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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十六章 集散

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670.避難者の憂鬱

 灰色の雲がうっすら朱に染まる頃、やっと南の神殿に辿り着いた。

 道に迷うことはなかったが、思った以上に距離があり、足が棒のようだ。疲れ切ったサロートカはすっかり無口になっていた。


 「どうします? どこかその辺で休憩しますか? その間に届けて来ますが……」

 「いえ、私も……入っていいなら、ご一緒させてもらってもいいですか?」

 「私の許可なんて要りませんよ。女神様は拒んだりなさいませんから」


 時間が遅いせいか、前庭は閑散としている。肩に食い込む荷物を背負い直し、針子の少女は呪医と共に神殿に足を踏み入れた。

 セプテントリオーは入口の台座から【魔力の水晶】を一粒取ったが、サロートカは手を触れず、そっと目を逸らした。前の人に続いて、広く長い通路を歩く。

 壁には神話の場面を描いた浮彫が施され、サロートカは本を読むように壁をじっくり見ながら足を進めた。

 呪医の手の中で冷たい【水晶】に体温と魔力が移る。


 仄暗い廊下に神官が【灯】を点しながら歩いて来た。

 「すみません。こちらにこの方が避難していらっしゃるとお伺いしたのですが……」

 封筒の宛名を見せると、年配の神官は小さく頷いた。

 「人数が多いので、後で確認します。お参りを終えられましたら、集会所へお越し下さい。神殿の右手です」

 「ありがとうございます」

 呪医セプテントリオーが礼を言うと、サロートカも頭を下げた。壁の灯明台に【灯】を唱える声が遠ざかるのを聞きながら、前の者に続いた。



 神殿の最奥は湖から引き込まれた水が巡り、その水路は魔法陣に組込まれている。一段高くなったすり鉢状の祭壇もその一部で、奉納された【魔力の水晶】の力を集め、大神殿に安置された青琩(せいぼう)……湖の女神パニセア・ユニ・フローラの【魔道士の涙】に送る。青琩は今も旱魃の龍に対抗し、水を作り続けていた。


 呪医セプテントリオーも、魔力を宿して淡く輝く【魔力の水晶】を捧げて跪く。サロートカがその隣に跪いた。


 ……パニセア・ユニ・フローラ様、我らが御祖(みおや)よ。(ラキュス)(ほとり)に平和と安寧の日々が戻りますよう、良き(えにし)が結ばれ諍いが鎮まりますよう、我ら水の同胞(はらから)全てをお守り下さい。



 神殿を出ると、すっかり日が暮れていた。

 先に宿を取っておけばよかった、と少し後悔したが、【灯】を(とも)して集会場へ行く。


 夕餉の匂いに空腹を思い出し、隣を歩くサロートカを見た。

 「あっ、今、おなか鳴ったの聞こえちゃいました?」

 「いえ、まさかこんなに遠いとは思わなくて、すみません」

 「いえいえいえいえ、遠いのはセンセイのせいじゃありませんから」


 集会所の前で、先程の神官と陸の民の男女が待っていた。

 「こんばんは。お食事時に申し訳ありません」

 「こちらこそ、わざわざご足労いただき恐れ入ります」

 神官はそう言って、呪医の手許に視線を向けた。


 「初めまして。私はゼルノー市立中央市民病院の呪医です。王都へ行くついでに、ノージ市に避難した方からお手紙を預かってきました」

 差出人の呼称を告げると、夫婦らしき男女の顔が(ほころ)んだ。

 宛名が男性名なので、夫に渡す。彼は筆跡を見て差出人の呼称を呟き、封筒を押し戴いた。妻も涙混じりに何度も礼を重ねる。


 ひとつ肩の荷が降り、ホッとした途端、盛大に腹が鳴った。遣り取りを見守っていた神官が苦笑する。

 「大したおもてなしはできませんが、ご一緒にいかがですか?」

 恥ずかしさを咳払いで誤魔化して聞く。

 「よろしいんですか?」

 「勿論(もちろん)ですとも。スープはまだ充分ありますから」

 サロートカを見ると、瞳を輝かせて何度も頷いていた。



 手前に長机とパイプ椅子が並べられ、避難民が食事をしている。奥の半分は段ボールで間仕切りされ、生活スペースになっているようだ。


 呪医と針子もスープ皿を受け取り、夫婦と同じ席に着いた。

 魚のすり身団子と野菜がじっくり煮込まれ、ぬくもりと滋養に身体が芯から温まる。質素だが具が多く、栄養は充分だろう。


 「少し前までは、もっと居たんですけどね。腥風樹(せいふうじゅ)の件でアミトスチグマまで避難した人が結構多くて、残ったのは三分の一くらいなんですよ」

 「それまでは、お庭で食べてましたからね」

 「どこも大変なのですね」

 呪医は夫婦の話に匙を持つ手が止まった。サロートカは食べるのに忙しく、話に口を挟まない。


 「呪医(せんせい)は王都にご親戚がいらっしゃるんですか?」

 「一応……遠縁が居る筈ですが、血筋が遠過ぎてほぼ他人ですし、子供の頃に一度会ったきりなので、顔も呼称も憶えていません。それに、内乱でどうなったのかも……」

 「あっ、これはとんだことを……」

 恐縮する夫に妻が厳しい目を向ける。


 呪医セプテントリオーは夫婦に微笑を向けて取り成した。

 「憶えていないくらい遠い人なのでお気になさらず。今回は、人伝(ひとづて)に全く別の方面から手伝いを頼まれて行くところなのです」

 「そうなんですか。このご時世、お医者さんは引く手数多でしょうな」

 「そうよねぇ。王都には今、私らみたいに焼け出された人だけじゃなくて、腥風樹から逃げて来たラクリマリス人も大勢居るそうですし……」

 夫婦揃って顔を曇らせる。


 「お二人は、王都やアミトスチグマには行かれないのですか?」

 「土地勘がないから跳べませんし、折角ここで働き口をみつけたのに……」

 「王都で人が余ってたら、きっと仕事はみつからないでしょう。それに、クーデターから逃げて来た人も居て、大変らしいですから」

 夫婦の話に周囲の人々も頷いた。

 食べ終えたサロートカが、こっそり溜め息を漏らす。



 二人も集会所に泊めてもらい、翌朝早くに街を後にした。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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