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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十六章 集散

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660.ワゴンを移動

 少年兵モーフたちは、ウーガリ古道の休憩所で何日も過ごしている。

 星の道義勇軍の三人は、クーデターの翌日にレーチカ市内で買出しをし、偶然出会った葬儀屋アゴーニの提案でここに来た。


 宿代と燃料の節約の為だが、思いがけず、ロークと再会できた。

 ピナたちがまだ無事だとわかったのはよかったが、カーラジオで時々聞くニュースは不穏な話ばかりする。

 少年兵モーフは、ニュースで首都の様子を知る度に居ても立ってもいられなくなるが、一人では首都に行くどころか、この森を抜けられる気がしなかった。



 日が落ちるとしんしんと冷え、広場の外を雑妖や薄い魔物が(たむろ)する。

 ここの地脈の護りは相当強いのか、ウーガリ古道と大昔に馬車を休めたと言う休憩所は静かなものだ。


 ……ひょっとして、歩いて行けんじゃねぇか?


 一本道なら迷わないだろう。食糧を失敬して行けば、モーフの足で何日掛かるかわからないが、首都に行けそうな気がしてくる。

 だが、後がダメだ。

 レーチカ市でさえ、あんなにごちゃごちゃ人と建物が多いのだ。首都クレーヴェルはもっとだろう。


 ……いや、でも、葬儀屋のおっさんは、探してもねぇのに会えたしなぁ。


 首尾よくピナに会えたとして、徒歩で戦闘に巻き込まれずに脱出できるだろうか。

 ロークは、帰還難民センターから北西の門まで、車でも二時間以上掛かったと言っていた。徒歩なら何時間掛かるのか、計算も想像もできない。


 ……チビ共を置いてくなんて、ムリだしなぁ。


 ピナはやさしいから、どんなに足手纏いになっても、妹を連れて行こうとするだろう。

 無事に首都を出られたとしても、レーチカ市まで歩いて行く間、みんなの食糧はどうすればいいのか。

 小学校に途中までしか行けなかった少年兵モーフでも、落ち着いて考えれば無理だとわかった。ソルニャーク隊長たちが言うように、ロークがくれた情報を手掛かりにして、首都の外で待つしかないのだろう。


 ……クソッ!


 力なき民であることが悔しい。

 葬儀屋アゴーニや薬師(くすし)アウェッラーナのように魔法で移動できるなら、今すぐにでも助けに行けるのに、何も持たないモーフは、何日も掛けて歩いて行くしかない。


 「さ、できたぞ。熱いから気ィ付けろよ」

 メドヴェージの声に顔を上げると、湯気を立てる銅のマグカップが目の前にあった。虫の音とスープの匂いに包まれていることにようやく気付く。


 「お、おう。ありがと」

 スープを受け取り、空を見上げる。

 少し曇っていて、星が見えるところと見えないところが(まだら)になっていた。

 魔法の【炉】では暖を取れない。普通に枯れ枝を拾い集めて作った焚火が、四人の顔を赤く染める。



 スープを吹き冷ましていると、視界の端で何かが動いた。

 モーフが道に警戒の目を向けたことに気付き、葬儀屋アゴーニとソルニャーク隊長が振り向く。


 人影だ。二人か。


 向こうも、こちらが気付いたことがわかったらしい。

 一人が大きく手を振った。


 「こんばんはー」

 「あのー、ガス欠になっちゃって、もし、燃料が余分にあったら少し分けて欲しいんですけど……」

 手を振らなかった方が、いきなり厚かましいことを言った。

 隊長が運転手のメドヴェージと視線を交わす。


 「兄ちゃん、すまねぇな。こいつぁトラックだから、ガソリンはねぇんだ」

 「あっ……そ、そっか……おい、どうする?」

 厚かましい奴が、連れと小声で相談する。小声だが、二人ともよく通る声で、広場のまんなか辺りで焚火を囲む四人にも丸聞こえだ。


 ……わざと聞かせてんのか?


