663.ない智恵絞る
メドヴェージがポンと膝を打った。
「こっちに積み替えりゃいいんだ」
「レーチカまで機材を運んで下さるんですか?」
国営放送のジョールチアナウンサーは頬を緩めたが、すぐ真顔に戻った。
「ですが、その先どうすればいいのか……」
別の車を調達するか、どこかの家に置いてもらうか。
政府の検閲なしの生情報を国民に届けるのは難しそうだ、と少年兵モーフにも想像がついた。
「隊長、いいんスか?」
「発電機はあるが、今は使える者が居ない。レーチカなど、元々FMクレーヴェルを聞いていなかった地域で放送しても、ラジオの周波数を合わせる者は居ない。検閲を逃れたいなら、大っぴらに広報して住民に周波数を周知するのは危険だ。政府関係者の耳に入れば、治安部隊を差し向けられるだろう」
ソルニャーク隊長は静かな声で状況を整理して、何がダメなのか次々と並べた。
少年兵モーフには、解決策があるように思えない。
……遠回しに断ってんのかな?
放送を手伝っても、モーフたちが得られるものは何もない。
トラックの燃料と宿代を節約する為にレーチカ市を出て、こんな人里離れた森の古道でキャンプして、ネーニア島行きの船を待っているのだ。
彼らを手伝えば、燃料を消費するだけでなく、治安部隊に捕まるかもしれない。
いや、捕まるくらいならまだマシだ。
魔装兵に【光の槍】でトラックを撃たれたら何もかもおしまい。永遠にピナと会えなくなってしまう。
「葬儀屋のおっちゃんが、二人をレーチカに連れてってやりゃいいんじゃねぇか?」
少年兵モーフは全力で、ない智恵を絞った。
大人たちの視線が集まる。
「それでさ、首都で見て来たコトを紙に書いて配るんだ。ラジオだったら、聞き逃したらそれでオワリだけど、紙だったら後で読めるし、みんなで読めるし、他の奴が書き写して広めてくれるかもしんねぇし……」
「それだ! 坊主、おめぇ実はアタマいいんじゃねぇか?」
メドヴェージが肩を抱き寄せ、モーフの頭をいつも以上に撫で回す。
隊長とアゴーニは苦笑するだけで助けてくれず、DJとアナウンサーもつられて笑みをこぼした。
「インターネットと言う手もあるな」
少年兵モーフが、メドヴェージの暑苦しい腕から解放されると、ソルニャーク隊長がみんなを見回して言った。
国営放送のジョールチが、小さく首を振る。
「ネモラリスには設備がありませんし、国民は誰も、端末を持っていませんよ」
「私が国外の知人に手紙を書く。王都の神殿やアミトスチグマの難民キャンプだけでなく、アーテルのランテルナ島にも顔が利く人物だ」
アナウンサーとDJが隊長の顔を食い入るように見詰める。
「インターネットで各国……いや、世界に首都クレーヴェルの状況を流し、あちらで印刷したものをネモラリスで配布できるように手配してもらえないか、頼んでみよう」
ソルニャーク隊長の話が進むにつれ、二人の顔が明るくなった。
「アミトスチグマの湖南経済に情報を売れば、新聞に載せてくれるかもしれませんね」
「ネモラリス版にはまず載らねぇだろうけどよ」
アナウンサーの希望的観測にメドヴェージがちゃちゃを入れた。
「どうにかしてアミトスチグマ版を入手できれば、信用度の高い新聞ですから、ネモラリスの国民も信じてくれるでしょうね」
「まぁ、その前にどうにかして新聞に載せてもらわにゃなぁ」
ソルニャーク隊長が、DJとアナウンサーに聞く。
「王都に【跳躍】できるか?」
「俺んち、巡礼に行く程、信心深くないんで……」
「幼い頃に一度、連れて行かれましたが、【跳躍】できる程はっきり憶えていません」
二人が肩を落とすと、葬儀屋アゴーニがやさしい声で言った。
「俺はつい最近、行ったばっかだ。王都だけじゃなく、アミトスチグマの難民キャンプにも行った」
「届けて下さるんですか?」
アナウンサーのジョールチが湖の民の葬儀屋に縋るような目で問う。
葬儀屋アゴーニは笑って答えた。
「……顔は利かんがな。何なら、あんたら自身を届けたっていい。一人ずつだったら連れて跳べるぞ」
二人が涙を浮かべて何度も礼を言うと、アゴーニは困ったような顔で笑った。
