薪拾いの人と出会って、怪我人を癒して欲しいと頼まれたのですよ」
「よく星の標にみつからずに済んだわね」
「そこはみなさん、協力して隠してくれましたから……」
「あぁ、そう言うコト」
二人が話す間、ファーキルはせっせと料理を詰め込んだ。
空腹のピークをとっくに過ぎて食欲はなかったが、食べ始めると思い出したように空腹感が戻り、今なら幾らでも食べられそうだ。
「店長さんは、ラクエウス議員のお姉さんだそうです。もし、弟さんに渡せそうになければ、共に行動しているアサコール党首に渡して欲しいそうです」
「私信じゃないのね」
「自治区内の派閥や、星の標などに関する資料だそうです」
ファイアールカが息を呑む。
ファーキルは、危うく喉が詰まりそうになり、慌てて水を飲んだ。
「アミエーラさん宛は、私信よね?」
「はい」
「そう。じゃ、アミエーラさんの分は明日、王都に届けるわ」
「お忙しいところ、恐れ入ります」
恐縮する呪医に運び屋は笑って言った。
「用ができて、明日朝イチで王都に行くから、ついでよ」
「ん? じゃあ、俺、明日は一人で作業を……?」
「心配しなくていいわ。今朝、支援者に呼び掛けたら思ったより動いてくれる人が増えたから。何なら、一緒に王都へ戻って用がすんだら、議員に手紙を届けるついでにアミトスチグマに行く?」
ファーキルは即答した。
「その方が効率よさそうですね。じゃあ、明日は王都に行きます。」
「私も、スニェーグさんと言う方から、王都で手伝いをして欲しいと頼まれて行くところなのですが……」
「あら、そのコも?」
「いっいえっ、私は、その……」
サロートカが口籠り、隣に視線で助けを求める。
呪医はやさしく微笑んだ。
「この二人には、本当のことを言っても大丈夫ですよ」
キルクルス教徒の少女の目が、ファーキルとフィアールカに向けられる。
頷いてみせると、サロートカは消え入りそうな声で言った。
「あの、自治区でも、信仰は色々で……あっ、みんな、ちゃんとキルクルス教徒なんですけど、星の標とか『魔法は絶対ダメ』って言う人も居れば、センセイに治療をお願いした人たちみたいに邪悪じゃない……『人助けになる魔法だったらいい』って言う人も居て……」
「自治区の中に……信仰の違いで対立があるの?」
フィアールカが食事の手を止めて少し身を乗り出す。
呪医とファーキルは、二人の遣り取りを見守りながら食事を続けた。
サロートカは首を傾げ、言葉を探し探し言う。
「対立って言うか……みんな怖いから、星の標の人たちには、そう言うの内緒で……えっと、センセイに聖典、見てもらったんですけど、お祭の衣裳とか【魔除け】の呪文や魔法の印が入ってるって言われて……」
元聖職者の疑問の目が、呪医セプテントリオーに向く。
「そうなの?」
「あ、聖典、持って来たんで、後で見て下さい」
呪医が答える前にサロートカが荷物を振り向くと、フィアールカの目が大きく見開かれた。
「えっと、それで、これは私が勝手に思ってるだけなんですけど、聖者様は『邪悪じゃない魔法は別にいい』って思ってらしたんじゃないかなって……」
「えぇッ?」
湖の女神の神官を辞めたフィアールカが、驚きに声を裏返らせた。
ファーキルは、ランテルナ島の拠点でラゾールニクに見せられた大聖堂の装飾を思い出し、呪医に目を向けた。あの時、一緒に見ていた呪医が頷いて言う。
「一般信者向けの聖典では、省略されているそうですが、本来の聖典は半分以上が【巣懸ける懸巣】や【編む葦切】学派の術を取り込んだ技術書なんだそうですよ」
「どう言うこと?」
「仕立屋の店長さんによると、信仰心の篤い一部の技術者にのみ与えられる特別な聖典には、その職能毎に術の部分が載っているのだそうです」
……どう言うことだ?
ファーキルにも想像がつかなかった。
☆これまでのこと……「472.居られぬ場所」以降参照
☆クブルム街道を抜ける途中で薪拾いの人と出会って……「550.山道の出会い」~「562.遠回りな連絡」参照
☆アミエーラさんとラクエウス議員宛の手紙……「582.命懸けの決意」参照
☆スニェーグさんと言う方から、王都で手伝いをして欲しいと頼まれて行く……「513.見知らぬ老人」参照
☆ランテルナ島の拠点でラゾールニクに見せられた大聖堂の装飾……「432.人集めの仕組」参照




