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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十六章 集散

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659.広場での昼食

 「坊主、さっきのハナシ、ちゃんと聞いてたか?」

 メドヴェージに聞かれるまでもなく、少年兵モーフは全身を耳にする勢いで聞いていた。


 広場に戻ったソルニャーク隊長の前に飛び出す。

 「隊長! 今からピナたちを助けに行くんスね?」

 「いや。ローク君の様子がおかしかっただろう。あの男性……恐らくローク君の父親の前では、言えないことがあったに違いない」

 ソルニャーク隊長は手振りでモーフを座らせ、自分も焚火の傍に腰を下ろす。出来たてのスープは少し冷めていた。アゴーニが温め直そうとするのを断り、昼食を再開する。


 広場は正方形で、四隅に人の背丈程の石柱が建っていた。護りの呪文が刻まれた石柱を繋ぐ格好で、同じく呪文を刻んだ石材が敷かれ、広場を守っている。大昔は馬車を休めていた、と葬儀屋アゴーニが言っていた。



 「坊主、まぁ落ち着いて聞けよ」

 運転手のメドヴェージがスープを食べながら勿体(もったい)ぶって言う。

 「後で地図を見せてやるが、さっき聞いたルートは、朝の停戦時間に首都から出る方向のこった。中に入るにゃ、門がボトルネックになって、まず無理だな」


 「ここまで来といて、ピナたちを助けに行かねぇのかよ!」

 「おぉっと、こぼれるぞ」

 アゴーニの声で、慌ててマグカップを立て直す。


 ソルニャーク隊長がスープの具を飲み下して言った。

 「先程の遣り取りは、ローク君が情報を出しやすいようにしたもので、実際にウーガリ古道を抜けて農村で野菜の買い付けなどはせん」

 「そんな……! ローク兄ちゃんは、ピナたちを助けて欲しくて言ったんじゃないんスかッ?」


 「家族と一緒に西門の近くの安全な区域に移るっつってたろ。アマナちゃんとパン屋の姉妹は先にそっち行ったって」

 「どういうコトか、ホントにわかんねぇのか?」

 メドヴェージと葬儀屋アゴーニに呆れた顔で言われ、少年兵モーフはスープを一気にカっ込んだ。口いっぱいに頬張って、激しく咀嚼する。



 ソルニャーク隊長はスープを啜り、モーフが具を飲み込むのを待って説明した。

 「現在は家族がバラバラになっている。今日か明日には安全な場所で合流する。万が一、戦闘が激化すれば、西門へ迎えに行けと言うことだろう」

 「今から助けに行っちゃダメなんスかッ!」


 葬儀屋アゴーニが溜め息を()いて、まぁ落ち着け、とスプーンを持った手を振る。

 「今、行ったってトラックで首都に入れる道は全部塞がってるし、会社の名前もわかんねぇのに、どうやって探す気だ?」

 「それは……」

 (うつむ)くモーフにアゴーニが追い打ちを掛ける。

 「首都にゃ百万から人が住んでんだ。他所から避難してきた奴も居て、今はもっと居るだろうな」

 「ひゃ……」

 少年兵モーフには、一の後ろにゼロが何個つくのかもわからないが、とにかく途方もない人数だ。


 ……ハナシ盛ってんじゃねぇだろうな?


 湖の民の葬儀屋に疑いの眼差しを向けるが、ソルニャーク隊長とメドヴェージは揃って頷いた。モーフの手から空のマグカップが落ち、頭を抱える。


 「さっきローク君は、アウェッラーナさんはレーチカに行くと言っていた。彼女なら、もっと詳しい状況を知っているだろう。闇雲に動くのは危険だ」

 穏やかに諭すソルニャーク隊長の声が右から左へ抜ける。

 葬儀屋アゴーニもやさしい声で言った。

 「薬師(くすし)の姐ちゃんは【跳躍】で移動するだろうからな。いざとなりゃ……あぁ、いや、何事もなきゃ、安全な場所を動かねぇ方がいいんだ。……そうだ、絵本読んでやろう。貸してみ?」


