660.ワゴンを移動
少年兵モーフたちは、ウーガリ古道の休憩所で何日も過ごしている。
星の道義勇軍の三人は、クーデターの翌日にレーチカ市内で買出しをし、偶然出会った葬儀屋アゴーニの提案でここに来た。
宿代と燃料の節約の為だが、思いがけず、ロークと再会できた。
ピナたちがまだ無事だとわかったのはよかったが、カーラジオで時々聞くニュースは不穏な話ばかりする。
少年兵モーフは、ニュースで首都の様子を知る度に居ても立ってもいられなくなるが、一人では首都に行くどころか、この森を抜けられる気がしなかった。
日が落ちるとしんしんと冷え、広場の外を雑妖や薄い魔物が屯する。
ここの地脈の護りは相当強いのか、ウーガリ古道と大昔に馬車を休めたと言う休憩所は静かなものだ。
……ひょっとして、歩いて行けんじゃねぇか?
一本道なら迷わないだろう。食糧を失敬して行けば、モーフの足で何日掛かるかわからないが、首都に行けそうな気がしてくる。
だが、後がダメだ。
レーチカ市でさえ、あんなにごちゃごちゃ人と建物が多いのだ。首都クレーヴェルはもっとだろう。
……いや、でも、葬儀屋のおっさんは、探してもねぇのに会えたしなぁ。
首尾よくピナに会えたとして、徒歩で戦闘に巻き込まれずに脱出できるだろうか。
ロークは、帰還難民センターから北西の門まで、車でも二時間以上掛かったと言っていた。徒歩なら何時間掛かるのか、計算も想像もできない。
……チビ共を置いてくなんて、ムリだしなぁ。
ピナはやさしいから、どんなに足手纏いになっても、妹を連れて行こうとするだろう。
無事に首都を出られたとしても、レーチカ市まで歩いて行く間、みんなの食糧はどうすればいいのか。
小学校に途中までしか行けなかった少年兵モーフでも、落ち着いて考えれば無理だとわかった。ソルニャーク隊長たちが言うように、ロークがくれた情報を手掛かりにして、首都の外で待つしかないのだろう。
……クソッ!
力なき民であることが悔しい。
葬儀屋アゴーニや薬師アウェッラーナのように魔法で移動できるなら、今すぐにでも助けに行けるのに、何も持たないモーフは、何日も掛けて歩いて行くしかない。
「さ、できたぞ。熱いから気ィ付けろよ」
メドヴェージの声に顔を上げると、湯気を立てる銅のマグカップが目の前にあった。虫の音とスープの匂いに包まれていることにようやく気付く。
「お、おう。ありがと」
スープを受け取り、空を見上げる。
少し曇っていて、星が見えるところと見えないところが斑になっていた。
魔法の【炉】では暖を取れない。普通に枯れ枝を拾い集めて作った焚火が、四人の顔を赤く染める。
スープを吹き冷ましていると、視界の端で何かが動いた。
モーフが道に警戒の目を向けたことに気付き、葬儀屋アゴーニとソルニャーク隊長が振り向く。
人影だ。二人か。
向こうも、こちらが気付いたことがわかったらしい。
一人が大きく手を振った。
「こんばんはー」
「あのー、ガス欠になっちゃって、もし、燃料が余分にあったら少し分けて欲しいんですけど……」
手を振らなかった方が、いきなり厚かましいことを言った。
隊長が運転手のメドヴェージと視線を交わす。
「兄ちゃん、すまねぇな。こいつぁトラックだから、ガソリンはねぇんだ」
「あっ……そ、そっか……おい、どうする?」
厚かましい奴が、連れと小声で相談する。小声だが、二人ともよく通る声で、広場のまんなか辺りで焚火を囲む四人にも丸聞こえだ。
……わざと聞かせてんのか?
