673.機材の積替え
「お礼って言うのもアレなんですけど、もし、荷台に空きがあったら、放送機材を受け取ってもらえませんか? もう、放送して欲しいとかじゃなくて……」
メドヴェージがトラックの荷台とワゴン車を見比べ、DJレーフに呆れた声で言う。
「もう放送しねえっったって、そいつぁ、放送局のモンじゃねぇのか?」
「政府軍と解放軍、どっちの手に渡っても悪用されます。電源車がないんでこのまま持ってても使えません。だから、バラしてスクラップ屋に売ってもらった方がマシなんですよ」
「発電機が動きゃ、このトラックでも放送できるんだろうにな」
メドヴェージが苦笑すると、DJレーフは何とも言えない顔で荷台を見た。ソルニャーク隊長は二人の遣り取りを険しい顔で見守っている。
……やっぱ、隊長は放送して面倒に巻き込まれんのがヤなんだな。
少年兵モーフは、大人の話に口を挟まないでおいた。
「それができれば、一番いいんですけどね」
「みなさんを危険に晒してしまいますから」
国営放送アナウンサーのジョールチが目を伏せた。
……売り飛ばして足がつくのもヤベーと思うんだけどなぁ。勝手に放送するよりゃマシなのか?
最初にその話が出た時、ソルニャーク隊長も懸念を示した。それで結局、紙に書いて配ることになったのだ。
「隊長、どうしやす?」
「そちらの車は機材を下ろせば足を伸ばして寝られるな。……こちらで引き取ろう」
「隊長ッ?」
少年兵モーフは驚いて見上げたが、隊長はモーフに構わず、メドヴェージに指示を出した。
「機材は奥の部屋に入れよう。入りきらなければ、他のものを端に寄せてそこへ」
「了解!」
メドヴェージが荷台の扉を全開にして固定した。
モーフも隊長について行き、荷台の物を端に寄せて通路を作る。
終わる頃には、放送局の二人も機材の固定具を外し、ワゴン車の外へ運び出していた。
全部黒くてボタンやツマミ、コードの差し込み口がごちゃごちゃ付いた複雑な機械だ。モーフにはどれが何やらわからない機材を五人がかりで運び込む。
ジョールチがコードの束を抱えて荷台に上がり、壁の一点を見詰めて固まった。
……何だ? 虫でも居んのか?
少年兵モーフはアナウンサーの視線を辿り、冷や汗がどっと出た。
……ヤベェ!
係員室から出て来た隊長に目で訴える。
二人のただならぬ様子に気付き、ソルニャーク隊長も視線の先を見た。一瞬、身を強張らせたが、落ち着いた動作でジョールチの手からコードの束を取る。国営放送のアナウンサーが空いた手でぎこちなく指差す先には、荷台の壁に描かれたマークがあった。
「これ……ウチの……国営放送のイベント中継車……ですよね?」
「バレたか」
運転手のメドヴェージが豪快に笑う。
ジョールチは困った顔でソルニャーク隊長を見た。モーフも、隊長がどうするのか固唾を呑んで見守る。DJレーフが、マイクなどの小物を詰めたプラ籠を抱え、何事かと荷台を覗いた。
「俺が運送屋だってのはホントだが、このトラックは会社のじゃなくて、放送局の廃墟から拝借してきたモンだ」
「何故……?」
笑いがおさまったメドヴェージが隊長より先に言うと、国営放送のジョールチは泣きそうな顔で聞いた。
「そりゃ、焼けちまったからだよ。放送局の連中は逃げちまって、人っ子一人居なかったし、あん時ゃ女子供も居て、大人数を一遍に運べるモンが欲しかったんだ」
メドヴェージがあっけらかんと説明すると、隊長も当たり障りなさそうな本当のことを言った。
「その中にパン屋が居てな。道中、手持ちの物や魔力をパンの材料に交換してもらって、パンや蔓草細工などを売って交通費を稼いでいた」
「パンのシールは仕事の報酬としてもらったモンだ」
ジョールチが疑わしげな目を向ける。
「他の方たちはどうなさったのですか?」
「身内に会えたり、なんやかんやで途中で降りて、残ったのは葬儀屋と俺らだけだ。最後はクーデターの前に首都で七人降ろした」
少年兵モーフが横を見ると、DJレーフと目が合った。頷いてみせ、籠を取って荷台に上げる。
「隊長、まだ入りそうっスか?」
「あぁ、大丈夫だ」
二人が何事もなかったかのように作業を再開すると、呆然としていたジョールチが隊長の脇をすり抜け、係員室に入った。
「元々あった機材と取扱い説明書はどうされました?」
「外せるモンは外して、放送局に置いてきたぞ。そうでもしなきゃ、みんな乗れなかったからよ」
メドヴェージが答えたが、ジョールチは返事もせずに中でごそごそしている。
隊長が籠を置きに行き、様子を見る。
メドヴェージは荷台から降り、DJレーフの肩を叩いた。
「そんな顔すんなよ。俺らも落ち着き先がみつかりゃ、別の支局でもいいから正直にワケを話して返そうと思ってたんだ」
「い、いえ、そうじゃなくて、これ、移動放送車だったんなら、ホントに使えるな、と思って……」
レーフが複雑な顔で、メドヴェージと荷台の奥へ忙しなく視線を往復させる。
……何だよ、まだ放送すんの諦めてねぇのかよ。
少年兵モーフは、葬儀屋アゴーニが戻ってくれば、彼らとは縁が切れると思っていた。
交渉が上手く行って、インターネットで外国に伝えるだけでなく、ジョールチがまとめたニュースが新聞に載って、それを持って帰ってくれば、ネモラリスの国内でも伝えられる。
聞き逃せばそれでおしまいのラジオで言うより、どうにかして外国の新聞を配る方が確実に伝わるだろう。
「あった! ありました!」
アナウンサーの声が弾け、三人の目が荷台に戻った。
隊長とジョールチが荷台を飛び降り、薄い本を広げる。機械の絵の横に小さい字がびっしり書いてあり、少年兵モーフはそれだけで読む気をなくした。
大人たちは額を寄せ合い、難しい本を夢中で読み耽る。
少年兵モーフは退屈になり、広場の草地に分け入って香草と傷薬になる薬草を摘んで回った。街で薬屋に売れば、幾らかになるだろう。
☆最初にその話が出た時……「663.ない智恵絞る」参照




