646.行き先の予想
トラックを停めたのは、大きな量販店の駐車場だった。
「買物すりゃ、タダで停めさせてくれるらしいが、却って高くつくからなぁ」
メドヴェージが荷台を開けてアゴーニを招じ入れた。拾った古雑誌を扉に噛ませて完全に閉まらないようにしたが、そんな細い光では荷台全体が見えない。
「ちょっと【灯】を点けてもいいか?」
「どうぞ」
葬儀屋アゴーニの遠慮がちな声にソルニャーク隊長が即答した。
何度聞いてもさっぱりわからない呪文が終わった途端、荷台の中がうっすら明るくなった。
薬師アウェッラーナと工員クルィーロ、呪医セプテントリオーや警備員オリョールも使っていた術だ。
魔法使いならみんな、首飾りの形に関係なく使えて当たり前の簡単な術なのだろう。
……でも、俺は全然わかんねぇ。ねーちゃん……今頃、あの魔女んとこで教わってんのかな?
近所のねーちゃんアミエーラを思い出し、何とも言えない気持ちになって長椅子に身を投げ出すように座った。
「あんたら、ホントに三人だけなんだな」
アゴーニが荷台を見回し、緑の目を隊長で止めた。
「行き先が違うからな。クルィーロ君たちの父親は、首都に居ると言っていたから、あの二人は父と合流できるように動くだろう」
「そうだったのかい。他の子らは?」
葬儀屋は隊長の説明に頬を緩めた。
「パン屋は……どうするのかわからんが、ローク君は仮設住宅を申し込むと言っていた。アウェッラーナさんは身内の船を捜すと言っていたから、既に首都を離れているかも知れんな」
ソルニャーク隊長が別れ際に聞いた予定を並べると、アゴーニは何度も頷きながら聞いて、自分の掌を見詰めて考え込んだ。
メドヴェージが瓶から飲料水を注いで、三人のカップと葬儀屋の分の紙コップを木箱に置いた。
アゴーニが掌から顔を上げる。
「お、ありがとよ」
みんなが一口ずつ飲むと、アゴーニは話し始めた。
「まず、薬師の姐ちゃんは大丈夫だろう。いざとなりゃ【跳躍】で逃げられる」
「仲間を見捨てて逃げるとは思えんが……?」
薬師と同族のアゴーニより長く一緒に過ごしたソルニャーク隊長が首を傾げた。
……そう言や、俺らにも魚、食わせてくれたよな。
少年兵モーフは、ゼルノー市の護送車で生まれて初めて食べた「ごちそう」の味を思い出し、唾を飲み込んだ。
薬師アウェッラーナが、同情や憐みで「くれてやる」ような人物でないのは、あまり言葉を交わさなかったモーフにも、よくわかった。
……あの魔女のねーちゃんは、そう言う奴だ。
「身内の船を捜すっつってたんだろ? そしたら移動は【跳躍】でするハズだ。結界がなきゃ、はっきり見えてるとこには行けるからな。岸沿いに港を巡って、ひょっとしたら今頃は、首都を出て漁村を回ってるかも知れんぞ」
「離れてちゃ、見捨てるもへったくれもねぇやな」
メドヴェージがカップを置いて頷く。アゴーニは頷き返して続けた。
「高校生のあの子は、力なき民だ。首都にゃ居られんだろうから、身分証が手に入ったら歩いてでもこっち来るだろうな。【魔力の水晶】か何か払って誰かの車に乗せてもらうかも知れんが」
……成程なぁ。
湖の民のおっさんの言うことは尤もだと思えた。
クーデターで危ないから、住民が逃げ出しているのだ。身内が要るワケでもなく、住む所もないロークが留まる理由はなかった。
……じゃあ、ピナたちも?
「魔法使いの兄ちゃんの親が首都に居て、土地勘と住むとこがあるんなら、その家か、安全な区域に行くだろうし、いよいよ危ねぇってなりゃ脱出するだろうな」
「パン屋の三人は、よっぽどのことがねぇ限り、あの兄ちゃんたちと一緒に行くだろ」
「何でだよ?」
メドヴェージの予測に噛みつく。
「そりゃお前、こんな状況で仲良しと離れ離れになるなんざ、チビっ子たちが泣いてイヤがんだろうが」
呆れた顔で言われてやっと、アマナとエランティスを思い出し、ピナ自身もアマナと仲良さそうだったと気付く。少年兵モーフが唇を噛んで俯くと、メドヴェージが肩に手を置いた。
「どっちにしろ、わざわざ危ねぇとこにゃ行かねぇだろ。そんな心配すんなって」
……生きてりゃその内、会えるって?
それが無理なことくらい少年兵モーフにもわかる。
リストヴァー自治区に帰れば、フラクシヌス教徒のピナとは二度と会えなくなるのだ。いや、そもそも、星の道義勇軍がゼルノー市襲撃作戦で自治区を出なければ、一生、会うハズのなかった子だ。
……なのに、なんで会えねぇってだけで、こんなイラつくんだよ?
大人三人はモーフの苛立ちとは無関係に話を進める。
「船がいつ動くか全くわかんねぇ。ネーニア島へ渡るまで、俺をここに置いてくれねぇか?」
「拠点で共同生活をしていたのだ。今更、信仰を理由に断りはせんが……」
ソルニャーク隊長が困惑を隠さずにアゴーニの緑の瞳を見る。自分に向けられた湖の色の瞳を見詰め返し、葬儀屋アゴーニは頭を掻いた。
「理由なら、ちゃんとあるぞ。宿代を浮かしてぇってのが、まずひとつ」
あけすけな物言いに隊長とおっさんが苦笑を洩らす。
モーフにも、断る理由が特にないので何も言わない。
「他にもあるのか?」
「魔法使いが居ねぇんじゃ、あんたらが略奪に遭うんじゃねぇかって心配ってのもある。断る理由がねぇんなら、悪い話じゃあんめぇよ」
「こちらこそ、助かります」
「いやいや、お互い様だって。じゃ、よろしく」
葬儀屋アゴーニは、ソルニャーク隊長とがっちり握手を交わし、メドヴェージと少年兵モーフにも求めた。メドヴェージが快く応じたので、モーフも流れで湖の民の手を握る。
初めて握った魔法使いの手は、普通にあたたかかった。
☆俺らにも魚、食わせてくれた……「044.美味しい焼魚」「045.人心が荒れる」参照