「まぁ、乗り掛かった船だ。……隊長さんよぉ。俺は朝イチで、レーチカの文房具屋ン行って来らぁ。便箋と封筒とペン以外に何か要るモンねぇか?」
「便箋よりもコピー用紙の方が安くてたくさん買えますよ」
国営放送アナウンサーのジョールチが口を挟むと、ソルニャーク隊長は同意した。
「封筒も、大型のものがいいだろうな」
少年兵モーフは、国営放送ゼルノー支局の廃墟で、みんなが色々書いていたのを思い出した。
……そう言や、ローク兄ちゃん、ニュースの原稿を書き写して情報を整理してたよな。
ソルニャーク隊長とクルィーロ、少年兵モーフの三人で放送局の廃墟を探検して、散らばっていたニュースの原稿を拾い集めた。
あれで、ゼルノー市がどうなっているのかわかって、市外へ出ることにしたのだ。
首都クレーヴェルの住民も、きっと首都全体がどうなっているか知りたがっているだろう。
「先に手紙で打診して、向こうの返事と準備を待った方がいいだろう」
話がまとまり、トラックとワゴンに分かれて眠る。
少しして、アナウンサーが降りてきて、焚火の前に残ったモーフの右手に腰を下ろした。背後のワゴン車にアナウンサーの影が伸びる。
「君は、眠らないのか?」
「見張りだよ。道の護りを越えて来る化け物とか、強盗とかの」
「……まだ子供なのに、偉いね。手伝おう」
少年兵モーフは、焚火を挟んでウーガリ古道を見詰める。
……葬儀屋のおっさんより弱ぇみてぇだけど、魔法使いだから、居た方がいいよな。
子供扱いされたことが癪に障って黙っていたが、国営放送のアナウンサーは平気で話し掛けてきた。
「さっき聞きそびれてしまったんだけど、君たちはこれからどこへ行くんだい?」
少年兵モーフは、どうしたものかと思い、チラリと荷台を見た。左手に停めたトラックからは誰も降りて来ないが、今ならみんなはまだ起きているだろう。荷台の扉はいつも通り、少し開けてある。
……正直に答えた方がいいのか? それとも、ローク兄ちゃんの父ちゃんに言ったみてぇに嘘吐いて誤魔化した方がいいのか?
だが、隊長を起こしに行くのは気が引ける。
モーフが答えられずにいると、アナウンサーはラジオと同じ声に申し訳なさを乗せて言った。
「……ごめんよ。元のおうちへ帰りたいに決まってるよね」
「全部焼けて帰るとこなんざねぇよ。母ちゃんと姉ちゃんも……」
「あっ……で、でも、お父さんが……」
「父ちゃんはずっと前に事故で死んだ。……ありゃ、近所のおっさんだ」
メドヴェージのことを言っているのだと気付いて付け足すと、アナウンサーのジョールチは黙り込んだ。掛ける言葉でも探しているのか、焚火と古道、荷台に視線を彷徨わせ、最後にモーフを見て顔を伏せた。
薪は明るい内に充分な量を集めてある。
少年兵モーフは、枯れ枝を一本焼べた。明るい火の粉が散って夜風に消える。
横目でアナウンサーを見ると、重苦しい沈黙に押し潰されそうな顔をしていた。
「行き先は、俺もわかんねぇんだ。船が動いたら、取敢えずネーニア島に帰ろうって決まったけど、いつ出るかわかんねぇ」
「明日や明後日にどこかへ行く、と言う予定はないんだね?」
ジョールチがホッとして顔を上げた。
少年兵モーフは、これも“子供”の特権で誤魔化す。
「さあなぁ? 俺はなんも聞いてねぇ」
「ふーん。行き先とか、隊長さんが決めるのかい?」
「んー……まぁ、みんなで話し合って……最後は大体そうだな」
「隊長さんって元軍人か何か?」
「ん?」
……元……じゃねぇよな? 星の道義勇軍の腕章、捨ててねぇし。
「君も教えてもらってないのかな?」
「いや、隊長は、俺らのリーダーだからだよ」
何かを探られているような気がして、呼称のようなものだと言ってみる。国営放送のアナウンサーが、肩の力を抜くのがわかった。ポケットから手帳を出して読み始める。
「ラジオのおっちゃんは、寝ないのか?」
「……寝付けなくてね」
「ふーん」
少年兵モーフは見張りと火の番に集中し、それ以上アナウンサーに構わないでおいた。
☆ニュースの原稿……「116.報道のフロア」参照




