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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三章 印歴二一九一年二月三日
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0069.心掛けの護り

 ……この子は、色々持ち出す余裕があったんだな。


 クルィーロは、もらった堅パンを(かじ)りながら、ぼんやり考えた。



 ジョールトイ機械工業の工場長は、早々に消火を諦め、従業員全員に退避の指示を出した。

 集団で固まると、テロリストの標的になり易い。クルィーロも上司も先輩も同僚も、みんなバラバラに逃げ、誰がどこへ向かったかわからない。


 もっと真面目に魔術の勉強をしていれば、【跳躍】で自宅に戻って色々持ち出して、妹たちももっと楽に助けられただろう。

 今更、悔やんだところで仕方がない。

 今は、できることで最大限、努力するしかないのだ。



 見知らぬおばさんが、飴玉を一個くれた。クルィーロは会釈して、妹のポケットに入れる。アマナは眉間に(しわ)を寄せ、まだ目が覚めない。

 一昨日(おととい)は全力で逃げ、冷たく固い車庫の床。昨夜は毛布が手に入ったが、廃墟に囲まれたグラウンドでは、ロクに眠れなかったからだろう。

 泣き疲れ、力尽きて目を覚まさない。


 ……怖いものを見なくて済むなら、寝てた方がマシだよな。


 クルィーロは堅パン一枚を食べ終えると、そっと立ち上がった。薬師(くすし)と警官も立ち上がる。

 日が傾き、空が赤く染まってゆく。

 火勢はかなり衰えたが、まだ燃えていることに変わりなかった。


 四人は、新聞紙で作った円の四方に等間隔で並んだ。

 「あの、えっと、私が一節を唱えたら、皆さんは声を揃えて同じ箇所を唱えて下さい」

 北に立つ湖の民の提案に異議はなく、【簡易結界】作りが始まった。

 緑髪の薬師(くすし)が、声に魔力を乗せ、力ある言葉を詠じる。


 「()の輪 天なり 六連星(むつらぼし) 満星(みつぼし)巡り

  輪の内 地なり 星の(かき) 地に(めぐ)り……」

 湖南語に訳せば、そんな意味だ。


 クルィーロたち三人は、湖の民の少女の声に続いて唱和した。南に立つ年配の警官も【魔力の水晶】を握り、メモを片手に間違いなく唱える。


 「垣の内 呼ばぬ者皆 立ち去りて 千万(ちよろず)昆虫除(はうむしの)けて……」


 詠唱が進むにつれ、見えない壁が新聞紙の輪から、じわじわとせり上がる。術者には手応えとして感じられるが、他者にはその感覚がなく、成否はわからない。


 「雑々(かずかず)妖退(あやししりぞ)け 内守(うちまも)れ (たい)らかなりて (しず)かなれ」


 誰もとちることなく、無事に詠唱を終え、輪の内と外を(へだ)てる【簡易結界】が完成した。


 北側には、元々いたパン屋の一家とクルィーロ兄妹、湖の民の薬師(くすし)、東側は警官とテロリストたち、向き合う西側にバスの運転手と市民、中学生たちは南側に落ち着いた。

 今夜一晩、この頼りない結界で(しの)がなければならない。



 レノの話では、運河の魔物は生きた人間を何人も食べたらしい。かなり強くなった筈だ。


 ……【魔除け】とかも、やっといた方がいいよな。


 クルィーロ自身は【魔除け】の呪文をうろ覚えだ。


 ……他の二人に聞いてみるか。でも、俺の魔力で何とかなるのか?


 今も、立っているのがやっとの有様だ。

 もうすぐ日が沈む。


 ふと思いつき、テロリストの隊長に声を掛ける。

 形振(なりふ)りなど構っていられなかった。

 「隊長さん、あんたたち、自治区の人なんだよな?」

 「そうだ」

 隊長は、結界の外へ出ようとする少年兵の両肩を抑えて肯定した。

 少年兵が動きを止め、驚いた目でクルィーロを見る。


 「自治区って、魔法禁止で、どうやって魔物とかから身を守ってるんです?」

 隊長は、なんだそんなことかと言いたげに緊張を()いて答えた。

 「家を清め、心を(しず)めて祈りを捧げれば、雑妖は近付かん。近付いても、すぐに離れる」

 「えっ? それだけ?」

 拍子抜けして声を裏返らせるクルィーロに、隊長は笑って言う。

 「そうだ。心に恨みや過度の欲望を抱く者は、あっと言う間に(たか)られる。雑妖は魔物を呼び、(たか)られた者だけでなく、周辺住民も、一夜にして居なくなる」


 「あの、それ、全然、守れてないんじゃないんですか?」

 隊長は、クルィーロが思わず漏らした本音に苦笑を浮かべ、首を横に振った。

 見れば、老兵も口許を笑みの形に(ゆが)める。

 「守れるから、この歳まで、自治区で生き延びられたのだ」

 「(わし)が証拠だ」

 「憎悪や嫉妬、下らん目先の欲に心が(とら)われれば、その先に待つのは死だ」


 「この坊主は、旨いモン食いてえってな、他愛ない欲すら、持っちゃいねぇ」

 年配の兵が、少年兵の頭をごつい手でぐりぐり撫でて笑う。少年兵は、(わずら)わしそうにその手を退()けた。


 「魔物が実体を得れば、通常兵器でも倒せるからな。魔獣化した魔物はすぐに駆除する。勿論(もちろん)、戦いになれば負傷者なども出るが、これまでそれでやって来た」

 「実体のない弱い魔物は、心のあり方ひとつで退(しりぞ)ける。儂らにできることはそれだけだ」

 クルィーロは、隊長たちに礼を言い、その言葉の意味を考えた。



 クルィーロの勤務先は、自治区内の企業とも取引がある。

 社用で自治区へ行った社員から、自治区民の多くが、人間として最低限以下の暮らしぶりだ、と聞いたことがある。


 自治区の大半がスラムで、清潔な飲料水にも事欠く。

 病院には充分な薬や設備がなく、重傷者はジェリェーゾ区の中央市民病院まで搬送される。学校はあっても機能せず、教育が不十分な為、貧困が世代を越えて連鎖しつつあった。


 貧しい自治区民は、水や食料を奪い合い、親子でさえ殺し合う。

 廃工場にはゴロツキが(たむろ)し、略奪など犯罪の拠点にした。

 警察や区役所もあるが、治安は自治区外とは比べるべくもない。


 あの社員の話が事実なのか、この隊長の言葉が真実なのか。

 自治区では、心正しい者しか生き残れないならば、このテロリストたちはどうだろう。テロリストこそが、廃工場に(たむろ)するゴロツキではないのか。



 「だったら、お前ら、結界から出て行けよ」

 遠い西の空で、日が落ちた。

☆【簡易結界】作り……「0023.蜂起初日の夜」参照

☆レノの話では、運河の魔物は生きた人間を何人も食べたらしい……「0022.湖の畔を走る」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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