 「あのー、じゃあ、朝まで一緒に居させてもらっていいですか? 食べ物は、ちょっとだけ持ってるんで……」

 これも厚かましいような気がした。

 休憩所の広場だけでなく、ウーガリ古道も大昔の術で守られていて、朝まで居ても大丈夫なハズだ。


 葬儀屋アゴーニが苦笑した。

 「別に俺らの私有地じゃねぇから、断ったりゃせんが、車ん中の方が寝やすいんじぇねぇのか?」

 「いえ、みなさんにお伝えしたいことがあるのです」

 手を振った方が落ち着いた声で答えた。

 この静かな声には聞き覚えがあるような気がしたが、どこで聞いたのか思い出せない。


 ソルニャーク隊長がマグカップを置いて立ち上がった。

 「あなたは……国営放送のアナウンサー……?」


 手を振った方が、落ち着いた声で応じて連れに顔を向ける。

 「はい。ジョールチです。こちらは、FMクレーヴェルの……」

 「DJレーフです。局の車かっぱらって逃げて来ました」

 「あ、ホントだ! ニュースのおっちゃんだ!」

 モーフも思わず立ち上がった。スープがこぼれそうになり、慌ててバランスを取る。


 「別の局なのに一緒に逃げて来たのか?」

 葬儀屋アゴーニとメドヴェージも立ち上がり、二人を警戒する。

 「私は徒歩で首都を脱出して、【跳躍】しようとしていたところをレーフさんに拾われました。信じていただけないかも知れませんが……」

 「まぁ、話は後にしよう。車があるんだよな? まずはそいつをここに置こう。一車線しかねぇのに塞いでんのはマズい」

 メドヴェージが頭を掻きながら道に出た。


 アナウンサーのジョールチがよく通る声で呪文を唱えた。ウーガリ古道が、月光のような淡い光に浮かび上がる。

 「何で魔法使えんのに、真っ暗なまんま来たんだ?」

 「危なそうな人だったら、見なかったことにして車に引き返そうと思って……」

 DJレーフが悪びれもせず言って東に向かう。

 モーフたち四人は苦笑してついて行った。



 少し行った所でワゴン車が道を塞いでいる。


 ……放送局の車なのに、こんなちっせぇのか?


 少年兵モーフたちは、国営放送ゼルノー支局から四トントラックを拝借している。レノ店長たちは、このトラックを何かの催し物で見たと言っていた。

 番組のロゴマークは、移動販売のカモフラージュに運び屋フィアールカが調達してくれたシールで隠してあった。


 このワゴン車には、でかでかと「FMクレーヴェル」の文字とロゴマークがある。


 ……じゃあ、やっぱ放送局のなのか。


 「じゃ、DJの兄ちゃんは、まっすぐ行くようにハンドル持っててうれ。五人で押しゃ、何とかなるだろ」

 「その前に軽くしましょう」

 メドヴェージの指示でDJレーフが運転席に乗り込むと、ジョールチアナウンサーがみんなを下がらせた。荷台のハッチに手を当てて力ある言葉で唱える。

 少年兵モーフが聞いたことのある呪文だ。


 「あぁ、【重力遮断】ですか」

 ソルニャーク隊長が納得した顔で言うと、国営放送のアナウンサーは頷いた。

 「私の魔力じゃ、せいぜい三十秒と言うところですね」

 ジョールチが答えながら両手で押すと、ガス欠のワゴン車は氷の上を滑るようにするする動いた。五人で追い掛け、アナウンサーがもう一度押したが、今度はびくともしない。


 メドヴェージが苦笑した。

 「ははっ。こんな人数、要らなかったな」

 「呪文をご存知でしたら、交代で唱えて欲しいのですが……」

 「残念ながら、我々は力なき民だ」

 「俺は呪文を知らねぇとくらぁ」

 ソルニャーク隊長と葬儀屋アゴーニの言葉にジョールチは淋しげな笑みを浮かべ、再び同じ呪文を唱えた。



 四回目でアゴーニが覚え、アナウンサーと交代する。

 「おっ? もっかい行けるな」

 走って追いかけ、メドヴェージが押すと、車は更に動いた。

 葬儀屋アゴーニの方が、国営放送アナウンサーのジョールチよりも魔力が強いとわかり、少年兵モーフは複雑な気持ちになった。


 ……パッと見、葬儀屋のおっさんの方が弱そうなのに……? 魔法使いの力ってのは、見てくれじゃわかんねぇモンなんだな。


 アゴーニが続けて【重力遮断】を唱え、今度はモーフが力いっぱい押した。下り坂でもないのにどんどん走り、隊長が一番に追い付いてもう一度押す。

 その一押しで、広場の前に出た。

☆厚かましい……「606.人影のない港」参照

☆国営放送ゼルノー支局から四トントラックを拝借……「130.駐車場の状況」参照

☆移動販売のカモフラージュ……「476.ふたつの不安」「479.千年茸の価値」参照

☆少年兵モーフが聞いたことのある呪文……「151.重力遮断の術」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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