662.首都の被害は
「政府軍と解放軍がやりあった初日に局を脱出したんだ。政府軍が局内に入って来るどさくさに紛れて、地下駐車場へ行って音響さんとか、技術スタッフ三人と一緒に」
FMクレーヴェルのDJレーフは、俯き加減で答えた。金色の髪が焚火に照らされ、夜の中で一際目立つ。
雑妖は、広場を遠巻きにするだけで動きが鈍かった。
「他の奴はどうしたんだ?」
FMの四人で乗って、何故、国営放送のアナウンサーと二人きりで、日没後にこんな所を走るハメになるのか。
少年兵モーフの質問にも、DJレーフは丁寧に答えた。
「他の三人は家族が心配だからって、それぞれの家の近くで下ろしたよ。念の為に解放軍が言ってた停戦時間だけ移動して、後は戦闘区域外で時間待ち。瓦礫や渋滞で通れない道があって、こんなに日数食ったんだよ」
「ふーん。兄ちゃんは何で一人で出て来たんだ?」
モーフの何気ない質問にレーフの顔が歪んだ。堪え切れずに落ちた滴が草を濡らす。
メドヴェージは、やっちまったな、とでも言いたげな目で少年兵モーフを見るが、苦笑しただけで何も言わなかった。
葬儀屋アゴーニが荷台に上り、水塊を連れて戻る。新しい香草茶が行き渡ると、DJレーフはハンカチでごしごし顔を拭いた。
「……すみません」
「いや。こちらこそ、すまない。話せそうにないなら、無理しなくていい」
ソルニャーク隊長に謝られ、少年兵モーフは気マズさに身を縮こまらせた。レーフが首を振り、泣き腫らした目で微笑む。
「いえ、これも首都の被害状況のひとつとして聞いて、口コミで広めて下さい」
力ない笑みに口許が震え、DJレーフは香草茶で唇を湿らせて目を閉じた。
「俺んち、北門の近くだったから、最後に行ったんです。そしたら、家があったとこは大穴が開いてて……」
閉じた瞼から涙が流れ、頬を濡らす。
焚火の光に輝く滴をそのままに、DJレーフはしっかりした声で語った。
「近くの神殿や避難所を何カ所も回ったけど、俺の身内はどこにも居なくて、やっと西門の近くの神殿で近所の店の人をみつけて、その人が、みんなダメだったって……」
再び、涙で声にならなくなり、たった一人生き残ったDJレーフは紙コップに口をつけて深呼吸した。
葬儀屋アゴーニが、湖の女神に彼らの魂の平安を祈る。国営放送のジョールチも続き、少年兵モーフたち星の道義勇軍の三人も、黙祷を捧げた。
「どっちの仕業か知らねぇが、とんでもねぇ術ぶっぱなしたんだな」
メドヴェージが嘆息すると、ジョールチがDJに気遣う目を向けて言った。
「恐らく、【飛翔】で移動しながら【光の槍】を撃ち合ったのでしょう」
「えぇッ?」
少年兵モーフが声を上げると、国営放送のアナウンサーは淋しげに笑って言った。
「意外ですか? 両軍の兵は【鎧】で守られて、大した被害がなく、防禦の薄い民家を中心に流れ弾の被害が出ているのですよ」
「あ、いや、そうじゃなくってよ、俺、その魔法、使うの見たコトあるけど、魔獣一匹にもトドメ刺せなかったのに、家ぶっ飛ばすって……?」
「この辺に出たのか?」
葬儀屋アゴーニが驚いて、星の道義勇軍の三人を見回す。
ソルニャーク隊長が訂正した。
「いや、別の森だ。運び屋が呪符で攻撃して、私が魔法の剣でトドメを刺した」
「今、武器をお持ちなんですか?」
「借り物で、返却済みだ」
隊長の答えにアナウンサーのジョールチは肩を落としてモーフに説明した。
「えーっと……呪符は、籠められる魔力に限度があるので【光の槍】も高出力にはなりません。しかし、魔装兵は、アーテル軍の戦闘機や爆撃機を一撃の下に落としています」
目の前の男の口から、いつもラジオから流れている声が聞こえるのは何とも妙な気分だ。
少年兵モーフは、国営放送のアナウンサーから目を逸らし、ハンカチで目頭を押さえて動かないDJを見た。
……母ちゃんと姉ちゃんは、絶対ムリに決まってんのに、何で俺は涙も出ねぇんだろうな?
直接、焼け跡を目にしていないからだろうか。リストヴァー自治区に戻れば、このDJのように声も出なくなるくらい嘆き悲しむのだろうか。
「燃料と電源車があれば、機材を動かして放送できるんですけどね」
国営放送のジョールチがいきなり話を変え、少年兵モーフは頭がついて行けなかった。他のみんなもそうなのか、無言でアナウンサーに注目する。
「電源車でなくても、どこかの民家から延長コードで電気を引っ張れば、何とかなるかもしれないのですが、農村部には電気、ガス、水道がなかったので、口コミが限度でした」
「あんたら、発電機の動かし方、知ってるか?」
アナウンサーはメドヴェージから目を逸らし、隣のDJを見た。DJは俯いたまま首を横に振る。
ソルニャーク隊長が、二人の背後に停めたワゴン車に目を凝らした。モーフも見たが、焚火が反射して窓の奥は見えない。
「放送機材を持ち出したのか」
「持ち出したって言うか、イベントの中継車で、ずっと積みっ放しなんです。いつもは電源車も一緒なんですけど……」
隊長の問いにDJレーフが顔を上げた。
「ガス欠で動かせないし、街に行っても【水晶】に魔力入れるくらいじゃガソリン売ってもらえないだろうから、どの途、使えませんよ」
「ここじゃダメなのか?」
葬儀屋アゴーニが聞くと、DJレーフは力なく俯いた。
「イベント用で、出力低いんで、会場とその周辺くらいしか……」
少年兵モーフは周囲を見回した。
焚火の炎に照らし出された広場の外は、深い闇に包まれたウーガリ山脈の裾野の森だ。雲の隙間から漏れる星灯では、木々の輪郭も夜に溶けて見えない。
ウーガリ古道に入ってから出会ったのは、ローク親子とこの二人だけだ。
人家は一軒もなかった。
……クルィーロ兄ちゃんだったら動かせんのになぁ。
今は、首都クレーヴェルの帰還難民センターに居た。
☆その魔法、使うの見たコトある……「479.千年茸の価値」参照




