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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十六章 集散

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651.避難民の一家

 港からホテルまでは街並に気を取られたが、今度は道行く人を観察しながらゆっくり歩く。

 運び屋フィアールカに出発前、クーデターから逃れて来たネモラリス島民がいるだろうから話を聞くように、と言われたが、ファーキルには誰がそうなのか、見ただけではわからない。


 ……そう言えば、腥風樹(せいふうじゅ)の件でラズーリ湾の対岸から避難してきた人たちも居るんだよな。


 それらしい人がみつかったとしても、ネモラリス人なのかラクリマリス人なのか、本人に聞いてみなければわからない。

 見ず知らずの中学生に答えてくれるとも思えなかった。


 どこからにせよ、逃れて来た人たちなら、なるべく安い店で食事をするだろう。

 ファーキルは以前、地図で見た下町へ足を向けた。


 小さな家や雑居ビルが建て込む場所に足を踏み入れると、電波状況が悪くなった。繋がらなくはないが、アンテナの表示は一本と二本が明滅して安定しない。


 路地裏にはゴミが落ちておらず、一日中、日が当たらなさそうなビルの隙間にも雑妖が居ない。流石に魔法文明国の都市だけあって、下町にもしっかり【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の守りの術が行き渡っていた。


 道行く人はどこかの店の雇い人らしき者や、買物の主婦など、明らかに地元民が多かった。

 店の者がファーキルに目を向けるが、観光客だと思われたのか、店の前を通り過ぎると視線を感じなくなった。


 バックパッカー向けの安宿の看板をみつけ、歩調を上げる。宿の扉には「満室」の木札が掛かっていた。昼時を前に仕込みが佳境に入ったらしく、あちこちから美味そうな匂いが漂って来る。


 ファーキルは安宿のある街区を一周した。

 他にも数件、似たような宿はあるが、どこも満室だ。

 カフェや食堂の前にランチメニューの小さな黒板が次々と出される。人通りが増え、大荷物のくたびれた人々が混じり始めた。


 ……避難民……なのかな?


 戦争と湖上封鎖の影響で【無尽袋】が品薄になり、値上がりしたと聞いたが、その上げ幅がどの程度なのかは知らなかった。

 リュックサックやトートバッグをパンパンに膨らませた人々は、所帯じみていて、明らかに観光客ではない。だが、貧しいようにも見えなかった。


 ファーキルは、そんな人々の中から湖の民の一家に目をつけ、同じ方向に足を向ける。

 老夫婦と若夫婦、それに幼児二人の六人家族は疲れた様子だが、周囲を警戒する風はない。ファーキルも同じ食堂に入った。



 「ちょっとすまんがの、ここは【水晶】に魔力を足しても食わせてもらえるんかの?」

 老人がレジに声を掛けると、小太りのおばさんは首を振った。

 「ウチは観光客が多いからねぇ。現金か【魔力の水晶】本体か、この表にある食材でしか取引しないんだよ」


 レジカウンターの脇に貼られた一覧表には、小麦粉や塩、砂糖など日持ちする食材や調味料の取引量が書いてあった。


 「ネモラリスのカネだったら、少しあるんだけど……」

 若者がポケットから財布を出したが、レジのおばさんは気の毒そうな顔で首を振った。

 「ここはラクリマリスだからねぇ」

 「あ、あの、【水晶】に魔力入れてくれたら、食事代、出しますよ」

 ファーキルが思い切って声を掛けると、一家が一斉にこちらを向いた。


 彼らが通路を塞いだせいで、ファーキルの後ろには行列ができている。青年が曖昧な顔で頷き、店に入って通路を開けた。


 レジ横の六人席に落ち着き、改めて言う。

 「いっぱいあるんで、疲れちゃうかもしれませんけど……」


 ポケットから【魔力の水晶】を出してテーブルに並べる。魔力を充填するだけの安物だ。作用力を補うタイプは、コートの胸ポケットに入れてある。

 幼子が伸ばした手を母親がそっと引っ込めさせた。


 「ホントに、たったの五粒で食わせてくれるのか?」

 「はい。これ、空っぽなんで」

 青年は、ファーキルの手袋をチラリと見て頷いた。

 「ありがとうございます」

 口々に礼を言って、細かい文字が彫り込まれた【水晶】を手に取る。老人が両手にひとつずつ、他の三人は片手でひとつ。



 三十人くらい入れそうな店内はいっぱいで、注文を聞いて回る店員がなかなか回って来ない。

 ファーキルは老人の緑の眼を見て聞いた。

 「みなさんはネモラリスのどちらから来られたんですか?」

 「首都のクレーヴェルだ。家は無事だったんだが、店を吹っ飛ばされてしまってな」

 「えっ? でも、今は空襲って……」

 クーデターの件を知らないフリで驚いてみせる。


 「何だ。まだこっちには伝わっておらんのか。……クーデターだ」

 老人は白い物が多い緑の頭を垂れて声を落とした。

 「クーデター? でも、まだ、アーテルと戦争してるんですよね?」

 「あぁ。ウヌク・エルハイア将軍がどう思って決起なさったのか儂らにはわからん。だが、魔哮砲の件に関しては、将軍に賛成だ」

 「魔哮砲……魔法生物を兵器利用してる……とかってアレですよね?」

 老人だけでなく、老婆と若夫婦も硬い表情で頷いた。


 青年が老人と視線を交わし、続きを引き受ける。

 「そんなモノを使役するのは絶対、許せないじゃないか。国民に隠れてコソコソ研究して戦争でホントに使ったのも、頭おかしいとしか思えないよ。三界の魔物みたいになったらどうすんだよ」

 「そうですよね。俺も、ネモラリスの国会議員たちが、それを告発した動画を見ました」

 「ドウガ……?」

 ネモラリス人の一家が首を傾げる。


 ホール係が注文を取りに来て、話が中断した。

 一家は遠慮して一番安い定食を頼んだ。子供たちには麦粥と軟らかく煮た鶏と野菜のスープを作ってもらえることになり、若い母親が泣きそうな顔で何度も礼を言った。


 ファーキルは二番目に安い定食を頼み、タブレット端末をテーブルに置いた。

 アンテナ表示は二本で安定している。ブックマークした動画にアクセスすると、老人が目を丸くした。


 「アサコール党首! ご存命でしたか……!」

 「お知り合いですか?」

 「いや。ウチは大工道具や漆喰やらの建材を扱う店でな。客は【巣懸ける懸巣】の職人さんだ。勢い、両輪の軸党を応援するようになってな……」

 「まぁ、その店はやられちまって跡形もなくなったけどな」

 「一家揃って命が合っただけでも有難いと思わないと……」

 老婆が、拳を震わせる青年を(たしな)めた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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