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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十六章 集散

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654.父からの情報

 「アウェッラーナさん、ちょっといいですか?」

 四人だけになった部屋で、ロークは薬師(くすし)アウェッラーナにペンと手帳を差し出した。部屋を出ようとしていたレノ店長と工員クルィーロも、足を止めて怪訝な顔をする。


 「父が迎えに来たら、食堂で応対します」

 「えっ?」

 「家族が世話になってる国会議員は十中八九、隠れキルクルス教徒です。できるだけ情報を引き出すんで、王都へ【跳躍】した時に、カリンドゥラさんかフィアールカさんに伝えて下さい。お願いします」

 「ローク君、もしかして、その為に家族のとこへ行くって言ったのか?」

 クルィーロが身体ごと向き直る。

 ロークは首を振った。

 「いえ、昨日言ったコトはホントですよ。俺、力なき民だし」


 薬師(くすし)アウェッラーナは、ぎゅっと瞼を閉じて聞いていたが、緑の目をロークに向けて手帳を受け取った。

 「わかりました。上手く伝えられたら、レーチカ市の……東門の近くに二十日大根(レーチカ)の彫刻がある広場があるんですけど、門に一番近いベンチの裏に手紙を貼り付けますね」

 「ありがとうございます。アウェッラーナさんも、無理しないで下さい」


 ロークはラジオ、アウェッラーナは手帳をポケットに入れて香草の束を持ち、四人で連れ立って帰還難民センターの食堂へ向かった。



 まだ朝の六時で、厨房では調理師と手伝いの帰還難民が忙しく働いている。レノ店長は、パンの仕込みを手伝いに行った。

 三人がいつもの席に座ってラジオを点けると、録音らしき女性の声が、何度も同じ話を繰り返す。


 「こちらは、ネミュス解放軍です。ウヌク・エルハイア将軍の指示により、日の出から午前九時までは、市民のみなさんの生活に配慮し、政府軍の攻撃を受けない限り、我々から攻撃を仕掛けることは致しません。繰り返します――」


 夕方に流れたのと同じで、時間帯だけが違う。一方的な休戦情報は、薬師アウェッラーナが調理師のおばさんから聞いた通りだ。


 同じ話を三度聞いて、ロークはラジオの音量を下げた。

 他に誰も居ないが、薄暗い食堂は意外と声が響く。 

 薬師(くすし)アウェッラーナが手招きして囁いた。


 「ロークさんが今、ご存知のこと、聞かせてもらえますか?」


 ロークは、他の帰還難民が入って来るまで、隠れキルクルス教徒の情報を知っている限り伝えた。ファーキルにも同じことを伝えたから、ここまではきっと、フィアールカたちにも伝わっているだろう。

 祖父と両親、ベリョーザ一家が空襲を免れ、レーチカ市で存命であることを付け足しただけだ。



 「今日、父から聞き出すのは国会議員のことです。今は、レーチカ市に家を持ってることしかわかりません」

 「そうなんですね」

 「あ、そうだ。追加の情報が入ったら、俺もそのベンチに手紙を貼りに行きます」

 「ありがとうございます。でも、無理はしないで下さいね」

 それに頷いてみせ、ロークはクルィーロが淹れてくれた香草茶を一口啜った。



 スープの匂いが濃くなるにつれて食堂の席が埋まってゆく。


 ロークの父は、配膳が始まる直前にやって来た。

 「みなさん、おはようございます。さ、ローク、行くぞ」

 「朝メシ、今からなんだけど?」

 「サンドイッチを持って来た。車の中で食べなさい」


 父の用意の良さに抵抗する。

 「道はどこも混んでるって聞いたから、もっと遅いと思ってたんだ。荷物、部屋に置いたままだよ」

 「荷造りを済ませておきなさいと言っただろう」

 「終わってるよ。小学生じゃあるまいし……」

 「まぁまぁ、おじさん。お茶でも飲んで落ち着いて、俺、取って来ますから」

 クルィーロが、プラスチックのカップを手に薬罐から香草茶を注ぎ、立ったままの父に差し出した。


 ロークの父は安物のティーカップを受け取ったが、座らずに命じる。

 「ローク、自分の荷物くらい、自分で取りに行きなさい」

 「あぁ、違うんです。魔法で【鍵】掛けたから、俺じゃないと開けらんないんですよ」

 「どうぞ、お掛けになって下さい」

 薬師(くすし)アウェッラーナに促され、父は渋々長椅子に腰を下ろした。


 「では、息子がお手数をお掛けして申し訳ありませんが、お願いします」

 「お安いご用ですよ」

 クルィーロが魔法のマントを(ひるがえ)して立ち去る。



 「私はニュースをメモしてますから、お構いなく」

 薬師アウェッラーナはラジオを手前に寄せ、手許を父の目から隠す。FMクレーヴェルに替え、ネモラリス政府の公式発表をメモするフリでロークの質問を待った。


 「議員さんの家ってそんな大きいのか? それとも、仮設とかの斡旋?」

 「先生のお宅だ。とても広いお屋敷で、客間が多いんだ。先生は、気兼ねしなくていい、とおっしゃって下さったが、あんまり羽目を外すんじゃないぞ」

 「ふーん。そんな大金持ちなんだ? その先生って、父さんが前に言ってた秦皮(トネリコ)の枝党の人?」

 ロークは曖昧な記憶を引っ張り出してカマを掛けた。


 父が頷いて、朝食の喧騒に紛れるように囁く。

 「そうだ。パドスニェージニク先生だ。長い呼称だが、これからお世話になるんだ。失礼のないようにしっかり覚えておきなさい」

 「えぇっ? 『議員の先生』じゃダメなの?」

 「お屋敷には、他の議員の先生方もしょっちゅういらっしゃるんだ。誰のことだかわからんだろう」

 「そうなんだ……えーっと、パド……?」

 忘れたフリで聞き直す。


 ラジオからは、昨日と変わり映えのしないニュースが流れていた。検閲に時間が掛かるせいかもしれない。

 「パドスニェージニク先生だ」

 「パドスニェージニク先生、パドスニェージニク先生」

 呼称で男性とわかった。

 父の囁きをやや大きな声で繰り返し、アウェッラーナに伝える。


 「ベテランの先生で顔が広いからな。レーチカの高校への編入もお願いしてある」

 「えっ? それって、商業高校?」

 本気で驚いて声が裏返る。


 ロークは高校に通い直すなどと、全く考えていなかった。


 父が歳甲斐もなくはにかむ。

 「いや。ベリョーザちゃんと一緒がよかろうと思ってな……」

 「何でそんな勝手なコトすんだよ。今からなんとかなんないの?」


 ロークの不機嫌な声で、周囲の人々が何事かとスープ皿から顔を上げる。父は申し訳なさそうな顔で周囲に頭を下げ、ロークに向き直った。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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