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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三章 印歴二一九一年二月三日

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0066.内と外の境界

 薬師(くすし)アウェッラーナは目を覚ましたが、状況が呑み込めず、ぼんやり見回した。

 周りは知らない人ばかり。その向こうには、炎が壁のように燃え盛る。


 自分がアスファルトに横たえられていると気付いた。

 アスファルトはよく燃える。

 内戦中に聞いた話を思い出し、跳ね起きた。



 「あ、あのっ、大丈夫ですか?」

 【魔力の水晶】を貸してくれた少年が、アウェッラーナを気遣う。やっと状況を思い出し、無理に笑顔を作って答えた。

 「お蔭様(かげさま)で、マシになりました。ありがとうございます」


 場が安堵(あんど)に包まれた。

 薬師(くすし)が居れば、それだけ生存率が上がる。人々の期待に満ちた目が、湖の民のアウェッラーナに注がれる。


 「……治療を続けたいのはやまやまですが、ここには薬の素材がないので、これ以上のことは……すみません」

 パン屋の男性の他、数名が意識不明の重体、立っている少年をはじめ、何人も骨折患者が居る。

 アウェッラーナは改めて状況を確認し、申し訳なさに消え入りそうな声で詫びを口にした。


 「いっいいえっ! そんなっ! 謝らないで下さい」

 「充分過ぎるくらい助かってますから!」

 青いツナギの工員とパン屋の青年が口々に言った。

 「ガラスが刺さったままなら、もっと多くの命が失われました。ご協力、感謝致します」

 休息していた魔法使いの警官にも言われ、アウェッラーナは少し安心した。



 半世紀の内乱中は、薬の素材がなく、薬師(くすし)では救命できない状況でも、数え切れないくらい、死傷者の家族に(なじ)られた。

 ()(すべ)もなく身内が亡くなるのをただ見守るしかない。

 何もできない彼らは、その苛立(イラだ)ちや悲しみ、もどかしさを幼い薬師(くすし)に当たり散らしたのだ。


 アウェッラーナは、罵られたくない一心で【青き片翼】や【飛翔する(フクロウ)】の術も学んだ。

 薬を使わずに癒す術は、魔力の制御が難しい。失敗すれば、術で患者の命を奪ってしまう。高度な技術が必要で、幼いアウェッラーナには、初歩的な術を(わず)かばかりしか修められなかった。

 申し訳程度の治癒でも、風当たりがかなりマシになった。



 ここで生き延びても、また、あんな日々が繰り返されると思うと、アウェッラーナは気が重かった。

 最初のテロから、まだ三日しか経っていない。

 四日前までの平和な日々が、遠い昔のように感じられた。


 ……空がまだ明るい……そんなに休んでないのね。


 幾分(いくぶん)か回復したが、まだ【跳躍】などの大きな術は使えない。

 これ以上の治療は、技術的に出来そうもない。

 明るい内に【簡易結界】の準備を進めた方がよさそうに思えた。

 土の地面なら、棒切れで線を引いて境界を作れるが、アスファルトでは無理だ。この人数を囲める長い紐が必要だった。


 「あの、そろそろ、結界の準備を始めた方がいいと思うんですけど、どなたか、紐かロープのような物をお持ちじゃありませんか?」

 薬師(くすし)の問い掛けに、人々は首を横に振るばかり。

 アウェッラーナは、鞄に携帯用の裁縫道具があるのを思い出した。

 紙巻きのボタン付け糸があったが、もう三分の一くらいしかなく、到底、足りなかった。



 「おい、そのマフラー(ほど)けばイケるんじゃね?」

 「……イヤ」

 「何でだよ。寄越(よこ)せよ」

 「ヤダったらッ!」

 アウェッラーナは顔を上げ、声の方を見た。

 男子中学生の一人が、女子中学生のマフラーを引っ張る。

 向日葵(ヒマワリ)色の太い糸でふんわり編まれた長いマフラーだ。


 女子中学生は、マフラーを両手で掴んで少年に抵抗する。他の女子中学生が加勢した。

 「ちょっと、やめなさいよ」

 「首絞まっちゃうって!」

 「だったら、さっさと放せばいいだろ!」


 それぞれ同性に加勢し、中学生の一団がふたつに割れる。


 「ヤダッたら! これ、お母さんの手編みなの!」

 「それがどうした。さっさと寄越せってば!」

 「これ、多分、もう、形見……」

 そこまで口にした少女の目から、大粒の涙が(こぼ)れた。一度溢れた涙は(せき)を切ったように止まらない。

 慰めようとした少女らも、もらい泣きに声を詰まらせ、身を寄せ合って涙を流し始めた。


 大人たちが、少年たちに批難の眼差しを向ける。

 「何だよ! 結界張んのに要るんだろッ!」

 少年の一人が反論する。

 警官が首を横に振った。


 「だからと言って、個人の大切な物を奪い取っていいと言う道理はない。そう言う心は、雑妖を呼び寄せる」


 「だって……!」

 尚も言い(つの)ろうとする少年を(さえぎ)り、工員が言う。

 「新聞紙を湿らせて、(ねじ)じって(つな)げれば、ロープみたいになる。【簡易結界】は明日の朝まで、外と内を区別できればいいから、それで充分だ」

 「だったら先にそう言えよッ!」

 少年が甲高い金切り声を上げる。


 工員はそれに応じず、周囲を見回して聞いた。

 「新聞紙をお持ちの方、いらっしゃいませんか?」

 数人が、朝刊一部や号外一枚を自分の荷物やポケットから引っ張り出す。読む為ではなく、燃料や布団、防寒着代わりにしたものだ。


 魔法使いの警官が、運河から術でバケツ一杯分くらいの水を起ち上げた。

 新聞紙を持った人々が、警官の(そば)に集まる。


 「一枚ずつバラして、長い方の辺で折り畳んで、なるべく長くなるようにして、水で濡らして……」

 避難民たちは、工員の説明に従い、新聞紙を折って濡らす。


 「で、一方の端っこの中に、もう一方の端を入れて、捻じる」

 次第に新聞紙の綱が長くなった。

 「ちょっと待ってくれ!」

 テロリストの一人が、声を上げた。

☆【魔力の水晶】を貸してくれた少年……「0057.魔力の水晶を」参照

☆【青き片翼】や【飛翔する梟】の術も学んだ……「0033.術による癒し」参照

☆明るい内に【簡易結界】の準備……「0023.蜂起初日の夜」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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