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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十六章 集散

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664.針仕事の依頼

 ネモラリス共和国の首都クレーヴェルでクーデターが発生したことは、ラクリマリス王国にもすぐ伝わった。

 湖南経済新聞の駐在特派員が翌朝、脱出してアミトスチグマの本社に情報を持ち帰ったからだ。そのニュースはインターネットで当日中に湖南地方だけでなく、世界中に広まった。


 あの夜、クーデターを起こしたネミュス解放軍を名乗る武装集団は、真っ先に放送局を乗っ取ったらしい。番組が中断し、アミエーラたちの歌は途中になってしまった。



 運び屋フィアールカと諜報員ラゾールニクは、以前にも増して大伯母カリンドゥラを訪ねて来るようになった。

 針子のアミエーラは、二人に頼んで時々タブレット端末でニュースを見せてもらったが、移動販売店のみんなの安否はわからない。


 ……モーフ君たち、大丈夫かな?


 勿論(もちろん)、他のみんなも心配だが、小さい頃からよく知っている分、近所の少年の方が心配だった。モーフの身内がみんな亡くなったであろう今、アミエーラが気に掛けなければ、世話になったおばさんたちに申し訳ないような気がする。


 大伯母カリンドゥラは、王都ラクリマリスの東岬神殿に一部屋借りているが、クーデター発生後は、教団関係者やボランティアらと奔走している。

 「ごめんなさいね。折角、同じ部屋に泊めてもらってるのに一緒に居てあげられなくて」

 「い、いえっ私は大丈夫です。あ……えっと、大丈夫」

 「一人で心細いでしょうに……ごめんなさいね。もう少しで体制が整うから、もう少し、辛抱してちょうだいね」

 大伯母はアミエーラをぎゅっと抱きしめ、背中を軽く叩くと、慌ただしく出て行った。



 窓辺に立ち、湖のずっと北に目を凝らす。

 空には灰色の雲が広がり、天と湖水の間は薄い靄が埋めていた。


 ……お天気が良くたって、どうせネモラリス島まで見えないんだし。


 アミエーラは机に戻り、縫い針を手に取った。



 クーデターの第一報が入った日、アミエーラは「お留守番よろしくね」と置いて行かれた。


 ……魔力があったって、魔法を知らなきゃ、役に立てないのね。


 思い切って、神官に何か手伝えることがないか聞いてみたら、端切れと(つくろ)い物を持って来てくれた。

 ここ数日はずっと部屋に籠って縫物をしている。先に繕い物を済ませて、今は【魔力の水晶】などを入れる小さな袋を作っていた。


 仕上がった繕い物を持って行った時、湖の女神の神官たちは思った以上に喜んでくれた。

 「こんなキレイに繕って下さって、ありがとうございます」

 「どこが破れてたか、全然わからないわ」

 「大した腕前だ」

 「いえ、私、魔法使えなくて、こんなコトくらいしかできないので、また何かありましたら、おっしゃって下さいね」


 カリンドゥラ……歌手ニプトラ・ネウマエの身内だから、気を遣ってお世辞を言ってくれたのかもしれないが、少なくとも、服がまた着られる状態になったのは本当だ。

 役に立てたことが嬉しく、針子のアミエーラは少し誇らしい気持ちで部屋に引き揚げた。



 大伯母カリンドゥラはかなり忙しいようで、丸一日姿を見せない日もある。

 いつ戻るかわからないが、帰った時に居ないと心配するだろうと思い、アミエーラは食事時以外はなるべく部屋に居た。

 東岬神殿は、湖の女神パニセア・ユニ・フローラを祀り、王都全体の魔法陣の(かなめ)のひとつで、みんなで参拝した西の神殿とは(つい)になっていると教えてもらった。


 ……みんな、どうしてるかな?


 飾り気のない部屋で一人、袋を縫いながら、みんなを案じることしかできないのがもどかしかった。



 「あ、居た居た。ちょっと見て欲しいものがあるの。お部屋に行かせてもらってもいいかしら?」

 クーデター発生から五日目。

 昼食を終え、神殿の食堂から戻る途中で運び屋フィアールカに呼び止められた。挨拶もそこそこに用件を切り出されて面食らったが、彼女はアミエーラよりずっと忙しい身だと思い出して頷く。

 「見せたいものって何ですか?」

 「動画よ」


 アミエーラが机に広げた裁縫道具などを片付けると、フィアールカは椅子を二脚並べて置いた。

 二人で肩を寄せ合い、手帳大のタブレット端末を見詰める。あの日のラジオで途切れた歌だ。穏やかな湖面の写真を背景に、歌詞の字幕が歌声に合わせて次々と切り替わる。ネモラリス島の山奥の里謡で、フラクシヌス教の神話に関する歌詞だった。

 みんなで何度も歌った「すべて ひとしい ひとつの花」と同じ旋律に乗せて、大伯母カリンドゥラ……歌手のニプトラ・ネウマエと、同じく歌手のオラトリックス、そしてアミエーラの三人で斉唱した。

 流石にプロの歌声は堂々としている。アミエーラの声は少し震えている上、僅かに遅れて変に目立っていた。今更ながら、恥ずかしさに頬が熱くなる。


 湖の民の運び屋フィアールカは頓着せず、次の動画を再生させた。

 「あっ……! このコたち……」

 「あら、知ってるの。話が早くて助かるわぁ」

 タブレット端末から流れる歌声は、ランテルナ島の拠点でラジオから流れたアーテルの歌手の声と同じだ。


 手帳大の小さな画面に目を凝らす。

 花束を抱えて歌う少女たちは随分、印象が違っているが、黒髪の少女の勝気な瞳には見覚えがあった。地下街チェルノクニージニクの宿でファーキルに見せてもらったコンサートの動画では、もっと人数が多かったような気がするが、記憶違いかもしれない。


 歌は「すべて ひとしい ひとつの花」だ。


 ラジオで聴いた聖歌のアレンジ曲には嫌悪感を(もよお)したが、この動画にはイヤな感じがしなかった。


 ……私は……聖歌を変にアレンジされたのが……聖者様への信仰を穢されたのがイヤだったのね。


 アミエーラも知っている箇所で歌詞が尽き、続きを(つの)る字幕が表示される。竪琴の余韻が消え、動画が終わるのを待ってフィアールカが切り出した。

 「あなたの技術を見込んで、折り入ってお願いしたいことがあるんだけど、いいかしら?」

 「……何でしょう?」

 「このコたちの衣裳を作ってもらいたいんだけど、大丈夫?」


 針子のアミエーラは言葉が出て来なかった。

 色々な思いが一度に湧き上がり、頭の中で渦を巻く。


 運び屋フィアールカは、タブレット端末をコートのポケットに仕舞った。

 「型紙はあるし、布もそろそろ届く頃よ。採寸の都合があるから、アミトスチグマの夏の都に来てくれないかしら? できれば、明日の夕方には返事が欲しいんだけど……」

 髪と同じ緑の瞳が、アミエーラの瞳を覗き込む。


 「えっと……あの……大伯母と相談させて下さい」

 「わかったわ。ニプトラさんは今日の夕飯には戻ると思うから、しっかり話し合ってね」

 湖の民の運び屋は忙しいのか、それだけ言ってさっさと出て行った。


挿絵(By みてみん)


☆あの日のラジオで途切れた歌だ……「599.政権奪取勃発」「600.放送局の占拠」参照

☆山奥の里謡で、フラクシヌス教の神話に関する歌詞……「531.その歌を心に」「594.希望を示す者」参照

☆みんなで何度も歌った「すべて ひとしい ひとつの花」……「280.目印となる歌」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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