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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十五章 離合

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645.二人は大丈夫

 駐車場へ歩きながら、ソルニャーク隊長が手短に事情を話す。


 「例の袋が完成するまでは、地下街に留まり、トラックを片付けてすぐ、王都へ運んでもらった」

 「全員でか?」

 「そうだ。そこで……針子の娘を覚えているか?」

 「ん? あぁ、あの別嬪(べっぴん)さんな。アミエーラとか言ったか?」

 モーフは、近所のねーちゃんの名が出たことに一瞬、緊張したが、すぐに思い出して肩の力を抜いた。


 ……今は、親戚の魔女と一緒に王都にいるんだ。ねーちゃんは大丈夫。


 隊長が近所のねーちゃんアミエーラが親戚と会えて、今はその人と一緒に居る旨を伝えると、葬儀屋アゴーニは我がことのように喜んだ。


 「そうか、そうか。そいつぁよかった。あの別嬪さん、苦労してそうなツラしてたからなぁ。ホントによかった」

 「ファーキル君も、我々の後の便でグロム市へ()つと言っていたから、今頃はきっと親戚の許に居るだろう」

 「あぁそう言や、あの子はラクリマリス人だっつってたな」

 ソルニャーク隊長とメドヴェージの少し淋しそうな顔が気になったが、少年兵モーフはアゴーニと一緒に頷いた。


 「その二人を除く十名は、魔道機船でクレーヴェルに渡った。後の七人は首都の帰還難民センターに身を寄せている」

 「俺たちゃ今、ネーニア島行きの船を待ってんだ。トラック丸ごともらったからな。蔓草細工でも売りながら、気長に行こうと思ってんだ」

 メドヴェージののんびりした物言いに苛立ち、少年兵モーフはおっさんの脇腹を肘で小突いた。


 「いってて……何すんだ坊主?」

 「ピナたちを助けに行かねーのかよッ?」

 大人たちが足を止めた。

 無関係な通行人がギョッとして振り向く。


 「仲間じゃなかったのかよッ?」

 「坊主、何度も言わせんな。俺らじゃ何もしてやれねぇ」

 メドヴェージの厳しい声音にアゴーニが頷いた。

 「あんたたちゃ、この島に土地勘がねぇし、安全なルートもわかんねぇんだ。命と燃料を無駄遣いするようなモンだ」

 「ち、地図がありゃ、知らねぇとこでも、道……わかんじゃねぇのか? おっさん、さっき、これ見て駐車場行ったんだろ?」


 よく見ると、先程とは別の地図だったが、少年兵モーフは構わず続けた。


 「地図見ながら行きゃいいじゃねぇかッ!」

 「そんなモン見たって、今、どうなってるかなんざわかんねぇだろうが」

 「あんたら、ホントに首都がどうなってるか知らねぇのか?」

 メドヴェージが苦々しく言うと、葬儀屋アゴーニは目を見開いて星の道義勇軍の三人に視線を巡らせた。ソルニャーク隊長が頷く。


 「この道が、地図のこれだ」

 アゴーニの指が、目の前の車道を差してから地図上の太い線をなぞった。南東から北西へ向かう車線は渋滞しているが、反対車線はガラガラだ。


 「首都からレーチカまでの道はギューギューで、反対車線もこっちに来る奴でいっぱいだ。流石に、市内じゃそうは行かんから、門がボトルネックになって大渋滞だ」

 首都クレーヴェルと港街レーチカ市を結ぶ国道は、四車線全てが下りの車に占拠され、首都方向へ向かう車が通れなくなっている、と指で宙に道と車の流れを描いてみせる。

 「農家の連中はナマモノを運べなくなって困ってる。【跳躍】できる運送屋が普通の袋に詰めて手作業で運んでるから、まだ一応、入荷できてるが、野菜は値上がりしてる」


 ……魔法はガソリンいらねーのに、何でだよ?


 少年兵モーフは疑問に思ったが、後で隊長に聞こうと思い、黙って続きを待った。

 「南回り……湖岸沿いの漁村やちっこい港町を繋ぐ遠回りのルートもいっぱいで……まぁ、魚は船で運べるからな。そっちはあんまり値上がりしてねぇが、まぁ、お察しだ」

 「野菜がねぇ分、魚で腹いっぱいにしようってのか?」

 メドヴェージがわかったような顔で言う。


 ……ホントかよ? さっき、野菜も食ったぞ?


 「あんたの言う通りだ。だが、加工品……生野菜じゃなくて“死んだ野菜”なら【無尽袋】で運べるからな。乾物にして出荷してくれる農家がある」

 「それに漁港まで運んで、そこから船でレーチカ港に運べば、生野菜もある程度は手に入る、か」

 「そうだ。今はまだそんなに……パニックが起きる程のことにゃなってねぇ」

 葬儀屋アゴーニは、ソルニャーク隊長の推測に頷いた。

 モーフたちが昨日まで居たのは、タンカーなどの大型船を繋いだ場所で、野菜などを積んだ船は全く見かけなかった。漁港から運ぶと言うことは、漁船に積んだのかもしれない。



 この看板の地図はレーチカ市全体ではないらしい。

 少年兵モーフには、自分が今、どの辺りに居るのかもわからなかった。


 ただ、車があっても首都へ行くのは難しい、とわかっただけだ。



 「なぁ、あんた、帰還難民センターの場所、知らねぇか?」

 「いいや、知らんな」

 葬儀屋アゴーニは素っ気なく首を振る。


 この湖の民のおっさんは、ランテルナ島の拠点から北ザカート市の拠点まで、少年兵モーフたちを連れて何度も魔法で移動していた。

 内心、舌打ちする。


 ……使えねーおっさんだな。


 「俺が知ってたら、あの子らを助けに行かせようと思ってたのか?」

 見透かされたモーフは思わず横を向いた。店の窓に映った自分の顔にギョッとして(うつむ)く。

 足を止めたモーフの肩をメドヴェージがポンと叩いた。


 「車が出られるってこたぁな、歩きでも出られるってこった。ラジオで言ってる戦場は街ん中だ。もし、アレでも、センターの職員が避難を誘導してくれんだろ」

 モーフが顔を上げると、メドヴェージは目尻を下げてもう一度、少年兵の肩を叩いた。


 「本気でヤバくなったらここに来る。大丈夫なら、あっちに居る」

 「何で言い切れるんだよ?」

 「さっき、避難してきた連中が、首都の東門が通れなくて遠回りしてきたっつってたからな。船で湖へ出るか、山へ行くか、こっち来るか……まぁ、行き先は限られてる」

 「ホントかよ?」

 少年兵モーフは、疑いの眼で運転手のおっさんを見上げた。

 メドヴェージがモーフの頭をわしゃわしゃ撫でて背中を押す。

 「ホラ、行くぞ」

 ソルニャーク隊長と葬儀屋アゴーニは、少し先の角で待っていた。

☆親戚の魔女と一緒に王都にいる……「548.薄く遠い血縁」「549.定まらない心」「573.乗船券の確認」「574.みんなで歌う」参照

☆「あぁそう言や、あの子はラクリマリス人だっつってたな」ソルニャーク隊長とメドヴェージの少し淋しそうな顔……「545.確認と信用と」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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