 ……ガキじゃあんめぇし、そんなモンで誤魔化されるかよ。


 「そう言えば、巻末の歌を確認していなかったな。……モーフ、貸してくれないか?」

 ソルニャーク隊長の頼みでは仕方がない。

 少年兵モーフはのろのろ立ち上がり、荷台に這い上がった。本屋での会話を思い出し、レコードも持って降りる。



 葬儀屋アゴーニは、空の食器を回収して【操水】で洗っている。

 取敢えず、隊長に絵本とレコードを渡し、モーフとメドヴェージが隊長の左右に座った。


 ソルニャーク隊長が絵本を後ろのページからめくり、例のページを開く。

 拍子抜けした。

 絵のない見開きの右側には、モーフたちがずっと歌い、見て、考えて、すっかり覚えた歌詞が書いてある。


 ……なんだ。俺らが知ってるトコまでなんだな。


 歌詞の下には、少し小さい字で何か書いてあるが、少年兵モーフには読めない。

 食器を片付けたアゴーニが来て、メドヴェージの隣に立った。隊長がレコードを渡し、開いた絵本を向ける。


 「そのレコードの『すべて ひとしい ひとつの花』の歌詞の一部だ」

 「へぇー。レコードまであんのかい。ちょいと聴かせてもらえねぇか」

 「そのレコードにこの歌の歌唱はない」

 「なんだ」

 アゴーニが鼻を鳴らすと、メドヴェージが笑った。


 「そう言や、あの兄ちゃんに発電機の使い方、教わんの忘れてたな」

 「発電機まで持ってたのか。……いや、そんなモンだけあったって……」

 「レコードの再生機もあるが、そちらも使い方を聞いていない」

 ソルニャーク隊長も苦笑する。


 少年兵モーフは、どうしてクルィーロに聞いておかなかったのか、と自分を殴りたいような情けない気持ちになった。


 「再生機だけなら、使えるんだがなぁ。発電機は燃料使うし、素人が使うのは危ねぇかもな」

 アゴーニがレコードを返しながらぼやく。

 「ホントか? 発電機がいけたら、レコード聴けんのか?」


 「坊主、落ち着けよ。工員の兄ちゃんは俺らに発電機を触らせなかったろ。ひょっとしたら、免許や何かが要るくらい難しいモンなのかもよ?」

 色めき立つモーフにメドヴェージが手を振って苦笑した。

 恥ずかしくなって、浮かせた腰を草地に落ち着ける。改めて見ると、ここにも香草になる草が生えていた。



 ソルニャーク隊長がレコードをモーフに渡し、絵本を開き直す。

 「歌詞の下は、ネモラリス建設業協会の連絡先。ここに歌詞の案を送って欲しい、とある。左のページはこの歌の説明だ。我々が既に知っていることばかりだが、読んで欲しいか?」

 「知ってるコトなら大丈夫っス」

 少年兵モーフは遠慮した。

 それよりも、絵のあるページに何が書いてあるか気になるが、隊長にフラクシヌス教の神話の本を読んで欲しいなどとは、口が裂けても言えない。


 「へぇー……ネモラリスとラクリマリスじゃ、慈善コンサート。他はインターネットで広めて、歌詞を募集してんのか。まぁ、こんな歌ひとつで平和んなるとは思えんが、考えるきっかけくらいにゃなるだろうな」

 葬儀屋アゴーニが左のページを黙読して、しきりに感心する。


 ……この歌で平和んなるなら、血ィ吐いてでも歌い続けてやるんだけどな。


 「レコードはムリでも、歌なら歌えるぞ」

 「ホントか? いっちょ聴かせてくんねぇか」

 「じゃあ、歌うぞ……」

 メドヴェージが焚火の向こうへ歩いて行って向き直ると、ソルニャーク隊長はアゴーニに絵本を渡した。



 穏やかな(うみ)の風

 一条の光 闇を(ひら)き 島は新しい夜明けを迎える


 (ラキュス)(うみ)に浮かぶ小さな島 花が朝日に揺れる



 おっさんは、途中までしかない歌を迷いなく歌った。

 野太い声が広場から響き渡り、周囲の森に吸い込まれる。今立つ大地のように揺るぎない歌声は、少年兵モーフの気持ちを落ち着かせてくれた。

☆本屋での会話……「647.初めての本屋」参照

☆レコード……「114.ビルの探索へ」「115.昔の音の部屋」「169.得られる知識」「177.レコード試聴」「178.やさしき降雨」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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