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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十六章 集散

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656.首都を抜ける

 窓を閉めて前を向くと、溜め息が漏れた。

 車列は順調に流れているが、土地勘がないのでどこへ向かっているのかわからない。時々流れる標識の地名を記憶に刻む。


 「湖の民なんぞと一緒に居たのか」

 父の苦い声で隣を見る。ハンドルを握り、前方を注視する父の顔からは、先程までの愛想笑いが消えていた。

 「アガート病院の薬師(くすし)さんだよ。あの人が居なきゃ、とっくに焼け死んでた」

 「勝手に出て行ったりするからだ。心配したんだぞ。どこへ行ってたんだ?」

 苛立たしげな父から目を逸らし、フロントガラスの向こうへ視線を向けた。目的を伏せ、行動だけを語る。


 「ミエーチ区に行ってたんだ」

 「何しに行ったんだ?」

 「ベリョーザさんちの様子を見に……」

 父は大きく息を吐いたが、バックミラー越しの目許は表情が和らいでいた。


 「車はなかったけど……星の道義勇軍が家を乗っ取ってて、警察と治安部隊が突入してた」

 「悪かったよ。お前には作戦用の物資を置く話はしたが、却って心配させると思って、誰の家に置くか詳しい話をしなかったんだ」


 ロークは明け渡す家の目印は教えてもらっていた。

 父たちは余計な気を回したようだが、ベリョーザの家を星の道義勇軍が明け渡すことは、母親同士が話しているのを立ち聞きして知っていた。


 「あの日は夜明け前に出発してもらったから、挨拶できなかったんだ。どうせトポリ港で合流すると思ってな」

 「中途半端な話じゃ、余計に心配になるんだよ。俺ももう、小さな子供じゃないんだ。隠し事はなしにしてもらいたいんだけど?」

 「……そうか。そうだな。お前にこんなに勇気と行動力があったなんて、知らなかったよ。それでこそディアファネス家の跡取りだ」


 車が角を曲がった。

 西か北西の門に向かうようだ。

 青い標識の文字を目に焼き付ける。


 「レーチカに行く道は、どこも渋滞で塞がってるって聞いたんだけど、どこ通って行くんだ?」

 「ん? あぁ、一旦、北西の門を出て農道を使って北門の方へ行く」

 「北門? 戦闘が激しくて民間人にも死傷者が出たって、ラジオで……」

 ロークは驚いて父を見たが、前を向いたまま表情を変えない。


 「防壁の中……市街地はそうだな。外の道は無傷だ。北門は封鎖されてるから、車は滅多に通らない。時々、東側の門を強行突破した車が流れてくるくらいだ」

 「レーチカに行くんじゃなかったのか?」

 「行くぞ。平野の農村がある辺り……って言ってわかるか? 首都の北側」

 「んー……後で地図見せてよ」

 「あぁ。農村地帯を抜けて、ウーガリ山脈の裾野の森を突っ切る」

 「えぇッ? 森? 魔獣とか……」

 父はロークの反応を面白がり、喉の奥で笑った。


 「山裾に地脈の力を使った道がある。ウーガリ古道と言うそうだが、道幅が狭いから、自動車が普及してからは忘れ去られた道だ。地元の農家の人が軽トラで通るくらいで、()いてるぞ」

 「……そうなんだ?」

 どうにかしてレノ店長たちにこの情報を伝えたいが、手段がないのがもどかしい。


 ……クルィーロさんのお父さんの会社か社宅の電話番号、教えてもらえばよかったな。


 ラジオでは、電話線が物理的に切られて、放送局の電話は繋がらないと言っていた。それを聞いて、電話は使えないと思い込んでしまった。

 だが、少なくとも昨日までは、帰還難民センターと会社の回線が生きていたから、センターの職員はクルィーロの父と連絡をつけられたのだ。

 市外通話はまた別かもしれないが、思い込みで可能性を失った自分の迂闊さを呪った。



 「腹減ったろう。サンドイッチ、食べなさい」

 父がダッシュボードの紙袋に顎をしゃくる。

 空腹感はなかったが、取敢えず手に取った。意外な重さに慌てて手を添える。瓶入りの野菜ジュースも入っていた。


 「ベリョーザちゃんが今朝、ロークの為に早起きして、張り切って作ってたぞ」

 「……食べる?」

 「いや、父さんは朝食を済ませて来た。遠慮しないで全部食べなさい」

 運転しながらでは食べられないし、途中、車を停められる場所もないのだろう、と思い到り、油紙に包まれた塊を取り出した。



 車列の流れがゆるやかになる。ずっと遠くの信号が赤になっていた。

 包みを開き、ギョッとする。


 「髪の毛……挟まってるんだけど……」


 パンの端からはみ出した一本の金髪をつまんで引っ張る。父の驚く顔がこちらを向いた。

 サンドイッチからずるずる引き出され、するりと抜けた髪の端がサイドブレーキに触れる。


 ロークが深い溜め息を()くと、父は引き攣った笑いを浮かべた。

 「……別に毒じゃないんだ。誰だってうっかりすることくらいあるだろう」

 「じゃあ、あげる」

 長い髪を抜いたサンドイッチを差し出すと、父は横を向いた。

 「さっき食べたばかりだからな。いらんぞ」

 「あっそ」

 ロークは髪を紙袋に入れ、サンドイッチを包み直してダッシュボードに戻した。



 車列が動く。

 父が話し掛けて来なくなったのを幸いに、首都クレーヴェルの様子を観察した。

 四車線道路の両脇はオフィス街らしく、低層ビルが連なる。高い物は五階建てで、ゼルノー市よりも立派なビルが多かった。

 歩道を行く人の流れは速く、顔には焦りが滲む。見える範囲の街並は無傷だが、停戦時間が終わる前に建て物に入りたいのだろう。ロークも早く門の外へ出たかった。



 「ここってどの辺? 門はまだ?」

 「心配か? この辺は戦闘区域から離れてるから、大丈夫だ。ほら、歩いて会社に行く人が大勢いるだろ?」

 言われるまでもないが、ゆるゆる進む車の流れはロークを落ち着かない気分にさせた。

 社名の看板を読み、働く人を窓越しに眺めて気を紛らわす。


 ……クルィーロさんのお父さんの会社は……西門の近くって言ってたよな。


 方向が違う。

 一階が店舗の雑居ビルが多く、(ひさし)の下には客が詰め掛けていた。開いている店は少なく、この様子では入荷も滞りがちなのだろう。

 いつ、パニックで暴動が起きてもおかしくない。

 そんな緊張感で、空気はピリピリしていた。


 「レーチカは安全だし、暮らしにも余裕があるから、心配しなくても大丈夫だぞ」

 「そういうの、着いてから言ってくれないかな?」

 「……そうだな」


 軍服姿の五人組が歩道をゆっくり通り過ぎる。ネモラリス政府軍の一般兵だ。自動小銃を肩から吊るしているが、構えてはいない。


 車が北西の門を抜けた時には、午前十時を回っていたが、一発の銃声も聞かずに済んだ。少なくとも、首都クレーヴェル北西部は、政府軍が完全に掌握しているらしい。


挿絵(By みてみん)


☆ミエーチ区に行ってた……「048.決意と実行と」参照

☆星の道義勇軍が家を乗っ取ってて、警察と治安部隊が突入してた……「052.隠れ家に突入」参照

☆明け渡す家の目印は教えてもらっていた……「036.義勇軍の計画」「042.今後の作戦に」参照

☆クルィーロさんのお父さんの会社は……西門の近く……「638.再発行を待つ」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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