表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三章 印歴二一九一年二月三日
68/3487

0068.即席魔法使い

 ロークは、隊長の冷静で的確な分析が恐ろしかった。限られた情報から、正しい答えに近付きつつある。

 その内、自分の正体にも気付かれるのではないかと気が気でなく、隊長の目から逃れる為に下を向いた。


 ニェフリート運河の対岸、セリェブロー区も、まだ炎上中だ。

 どこの国の軍か知らないが、見える範囲で安全な場所は、現在地以外にない。


 ロークの実家が、無傷で残ったとは考え(にく)かった。

 何故か、心は落ち着いて、静かだ。

 実家が燃える様子を目の当たりにしなかったからか、それとも、既に捨てたからか。ローク自身にもわからない。


 ひとつ確実に言えるのは、命と小さな荷物の他は全て失った、と言うことだ。


 「ま、まぁ、どこの誰の仕業かなんて、うだうだ言ってる場合じゃない。暗くなる前に結界の準備しなくちゃな」

 金髪の工員が無理矢理笑顔を作って、話を()らしてくれた。


 実際、それどころではない。

 再び人が動きだす。



 誰もが無言で手を動かし、新聞紙を(つな)げた綱がじわじわ長くなる。

 ロークも立ち上がり、中年男性から朝刊を受け取って、バラして折り畳む作業を手伝った。

 この頼りない綱が、文字通りの意味で今夜の命綱になる。

 することがある間は、それに集中して余計なことを考えずに済み、作業をする人の顔は、心なしか明るくなった気がした。


 中学生たちは、相変わらず何もせず、一塊(ひとかたまり)になって(うずくま)る。

 少女たちが、意識のない仲間を囲んで心配そうに見守る。だが、こんな重傷者に子供ができることは何もない。

 少年たちは、膝を抱えて(うずくま)る者、自分の荷物を点検する者、周囲の様子を(うかが)う者、少女と一緒に負傷者をただ見守る者……と行動がバラバラだ。



 綱が完成すると、ロークはすることがなくなってしまった。

 工員が、妹を起こさないよう、そっと地面に横たえる。妹の鞄から、ペンケースとノートを取り出して何か書き始めた。

 警官たちが、新聞の綱をどう敷くか相談する。


 ……暗い?


 炎で三方から照らされるのに、視界がやけに暗い。

 ロークは目をこすって、改めて見回した。

 炎で目が(くら)んだのかと思ったが、違う。

 運河の方は明るい。炎に囲まれたこの空間だけが、暗い。

 風が()ぎ、煙は真っ直ぐ天へ昇る。

 何となくイヤな気配を感じるが、何がそう思わせるのかまでは、わからない。胸の奥に焦りにも似た感覚が湧き上がった。



 警官の相談がまとまった。

 パン屋の一家が北端になるよう新聞紙の円を作る。

 濡れた紙が千切れないよう、住人らが手分けして敷いた。位置が決まると、魔法使いの警官が術で水を掛け、別の警官が靴で踏んでアスファルトに密着させる。

 中学生たちは、とうとう何も手伝わなかった。


 工員が、書き上がったページを破り取って立ち上がる。

 「この中に、魔力はないけど、力ある言葉が少しでも分かる方、いらっしゃいますか?」

 質問の意図がわからず、誰もが首を(かし)げる。


 「えっと、【簡易結界】の呪文、唱えるの手伝って欲しいんです。カンペと【魔力の水晶】は用意できました」

 「あぁ、そう言うことか。ならば、私がしよう。【簡易結界】なら、呪符で何度か使ったことがある」

 年配の警官が、ノートの切れ端と【水晶】を受け取る。

 工員は安堵の息を漏らしたが、即席の魔法使いを含め、術者は四人しか居ない。ここにいる三十数名の命を一晩守るには、心許(こころもと)なかった。

 だからと言って、ロークにできることは何もない。


 友達のヴィユノークが【魔除け】の護符をくれた時、【魔力の水晶】と一緒に持たなければ発動しない、と言った。

 ロークは、三人の誰か、【簡易結界】発動後も余力のありそうな人に、魔力の充填を頼もうと心に決めた。

 遠慮している場合ではない。

 見たところ、諦めた者は一人も居ないようだ。

 少しでも生存率を上げる為、打てる手は全て打たなければならなかった。



 住人の男性が、中学生に声を掛けた。

 「君たちも早くこっちへ。その子は……四人で、毛布を担架みたいに持って運んであげるんだ」

 中学生は、戸惑うだけで動かなかった。

 仲間内で顔を見合わせ、彼に従うかどうか、小声で相談し始める。

 警官が同じ指示を出すと、やっと重い腰を上げた。

 警官二人と男子中学生二人で、重傷の少女を運ぶ。


 中学生も新聞紙の輪の内へ入り、三十数名が座って身を寄せ合った。意識のない者も、他の誰かが抱えて座らせる。

 輪をあまり大きくし過ぎると、魔力不足で【簡易結界】を維持できない。窮屈だが、仕方がなかった。



 夕刻まで、まだ少し時間がある。

 魔法使い三人は休息を取り、年配の警官は紙片を手に呪文の練習をする。


 ロークは荷物を持ち、運河に近い方へ移動した。

 みんな、少しでも安全そうな場所に身を置きたいのか、北側にはやや隙間がある。元々居たパン屋一家と工員兄妹、湖の民の薬師(くすし)が座るだけだ。


 ロークは荷物から堅パンを取り出し、工員と薬師に一パックずつ手渡した。

 「これ、食べて下さい」

 「えっ? いいのか?」

 工員の声で視線が集まった。薬師(くすし)は声もなく、驚いた目でロークを見る。


 ロークは他の者にも聞こえるよう、殊更(ことさら)に大きな声で言った。

 「はい。食べて下さい。お願いします。魔法使いの皆さんに、俺たち全員の命が掛かってるんです。食べて、ちょっとでも元気出して、結界、頑張って下さい」

 中学生の(そば)に座った警官にも手渡す。

 避難民の中年女性が、立ち上がった。

 「子供らには、飴ちゃんあげよう」

 そう言って、ショルダーバッグから飴の包みを取り出し、配り歩く。

 ロークは、そのおばさんに会釈し、パン屋一家の傍へ腰を降ろした。


 おばさんの陽気な声とはからいで、場の空気が和んだ。

 堅パンを受け取った魔法使いたちは、気兼(きが)ねがなくなったようで、保存食を口へ運び始めた。



 ロークは対岸に視線を向けた。

 セリェブロー区の消防団が運河の水を起ち上げ、それを盾に行く手の火を消しながら、生存者をどこかへ連れて行く。

 ロークたちは、ジェリェーゾ区に取り残されてしまった。

 どこが安全なのかわからない以上、ここに居るしかない。


 火はまだ消えず、どこにも行き場がなかった。


 挿絵(By みてみん)

☆新聞紙を繋げた綱……「0066.内と外の境界」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