675.見えてくる姿
ファーキルはアンケートの回収箱を開け、中身をベッドの上にぶちまけた。
折り畳まれた紙を広げるだけでもかなり時間を食う。
今日一日で回収できたのは、グロム市の東神殿に身を寄せる人々の分だけだが、これだけでもざっと二百枚以上はあった。
回答者の属性で分け、クリップで留める。
まずは、空襲で焼け出されたネーニア島民と、クーデターから逃れたネモラリス島民とその他だ。その中で、陸の民と湖の民で分け、陸の民は魔力の有無でも分け、少し考えて性別でも区分することにした。
クリップで留めた紙束は全部で十二個。
数えるまでもなく、ネーニア島民の束が厚い。その中でも、力ある陸の民が多かった。
……そりゃそうか。
まず、元々ネーニア島の人口比は、湖の民より陸の民の割合が高い。力なき民では、空襲から生き延びるのに不利だ。
移動も【跳躍】できなければ、漁船などに助けられなければ難しそうだ。西部の住人なら徒歩や車でザカートトンネルを抜けてラクリマリス領に入れるが、東部の住人は、魔物や魔獣が居るクブルム山脈を越えられないような気がした。
束をパラパラめくってみると、元の居住地の項目は、ネーニア島西部の都市ばかりだった。
やはり、東部の住人は北部に逃れるしかなかったようだ。その何割かは、トポリ港からネモラリス島へ移動しただろう。
移動販売店プラエテルミッサの一行から、空襲直後の話は詳しく聞かなかったが、わざわざレサルーブ古道でネーニア島を横断し、東部よりも空襲が激しかった西部へ行く者は居なかったのだろう。
レノ店長たちは、逃げ遅れたのと情報不足のせいで、遠回りしてラクリマリス領に入ったようだ。
……空襲から時間経ってるし、力なき民の人たちは、船でネモラリス島かアミトスチグマに移動させられた後だろうな。
属性別の束の厚みを見ただけでも、偏っているのがよくわかった。
パラパラめくると、先行きが見通せず、行き先を決められないこと、仕事がないこと、自身や家族の健康状態のこと、子供の学校のことを心配する回答が多い。
ファーキル自身には、彼らのこの苦しみを直接なんとかする力がないのがもどかしい。力なき民の子供の身が悔しかった。
力なき民の束は極端に薄かった。
ラクリマリス王国は魔道偏重政策を採る。身内にラクリマリス人が居ない限り、力なき民は国籍を取得できず、定住させてもらえない。アンケート用紙をざっと見ても、予想通り、身内にラクリマリス人がいて定住許可を申請中の人ばかりだった。親戚の家が狭いなどの事情で、神殿に身を寄せている。
ラクリマリスの他の都市や、アミトスチグマの難民キャンプでも、今頃は協力者たちが用紙を配っているところだろう。
……アミトスチグマだったら、湖南経済新聞とかがアンケートしてるかもしれないな。
難民のインタビューを載せていたのを思い出した。
検索すると、アミトスチグマ政府の難民受け容れ発表から一カ月目に行われたアンケートの記事が出てきた。内容は後日改めて確認しようと、取敢えず、記事のテキストをメモにコピーし、表とグラフの画像をダウンロードする。
一緒に避難した者が帰還してしまったが心配だ、と言う記述もみつけた。
特に空襲が激しかったクブルム山脈に近い都市は、政府が立入制限をしている関係で戻れないが、その他の都市は空襲の頻度が下がった今、自主的に帰還する者も居るらしい。
多くの都市が空襲に見舞われ、術の守りが失われた。夥しい死に覆われた都市は、魔物や魔獣が力を得て我が物顔で屯している筈だ。
今のところ、ネモラリス政府軍は陸軍を派遣し、戦う力のない者を守ってくれているらしいが、伝聞でしかない。
民間の魔獣駆除業者や警備員が、どれだけまともに働いてくれているのか。【急降下する鷲】学派など、この世ならざるモノと戦い得る系統の術は、人々のつながりが失われ、荒廃した場所では、暴力として人間にも向けられる可能性があった。
製薬会社の警備員だったオリョールのように、復讐の為、その力をアーテルに向ける者たちも居る。
……俺は……心配しかできないんだよな。
改めて無力を思い知らされる。
戦争が終わらなければ故郷に帰れないが、ネモラリスでは首都でクーデターまで起こり、内戦状態に突入してしまった。
帰郷後の生活再建についての不安も書き込まれている。
どちらが政権を握っても、戦争が終わってから国民の生活を助けてくれるならそれで構わない。なんでもいいから早く決着をつけて欲しい、と書かれた紙もあった。
ネモラリス島民の力なき民は、二枚しかない。
クレーヴェル都民で、魔力が強い者に【跳躍】で連れて来られた者だ。
……赤ちゃんとか、小さい子は自分でアンケート書けないしなぁ。
アンケートの項目には、家族が一緒かどうか、子供を連れているかどうかも入れているので、子供の人数だけはわかるが、子供の状態については詳しく聞いていない。
後で改めて、子供に関するアンケートをした方がよさそうだと気付き、タブレット端末のメモに書き込んだ。
一カ所で集まった回答をざっと見ただけでも「ネモラリス難民」で一括りにはできない多様な姿が見えてきた。
……やっぱり、本格的な集計は、アミトスチグマでパソコンが手に入ってからじゃないとできないな。
端末の時計は二十二時を過ぎていた。
明日は早朝からフィアールカと手分けして、東神殿のアンケートの残りを回収し、北神殿に飴と筆記具、アンケート用紙を渡しに行く。その後、避難所になっている公民館にも持って行き、周辺の安い宿にも配りに行く。【無尽袋】が品薄だから、段ボール箱に一式詰めてショッピングカートで運ぶ予定だ。
フィアールカの用意のよさは、流石と言う他ない。
……明日は今日より忙しくなりそうだよな。
ファーキルはニュースをチェックするのを諦め、ベッドの上を片付けた。




