表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十五章 離合

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

659/3504

644.葬儀屋の道程

 昼時を過ぎた店内には、他の客が二組だけ残っていた。

 四人は視線を交わし、彼らから一番遠い奥の席に腰を落ち着ける。星の道義勇軍の三人はサービスランチ、葬儀屋アゴーニは珈琲を注文した。


 係の者が厨房へ引っ込んだのを見届けて、ソルニャーク隊長が小声で聞く。

 「何故、こんな所に……?」

 「そいつぁこっちの台詞だが、まぁ、いい。先に話そう」


 湖の民の葬儀屋は、蝶を(かたど)った徽章(きしょう)をこねくり回しながら、アーテル領ランテルナ島の武闘派ゲリラの拠点から、ネモラリス島のレーチカ市に来るまでのことを語った。


 アゴーニの前にいい香りの湯気を立てるカップが置かれたが、手を点けずに係が下がるのを待って話を続ける。

 三人は余計な口を挟まず、ネモラリス人有志の武闘派ゲリラと(たもと)を分かったおっさんの話に耳を傾けた。


 「俺と呪医(せんせい)がどんなに言ったところで、戦いを止めらんねぇ。何人死のうが、婆さんが次々、死にてぇ奴を連れて来るんだ」

 「シルヴァさんを止めに行ったのか?」

 「いや、あの婆さんも、俺じゃ止めらんねぇし、婆さん一人を止めたところで、情報は止めらんねぇ」

 葬儀屋アゴーニは、ソルニャーク隊長の問いに首を振った。


 メドヴェージと少年兵モーフが同時に首を傾げる。

 「情報……?」

 「婆さんは、あちこちで外国の新聞を配り歩いてんだよ」

 「それで何で、あいつらの仲間が増え……」

 メドヴェージの質問は、係が運んできた定食に中断された。葬儀屋アゴーニに促され、三人は食べながら聞く。


 「まず、アミトスチグマの難民キャンプ。あっちにゃ、アーテルの聖光新聞とネモラリスの緑陰新聞を届けてる」

 「何でその二紙なんだ?」

 メドヴェージがポテトサラダを頬張って聞くと、アゴーニは自信なさそうに答えた。

 「さあなぁ? どっちもそれぞれの国の急進派で、徹底抗戦の論調でカッ飛ばしてるからじゃねぇのか?」

 

 「……その程度で、煽動できるものなのか?」

 「キャンプの難民は、何もかんも捨てて逃げて祖国の情報に飢えてるし、アーテルの連中が何考えて戦争吹っ掛けたのか知りたがってる」

 ハムを飲み下した隊長の質問に湖の民の葬儀屋はきっぱり答えた。


 ……字ぃ読める奴は、新聞欲しがるモンなのか。


 そこまでは、少年兵モーフにも理解できたが、新聞を読んだ難民が、武闘派ゲリラになって戦いに身を投じる理由はわからない。

 オムレツの具と一緒に葬儀屋アゴーニの言葉を噛みしめる。そもそも、戦う力がないから、外国へ逃れて難民化したのではなかったのか。


 「あそこで呪医(せんせい)たちと一緒に聖光新聞の記事を整理してたんだが、アーテルはどっから情報を仕入れたんだか、最初から魔哮砲を兵器化した魔法生物だっつって、そんなモノを使う悪しき魔法使いは皆殺しだ! みてぇな勢いなんだよ」

 「それで、あんな無差別爆撃したってのか?」

 メドヴェージの手が止まる。


 モーフたち、リストヴァー自治区の星の道義勇軍は、同じキルクルス教徒の星の(しるべ)の支援を受けて蜂起した。アーテルとラニスタにも、その動きは伝わっていた筈だ。

 星の標は、アーテルとラニスタの社会に深く根を下ろしている、と星の道義勇軍の幹部が訓示していた。軍も当然、把握していただろう。

 アーテル・ラニスタ連合軍の空襲と、自治区の大火でどれだけの仲間が生き残れたのか、全くわからなかった。


 考えれば考える程、フラクシヌス教徒と一緒くたに焼き払われたのが(しゃく)(さわ)って仕方がない。


 「アーテルの街は魔物やらにゃ無防備だ。【急降下する(ワシ)】や何かの戦う系統の学派じゃない魔法使いでも、工夫すれば戦えるって入れ知恵してやりゃ、行く奴が出てもおかしくねぇ」

