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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十六章 集散

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672.南の国の古語

 少年兵モーフは、少し話題を変えてみた。

 「みんな死んじまって他所者(よそもの)しか残んなかったのに、何で王家は……」

 「フラクシヌス様にはお子さんが居たらしい。最初の祭司はご兄弟だったらしいけど、ラクリマリス王家は直系の子孫だ。湖の民のパニセア・ユニ・フローラ様は呪医だから、ラキュス・ネーニア家は最初から傍系の親族だ」

 「ふーん」

 DJレーフはアゴーニを横目で見て、モーフに視線を戻した。湖の民のおっさんはまだ目を覚まさない。


 「あのさ、さっきみたいなハナシ、ネミュス解放軍とかの極右連中に聞かれたら大変だから、街とか人の多いとこで言っちゃダメだよ」

 少年兵モーフは、「キョクウ」が何なのかわからなかったが、取敢えず神妙な顔で頷いておいた。クーデターを起こした連中の仲間なら、どうせロクな者ではない。



 ソルニャーク隊長が荷台から降りて来た。

 首と肩をぐるりと回して、凝りをほぐす。

 葬儀屋アゴーニが目を覚まし、大きく伸びをした。

 みんなでお茶を飲んで、アナウンサーの原稿が上がって来るのを待つ。


 「記録を残したのがカシマール様だから、神々の御名はみんな南の国の古い言葉なんだよ」

 「えぇッ? 何だそりゃ? 何で名前くらい地元の言葉で伝えねぇんだよ?」

 少年兵モーフは心底たまげた。

 フラクシヌス教の教えには驚かされてばかりだ。

 ソルニャーク隊長が何の話だと言いたげな目をDJレーフに向ける。


 「真名を知らせるワケにはいかないからね。誰を指してるかわかればいいから、敢えて外国語で伝えたのかも知れないよ」

 「それもわかってねぇのかよ?」

 「うん。別に知らなくても生活に支障ないからねぇ」


 ……何だそりゃ?


 少年兵モーフの目が、アゴーニの緑色の寝惚(ねぼ)(まなこ)と合った。

 「何だ坊主、もっと知りてぇってのか? だったら教えてやるぞ」

 「何を?」

 「神様の名前の意味だ」

 まだ眠気の残るけだるげな声に思わず頷いた。


 湖の民アゴーニが、さっき見た夢を語るような調子で解説する。

 「フラクシヌス様は“秦皮(トネリコ)”、スツラーシ様は“守護者”、クリャートウァ様は“誓い”……まぁ“呪い”って意味もあるな」

 「何でだよ。呪いなんか……」


 ……そんな不吉なコトバを神様の名前にするとか、フラクシヌス教徒の奴らはバカばっかなのか?


 信じられないものを見る目を向けたが、アゴーニはまだ寝惚けているのか、普通に話を続ける。

 「誓いってなぁ、それを守ろうとする限り人を縛るからな」

 「人を縛る……?」

 「えーっと、あれだ。【渡る白鳥】学派の約束を守らせる系の術はみんな、約束を破ったらどエライ目に遭わされる呪いばっかだ。どっちも似たようなモンなんだよ」

 「ふーん……」

 みんなの手前、わかったような顔で先を促す。


 「パニセア・ユニ・フローラ様はちょいと変わっててな、ホントはパス・イソス・ユニ・フローラなんだ」

 「何で名前変わってんだよ?」

 「まぁ聞けよ、坊主」

 メドヴェージが苦笑する。アゴーニもつられて笑みを浮かべ、説明を続けた。

 「パス・イソスは“すべて ひとしい”って意味だ。そいつがこの辺の言葉と混じって(なま)ってパニセア。ユニ・フローラは“ひとつの花”だ」


 モーフだけでなく、ソルニャーク隊長とメドヴェージも同時に息を呑んだ。


 アゴーニは、やっと目が覚めたような顔で三人を見回す。

 声も出ないモーフの代わりにソルニャーク隊長が言った。

 「民族融和の歌の題名に……女神の名を……?」

 「ん?」

 「どう言うことですか?」

 DJレーフが改まった口調で聞いた。ソルニャーク隊長がDJの手許に目を向ける。

 「その本の巻末の歌だ」


 絵本の題名も「すべて ひとしい ひとつの花」で、女神の名の現代湖南語訳だ。

 DJレーフが、ページをめくるのももどかしそうに絵本を開く。歌詞の横に書いてある説明に改めて目を走らせ、息を呑む。


 「昔の人たちは、本気でこの歌で共和制の百周年を祝ったり、他の宗派のみんなや陸の民と湖の民が仲良くできると思ったのか……?」


 DJレーフが誰にともなく早口で問うたが、この場の誰にも答えられなかった。


 ……ねーちゃんの親戚の魔女だったら、知ってんのか?


 この曲が完成したら歌うハズだった歌手のニプトラ・ネウマエなら、作詞者に会って話したことがあるかもしれない。だが、今は王都ラクリマリスだ。葬儀屋のおっさんなら行けるが、彼女と面識がなく、神殿などに頼んでみたところでムリだろう。


 「何か他に目的があったのかもしれんな」

 「目的ってなんスか?」

 隊長の呟きに思わず食いつく。

 「わからんな。歌詞に暗号を仕込もうとしていたが、完成させられなかったのかもしれん」

 「歌詞の続きを募集してるけど、今はもう関係ないんでしょうね」

 DJレーフが絵本を閉じた。


 みんなそれぞれの考えに沈んだのか、無言でちびちびお茶を飲む。

 手持無沙汰になった少年兵モーフは香草を摘もうと立ち上がった。

 ワゴン車が開き、国営放送のアナウンサーが、絵本より分厚い紙束を手に降りてくる。


 「お待たせしてすみません」

 「なぁに、いいってコトよ。今から行ったら……そうだな、今夜はあっちに泊まって、早けりゃ明日の昼には戻る」

 葬儀屋アゴーニが立ち上がって服を整える。

 ソルニャーク隊長は、アナウンサーのジョールチから紙束を受け取って封筒に入れた。厚みのある大型封筒がはち切れそうだ。


 「よろしくお願いします」

 「お気をつけて」

 「おう、じゃ、ちょっくら行って来らぁ」

 葬儀屋アゴーニが、近所へお使いに行く調子で言って呪文を唱える。封筒を抱えた湖の民の姿が、あっと言う間もなく消えた。


 少なくとも、フィアールカの手に情報が渡れば、あの(したた)かな運び屋は上手く使ってくれるだろう。


 国営放送のジョールチとFMクレーヴェルのレーフが視線を交わした。DJレーフが立ち上がってモーフに絵本を差し出す。思わず受け取ると、レーフはソルニャーク隊長に向き直った。

☆民族融和の歌の題名に……女神の名を……?……「579.湖の女神の名」参照

☆絵本の題名……「647.初めての本屋」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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