652.動画に接する
「クーデターの戦闘、そんなに酷かったんですか?」
「戦ってるとこを見たワケじゃないけど、店があったとこは大穴が開いてた。地下に倉庫があったんだけど、それも吹っ飛んでた」
「ありゃあ、【飛翔】で移動しながら【光の槍】で戦って、流れ弾が当たったんだろう」
老人が首を振り、【魔力の水晶】を握った拳の指先が白くなった。
若い母親が、幼子の緑色の髪を撫でてあやしながら呟く。
「ウチは、家とお店が別だったから助かったけど……」
「店の二階に住んでる人が多いからねぇ」
老婆が居眠りを始めたもう一人の孫を撫でて溜め息を吐く。
ファーキルは、現場の状況を想像して愕然とした。
「そんな広い範囲に……?」
「いや、一発ずつなら、店一軒か二軒分くらいなんだがな」
「かなり魔力が強い兵士同士でやりあったみたいで……まぁ、本人たちは【鎧】とかで守られて生きてると思うけどな」
青年の口許が皮肉な笑みに歪む。
動画から流れる音声は、昼食で賑う店内に紛れて聞き取り難い。
喧騒を縫って聞こえた「魔哮砲」の単語で、湖の民の一家の目がタブレット端末に集まった。息を殺してテーブルに身を乗り出し、アサコール党首とラクエウス議員の告発に耳を傾ける。
料理が並べられ、ファーキルは一時停止して壁のコンセントに充電器を挿した。
「実は俺、武力を使わずに平和を目指す人たちに協力してるんです」
「何だそりゃ?」
声に出したのは若者一人だが、一家の大人たちも疑問の目を向ける。
「いろんな国のいろんな立場の人が動いてて、団体名とかは決まってないんですけど……」
「色々って?」
「今の動画に出てたアサコール党首とラクエウス議員もそうですし、歌手のニプトラ・ネウマエさんとかオラトリックスさん、フラクシヌス教の聖職者やネモラリス建設業協会の有志、空襲で焼け出された一般の人、ラクリマリスやアミトスチグマの人たち、それに、アーテル人にも協力者が居ます」
「建設業協会が、アミトスチグマの難民キャンプに小屋を建てに行ったのは知ってるが……」
「アーテル人って、そんな奴ら信じていいのか?」
若者の声に一家の表情が険しくなる。
幼子がべそをかき、母親が慌ててあやした。
「アーテルで国民的な人気がある歌手の女の子たちが、キルクルス教の信仰がイヤになってアミトスチグマに亡命しました。今は平和を呼び掛ける歌を歌って、収益は難民支援に回してますよ」
「アミトスチグマでコンサートしてんのか?」
ファーキルは、インターネットを知らないネモラリス人の一家にわかりやすいように説明して、動画を再生した。“瞬く星っ娘”改め“平和の花束”が、青い花束を抱えて平和を呼び掛け、振り付きで歌う。
一家は料理が冷めるのも構わず、食い入るようにタブレット端末を見詰める。
子供たちの離乳食はまだ来ない。
起きている子が母親のパンに手を伸ばした。母親が一口分だけ千切って子供の口に入れる。
幼子はもぐもぐしながら、手帳大の画面で少女たちが身振りを交えながら歌うのをキラキラした目で見詰めていた。
元アーテル人の“平和の花束”が歌う「国民健康体操」の替え歌の動画が終わると、次の動画が自動再生された。「すべて ひとしい ひとつの花」は、ファーキルが知っている部分で終わり、竪琴の音色に乗せて歌詞を募るメッセージと、寄せられた歌詞の断片が次々と表示された。
「インターネットの設備のある国なら、世界中どこでも一瞬で繋がります。それで、世界中の人たちがこうやって……平和が実現するように応援してくれてて……」
ファーキルは次の自動再生を止め、画面をスクロールしてコメントを表示させた。湖南語や共通語だけでなく、様々な国の言語で歌詞の断片や励ましのメッセージが寄せられている。
「数字は、この動画が見られた回数で、この数字が大きい程、広告収入が増えますし、コメントした人の一部は、国連の機関やアミトスチグマの難民支援団体に直接、寄付金を送ってくれてるんです」
ネモラリス人の一家は、ファーキルの説明を呆然と聞いた。
どこまで理解できたかわからないが、話を続ける。
「俺は普通の庶民なんで、情報支援をしています」
「情報支援?」
老人と若者が同時に首を傾げた。女性たちの緑の瞳も同じ疑問を向ける。
「今回は一週間の予定で、グロム市とプラーム市に避難したネモラリス人から、今の首都の様子や、困ってるコトとかを聞き取り調査するように頼まれて来ました」
「するってぇと何かい? あんたに言えば、後でアサコール先生たちが助けてくれるってのか?」
湖の民の老人が期待と疑念の入り混じった目を向ける。
ファーキルを外見通りの中学生だとは思っていないようだが、両輪の軸党の党首との繋がりを仄めかしたことに警戒しているようだ。
……まぁ、確かに詐欺臭いよな。
「難民の人たちを直接支援してる人たちが、クーデターの件でどの程度まで動けるか、今の時点ではわかりません。でも、俺は責任を持ってアサコール党首や聖職者の有志たちに情報を届けます」
「あぁ……話を聞いた実動部隊がどう動くかは、あんたじゃわかんないのか……」
「はい。すみません。力になれなくて」
ファーキルが頭を下げると、肩を落とした若者が慌てて片手を振った。
「あぁ、いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。できもしないコトを安請け合いしないし、あんたのことは信じてるよ」
「ここのお代を出して下さるだけでも有難いですから、そんな、謝らないで下さい」
若者の妻も言い【魔力の水晶】を握った手を開いた。力ある言葉が刻まれた透き通る石の中に淡い輝きが宿っている。
「あ、充填、終わったみたいなんで、お返ししますね」
夫と老夫婦も自分が握った物を確認して、ファーキルに返した。
やっと離乳食が来て、食事が始まる。
すっかり冷めていたが、ファーキルのチキンカツはそれなりに美味しかった。湖の民の一家も、白身魚のムニエルを夢中で頬張る。
老婆と母親は、ぐずる子供たちに少しずつ離乳食を食べさせ、自分はまだ食べない。
老人と父親が食べ終え、女性陣と交代するのを見て、ファーキルはホッとした。
☆告発……「496.動画での告発」「497.協力の呼掛け」参照
☆平和の花束”が、青い花束を抱えて平和を呼び掛け、振り付きで歌う。……「515.アイドルたち」~「517.PV案を出す」参照