 「土地勘がなければ【跳躍】できないのではないのか?」

 ソルニャーク隊長の疑問に、少年兵モーフも口いっぱいに頬張ったまま同調して頷く。


 「そこはそれ、婆さんが何日かしてから、次の新聞持って行った時に、見込みありそうな奴をランテルナ島へ連れてくんだよ」



 あの森の別荘以外の場所にも拠点はある。

 カルダフストヴォー市の老人宅だ。


 拠点でしばらく過ごさせて、しっかり場所を覚えさせる。ランテルナ島と本土のイグニカーンス市は、南ヴィエートフィ大橋と路線バスで繋がっている。

 アーテル軍の急襲を受ける前は、本土にも幾つか拠点があったらしい。

 敵地内の【跳躍】先を覚えさせた者たちを難民キャンプに帰らせれば、今度は彼らが、自主的に有志を募ってアーテル領への道案内をする。


 キャンプ内には、アーテル人を直接どうにかする度胸のない「道案内」が数えきれないくらい居るらしい。



 「ネモラリスの国内にゃ、アミトスチグマとラクリマリスの湖南経済新聞だ。難民の苦しい生活を知らせてお涙頂戴。だが、政府軍は国内の魔物から国民を守るのに精いっぱいで、アーテル本土まで手が回らねぇとくりゃ……」

 「同様の手口で道案内を増やして、彼らに“政府軍に代わって戦う有志”を運ばせているのか」

 ソルニャーク隊長が、魚の骨を皿の隅に積みながら確認した。

 「そうだ。新聞は、どんだけの人数で読もうが減らねぇし、戦争が長引きゃ、そんだけ不満も溜まる。今更、道案内の連中の記憶は消せねぇし、広まった情報も回収できねぇ」


 少年兵モーフはコッペパンにかぶりついた。

 呪医の姿がないが、まだ拠点に居て、武闘派ゲリラの傷を癒しているのだろうか。それとも、あんなコトがあったと知って、アゴーニより先に拠点を出て行ったのだろうか。


 モーフがパンを飲み下すより先に、ソルニャーク隊長が質問してくれた。

 湖の民の葬儀屋は、モーフが思っていた程、同族の呪医と仲が良いワケではなかったらしい。


 「俺が拠点を出た時にゃ、まだ居たよ。呪医(せんせい)にゃ呪医なりの考えってもんがあるだろうからな」

 オリョールたちは、昔は軍医だったと言う呪医セプテントリオーを引き留めるだろうか。


 ……前は、二人が居なくても戦ってたみてぇだし、それはねぇか。


 力ある民の遺体を放置すれば、魔物が受肉して魔獣化する。

 二人が居れば、戦力の損失を抑えたり、遺体を焼いて【魔道士の涙】を手に入れて戦力を補強できたりするが、居なければ居ないで何とでもしそうだ。

 いや、無理に引き留めて仲間割れになると、その方が厄介だろう。


 「ちょっと前までクレーヴェルに居たんだが、クーデターがおっぱじまって、こっちに逃げて来たんだ」

 三人が食べ終わるのを見計らったように話を終え、冷めきった珈琲を一息に飲み干した。


 「他のみんなはどうした? 元気してんのか?」

 「場所を変えよう」

 ソルニャーク隊長と葬儀屋アゴーニは、別々に伝票を掴んで席を立った。

☆アーテル本土にも幾つか拠点があった……「269.失われた拠点」参照

☆ネモラリスの国内にゃ、アミトスチグマとラクリマリスの湖南経済新聞だ……「575.二カ国の新聞」参照

☆俺が拠点を出た時にゃ、まだ居たよ。呪医にゃ呪医なりの考えってもんがある……「512.後悔と罪悪感」「513.見知らぬ老人」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