「あのー、じゃあ、朝まで一緒に居させてもらっていいですか? 食べ物は、ちょっとだけ持ってるんで……」
これも厚かましいような気がした。
休憩所の広場だけでなく、ウーガリ古道も大昔の術で守られていて、朝まで居ても大丈夫なハズだ。
葬儀屋アゴーニが苦笑した。
「別に俺らの私有地じゃねぇから、断ったりゃせんが、車ん中の方が寝やすいんじぇねぇのか?」
「いえ、みなさんにお伝えしたいことがあるのです」
手を振った方が落ち着いた声で答えた。
この静かな声には聞き覚えがあるような気がしたが、どこで聞いたのか思い出せない。
ソルニャーク隊長がマグカップを置いて立ち上がった。
「あなたは……国営放送のアナウンサー……?」
手を振った方が、落ち着いた声で応じて連れに顔を向ける。
「はい。ジョールチです。こちらは、FMクレーヴェルの……」
「DJレーフです。局の車かっぱらって逃げて来ました」
「あ、ホントだ! ニュースのおっちゃんだ!」
モーフも思わず立ち上がった。スープがこぼれそうになり、慌ててバランスを取る。
「別の局なのに一緒に逃げて来たのか?」
葬儀屋アゴーニとメドヴェージも立ち上がり、二人を警戒する。
「私は徒歩で首都を脱出して、【跳躍】しようとしていたところをレーフさんに拾われました。信じていただけないかも知れませんが……」
「まぁ、話は後にしよう。車があるんだよな? まずはそいつをここに置こう。一車線しかねぇのに塞いでんのはマズい」
メドヴェージが頭を掻きながら道に出た。
アナウンサーのジョールチがよく通る声で呪文を唱えた。ウーガリ古道が、月光のような淡い光に浮かび上がる。
「何で魔法使えんのに、真っ暗なまんま来たんだ?」
「危なそうな人だったら、見なかったことにして車に引き返そうと思って……」
DJレーフが悪びれもせず言って東に向かう。
モーフたち四人は苦笑してついて行った。
少し行った所でワゴン車が道を塞いでいる。
……放送局の車なのに、こんなちっせぇのか?
少年兵モーフたちは、国営放送ゼルノー支局から四トントラックを拝借している。レノ店長たちは、このトラックを何かの催し物で見たと言っていた。
番組のロゴマークは、移動販売のカモフラージュに運び屋フィアールカが調達してくれたシールで隠してあった。
このワゴン車には、でかでかと「FMクレーヴェル」の文字とロゴマークがある。
……じゃあ、やっぱ放送局のなのか。
「じゃ、DJの兄ちゃんは、まっすぐ行くようにハンドル持っててうれ。五人で押しゃ、何とかなるだろ」
「その前に軽くしましょう」
メドヴェージの指示でDJレーフが運転席に乗り込むと、ジョールチアナウンサーがみんなを下がらせた。荷台のハッチに手を当てて力ある言葉で唱える。
少年兵モーフが聞いたことのある呪文だ。
「あぁ、【重力遮断】ですか」
ソルニャーク隊長が納得した顔で言うと、国営放送のアナウンサーは頷いた。
「私の魔力じゃ、せいぜい三十秒と言うところですね」
ジョールチが答えながら両手で押すと、ガス欠のワゴン車は氷の上を滑るようにするする動いた。五人で追い掛け、アナウンサーがもう一度押したが、今度はびくともしない。
メドヴェージが苦笑した。
「ははっ。こんな人数、要らなかったな」
「呪文をご存知でしたら、交代で唱えて欲しいのですが……」
「残念ながら、我々は力なき民だ」
「俺は呪文を知らねぇとくらぁ」
ソルニャーク隊長と葬儀屋アゴーニの言葉にジョールチは淋しげな笑みを浮かべ、再び同じ呪文を唱えた。
四回目でアゴーニが覚え、アナウンサーと交代する。
「おっ? もっかい行けるな」
走って追いかけ、メドヴェージが押すと、車は更に動いた。
葬儀屋アゴーニの方が、国営放送アナウンサーのジョールチよりも魔力が強いとわかり、少年兵モーフは複雑な気持ちになった。
……パッと見、葬儀屋のおっさんの方が弱そうなのに……? 魔法使いの力ってのは、見てくれじゃわかんねぇモンなんだな。
アゴーニが続けて【重力遮断】を唱え、今度はモーフが力いっぱい押した。下り坂でもないのにどんどん走り、隊長が一番に追い付いてもう一度押す。
その一押しで、広場の前に出た。
☆厚かましい……「606.人影のない港」参照
☆国営放送ゼルノー支局から四トントラックを拝借……「130.駐車場の状況」参照
☆移動販売のカモフラージュ……「476.ふたつの不安」「479.千年茸の価値」参照
☆少年兵モーフが聞いたことのある呪文……「151.重力遮断の術」参照




