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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十六章 集散

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667.防衛線の構築

 朝靄を裂いて、魔道機船の定期便がラズーリ湾を横切る。

 右手に臨む湾内の湖水は、その名の通り深い青だが、今は冷たい靄に隔てられ、何とも言えない灰色に澱んで見えた。


 晴れ渡っていたとしても、ファーキルには景色を楽しむ余裕はない。

 明日になれば、運び屋フィアールカが、アンケート用紙をコピーしてもらって、グロム市に来る。ファーキルが自由に動けるのは、今日一日だけだった。


 グロム港を出港し、ラズーリ湾の南端を横断して対岸のプラーム港に降り立ったのは、朝食の準備が整う時間帯だった。あちこちからパンやスープの匂いが漂ってくる。

 船内で簡単に済ませたファーキルは、タブレット端末を取り出してプラーム市内に入った。


 ……さて、情報……どうやって集めようかな?


 ネット上の情報収集は得意だが、リアルでするのは、ほぼ初めてだ。

 取敢えず、昼食時には、客の多い店で噂話に聞き耳を立てようと思っている。

 今の時間帯はまだ、開いている店が見当たらなかった。買物ついでに世間話を装って店主から聞きだすのは後に回し、話を聞けそうな人を探す。

 通勤通学の時間にはまだ早いが、それにしても人通りが少ないような気がした。


 ……ネモラリスから避難してきた人、少ないのかな?


 小ぢんまりした店が並ぶ通りを行く人々は、みんな早足で、話を聞ける雰囲気ではない。ずり下がった荷物を肩に掛け直して、行き先を考える。


 ……やっぱ、神殿……かな?


 地図アプリを開こうとした視界の端に制服が映った。タブレット端末から顔を上げると、二人組の警察官が向かいから歩いて来る。


 ……パトロールかな?


 特に急ぐ風のない歩調でそう判断し、ファーキルは小走りに近付いた。

 「お巡りさん、おはようございます」

 「あぁ、おはよう」

 「坊や、一人かい?」

 ファーキルは正直に頷いた。

 「はい。さっき港に着いたばっかりで、今からフラクシヌス様の神殿に行くとこなんですけど、近道ってありますか?」

 「街の真ん中にあるからな。どっからでも行ける」

 「そっちの大通りをまっすぐ西だから、迷子になる心配はないよ」

 麦藁色の髪の警官と、パン屋の兄妹を思わせる濃い茶髪の警官は、気さくに応じた。


 「ありがとうございます。朝早くからパトロールですか?」

 「そうだよ」

 「大変なんですね。やっぱり、アーテル軍の警戒なんですか?」

 不自然にならないよう、何でもない調子で聞く。

 「ん? なんでそう思うんだい?」

 焦げ茶の頭を掻いて、警官が首を傾げた。麦藁色の髪の相棒もファーキルに疑問を含んだ目を向ける。

 「だって、ニュースで見ましたよ。アーテル軍が橋を渡ってネーニア島に上陸して、まだ橋の近くに居るって。これって、侵略ですよね? どうして軍隊の人は、やっつけてくれないんですか?」


 二人は顔を見合わせ、麦藁色の髪の警官が小さく肩を(すく)めて答えた。

 「見ての通り、我々はプラーム市警の警察官だから、王国軍の偉い人がどうしてアーテル軍をやっつけないのかは、知らないよ」

 「そうですか……そうですよね」

 ファーキルが肩を落としてみせると、警官はひとつ咳払いして続けた。

 「……まぁ、これは俺が個人的に思ってるだけで、ホントにそうなのかはわからないけど」

 そう断って、推論を述べる。


 「王国軍は今、この街の西側に対腥風樹(せいふうじゅ)の前線基地を置いてるんだ。それで、腥風樹の駆除と防衛ラインの構築を同時進行でやってるからなぁ」

 「防衛ライン?」

 「あぁ、防衛ラインだ。ツマーンの森の一部を切り拓いて石畳を敷いてるんだ」

 「どうしてですか? アーテル軍をやっつけるより大事なんですか?」

 何となく予測はつくが、念の為、何もわからない子供を装って質問する。


 「そうだ。大事だよ。腥風樹を一本でも逃がしたら、次の秋には自分で種を蒔いて歩くようになる。そうなったら、もう誰もネーニア島に住めなくなっちまうからな」

 「間に合いますよね?」

 ファーキルが恐る恐る聞くと、麦藁髪の警官は申し訳なさそうに眉を下げた。

 「わからんよ。我々はしがない警察官だからな。ただ……」

 「ただ、何ですか?」

 口籠った警察官を見上げて先を促すと、焦げ茶頭の警察官が渋い顔をして、相棒を肘で小突いた。小突かれた方は周囲を素早く見回して囁く。

 「ここだけのハナシ、【無尽袋】が品薄で石材の運搬がなかなか進まないみたいなんだ」

 「えッ……?」

 これには本気で驚いた。

 それで散々苦労させられたのに、すっかり失念していた。


 「えーっと、代わりにトラックとかじゃダメなんですか?」

 「森ん中通ってるのは、この間開通したあの道だけだ。トラックは森の奥までは入れない。呪文も何もないタダの石材でも、大量に運ぶとなっちゃ大変だ」

 「でも、【重力遮断】とか……」

 「あんなモン、そんな長時間持たないだろ」

 警官が二人揃って軽く手を振り苦笑する。


 ……そっちに手を取られてて、アーテル軍まで手が回らないのか。


 あの動画ニュースでは、アーテル兵の遺留品を【(ただ)しき燭台(しょくだい)】に掛けていたが、持ち主は末端の実動部隊の兵士だ。腥風樹の種子を蒔いたことは確認できたが、それが全部で幾つなのか、他の部隊がどこに蒔いたのかなどは、わからなかった。


 「そっか……そうですよね。駆除って、来年の秋に間に合わないかもしれないんですか?」

 ファーキルの正直な不安に麦藁髪が首を横に振る。

 「我々じゃ、わからんよ。何せ、種子を幾つ蒔いたんだか、アーテルの奴らが絶対言わないんだから」

 「言ったところで、ホントのコト言ってるかどうか信用ならん。聞いても聞かなくても一緒だ」

 焦げ茶頭は目を西に向けて眉を(ひそ)めた。 

 「来年の秋どころか、春までに防衛ラインが完成したところで、花粉や香気は防げないからな。俺だって、仕事がなきゃ逃げたいよ」

 「おいおい……じゃ、坊や、気を付けて行くんだよ」

 麦藁髪が苦笑し、ファーキルの肩に手を置いた。

 「はい、ありがとうございます。パトロールのお邪魔してすみませんでした」

 「なぁに、いいってコトよ」

 手を振って別れ、ファーキルは教えられた大通りを西へ向かった。


挿絵(By みてみん)


☆アーテル軍が橋を渡ってネーニア島に上陸……「448.サイトの構築」「449.アーテル陸軍」「490.避難の呼掛け」参照

☆それで散々苦労させられた……「333.金さえあれば」「412.運び屋と契約」「413.飛び道具の案」「477.キノコの群落」~「479.千年茸の価値」「495.ただ守りたい」

☆動画ニュースでは、アーテル兵の遺留品を【鵠しき燭台】に掛けていた……「500.過去を映す鏡」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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