645.二人は大丈夫
駐車場へ歩きながら、ソルニャーク隊長が手短に事情を話す。
「例の袋が完成するまでは、地下街に留まり、トラックを片付けてすぐ、王都へ運んでもらった」
「全員でか?」
「そうだ。そこで……針子の娘を覚えているか?」
「ん? あぁ、あの別嬪さんな。アミエーラとか言ったか?」
モーフは、近所のねーちゃんの名が出たことに一瞬、緊張したが、すぐに思い出して肩の力を抜いた。
……今は、親戚の魔女と一緒に王都にいるんだ。ねーちゃんは大丈夫。
隊長が近所のねーちゃんアミエーラが親戚と会えて、今はその人と一緒に居る旨を伝えると、葬儀屋アゴーニは我がことのように喜んだ。
「そうか、そうか。そいつぁよかった。あの別嬪さん、苦労してそうなツラしてたからなぁ。ホントによかった」
「ファーキル君も、我々の後の便でグロム市へ発つと言っていたから、今頃はきっと親戚の許に居るだろう」
「あぁそう言や、あの子はラクリマリス人だっつってたな」
ソルニャーク隊長とメドヴェージの少し淋しそうな顔が気になったが、少年兵モーフはアゴーニと一緒に頷いた。
「その二人を除く十名は、魔道機船でクレーヴェルに渡った。後の七人は首都の帰還難民センターに身を寄せている」
「俺たちゃ今、ネーニア島行きの船を待ってんだ。トラック丸ごともらったからな。蔓草細工でも売りながら、気長に行こうと思ってんだ」
メドヴェージののんびりした物言いに苛立ち、少年兵モーフはおっさんの脇腹を肘で小突いた。
「いってて……何すんだ坊主?」
「ピナたちを助けに行かねーのかよッ?」
大人たちが足を止めた。
無関係な通行人がギョッとして振り向く。
「仲間じゃなかったのかよッ?」
「坊主、何度も言わせんな。俺らじゃ何もしてやれねぇ」
メドヴェージの厳しい声音にアゴーニが頷いた。
「あんたたちゃ、この島に土地勘がねぇし、安全なルートもわかんねぇんだ。命と燃料を無駄遣いするようなモンだ」
「ち、地図がありゃ、知らねぇとこでも、道……わかんじゃねぇのか? おっさん、さっき、これ見て駐車場行ったんだろ?」
よく見ると、先程とは別の地図だったが、少年兵モーフは構わず続けた。
「地図見ながら行きゃいいじゃねぇかッ!」
「そんなモン見たって、今、どうなってるかなんざわかんねぇだろうが」
「あんたら、ホントに首都がどうなってるか知らねぇのか?」
メドヴェージが苦々しく言うと、葬儀屋アゴーニは目を見開いて星の道義勇軍の三人に視線を巡らせた。ソルニャーク隊長が頷く。
「この道が、地図のこれだ」
アゴーニの指が、目の前の車道を差してから地図上の太い線をなぞった。南東から北西へ向かう車線は渋滞しているが、反対車線はガラガラだ。
「首都からレーチカまでの道はギューギューで、反対車線もこっちに来る奴でいっぱいだ。流石に、市内じゃそうは行かんから、門がボトルネックになって大渋滞だ」
首都クレーヴェルと港街レーチカ市を結ぶ国道は、四車線全てが下りの車に占拠され、首都方向へ向かう車が通れなくなっている、と指で宙に道と車の流れを描いてみせる。
「農家の連中はナマモノを運べなくなって困ってる。【跳躍】できる運送屋が普通の袋に詰めて手作業で運んでるから、まだ一応、入荷できてるが、野菜は値上がりしてる」
……魔法はガソリンいらねーのに、何でだよ?
少年兵モーフは疑問に思ったが、後で隊長に聞こうと思い、黙って続きを待った。
「南回り……湖岸沿いの漁村やちっこい港町を繋ぐ遠回りのルートもいっぱいで……まぁ、魚は船で運べるからな。そっちはあんまり値上がりしてねぇが、まぁ、お察しだ」
「野菜がねぇ分、魚で腹いっぱいにしようってのか?」
メドヴェージがわかったような顔で言う。
……ホントかよ? さっき、野菜も食ったぞ?
「あんたの言う通りだ。だが、加工品……生野菜じゃなくて“死んだ野菜”なら【無尽袋】で運べるからな。乾物にして出荷してくれる農家がある」
「それに漁港まで運んで、そこから船でレーチカ港に運べば、生野菜もある程度は手に入る、か」
「そうだ。今はまだそんなに……パニックが起きる程のことにゃなってねぇ」
葬儀屋アゴーニは、ソルニャーク隊長の推測に頷いた。
モーフたちが昨日まで居たのは、タンカーなどの大型船を繋いだ場所で、野菜などを積んだ船は全く見かけなかった。漁港から運ぶと言うことは、漁船に積んだのかもしれない。
この看板の地図はレーチカ市全体ではないらしい。
少年兵モーフには、自分が今、どの辺りに居るのかもわからなかった。
ただ、車があっても首都へ行くのは難しい、とわかっただけだ。
「なぁ、あんた、帰還難民センターの場所、知らねぇか?」
「いいや、知らんな」
葬儀屋アゴーニは素っ気なく首を振る。
この湖の民のおっさんは、ランテルナ島の拠点から北ザカート市の拠点まで、少年兵モーフたちを連れて何度も魔法で移動していた。
内心、舌打ちする。
……使えねーおっさんだな。
「俺が知ってたら、あの子らを助けに行かせようと思ってたのか?」
見透かされたモーフは思わず横を向いた。店の窓に映った自分の顔にギョッとして俯く。
足を止めたモーフの肩をメドヴェージがポンと叩いた。
「車が出られるってこたぁな、歩きでも出られるってこった。ラジオで言ってる戦場は街ん中だ。もし、アレでも、センターの職員が避難を誘導してくれんだろ」
モーフが顔を上げると、メドヴェージは目尻を下げてもう一度、少年兵の肩を叩いた。
「本気でヤバくなったらここに来る。大丈夫なら、あっちに居る」
「何で言い切れるんだよ?」
「さっき、避難してきた連中が、首都の東門が通れなくて遠回りしてきたっつってたからな。船で湖へ出るか、山へ行くか、こっち来るか……まぁ、行き先は限られてる」
「ホントかよ?」
少年兵モーフは、疑いの眼で運転手のおっさんを見上げた。
メドヴェージがモーフの頭をわしゃわしゃ撫でて背中を押す。
「ホラ、行くぞ」
ソルニャーク隊長と葬儀屋アゴーニは、少し先の角で待っていた。
☆親戚の魔女と一緒に王都にいる……「548.薄く遠い血縁」「549.定まらない心」「573.乗船券の確認」「574.みんなで歌う」参照
☆「あぁそう言や、あの子はラクリマリス人だっつってたな」ソルニャーク隊長とメドヴェージの少し淋しそうな顔……「545.確認と信用と」参照




