644.葬儀屋の道程
昼時を過ぎた店内には、他の客が二組だけ残っていた。
四人は視線を交わし、彼らから一番遠い奥の席に腰を落ち着ける。星の道義勇軍の三人はサービスランチ、葬儀屋アゴーニは珈琲を注文した。
係の者が厨房へ引っ込んだのを見届けて、ソルニャーク隊長が小声で聞く。
「何故、こんな所に……?」
「そいつぁこっちの台詞だが、まぁ、いい。先に話そう」
湖の民の葬儀屋は、蝶を象った徽章をこねくり回しながら、アーテル領ランテルナ島の武闘派ゲリラの拠点から、ネモラリス島のレーチカ市に来るまでのことを語った。
アゴーニの前にいい香りの湯気を立てるカップが置かれたが、手を点けずに係が下がるのを待って話を続ける。
三人は余計な口を挟まず、ネモラリス人有志の武闘派ゲリラと袂を分かったおっさんの話に耳を傾けた。
「俺と呪医がどんなに言ったところで、戦いを止めらんねぇ。何人死のうが、婆さんが次々、死にてぇ奴を連れて来るんだ」
「シルヴァさんを止めに行ったのか?」
「いや、あの婆さんも、俺じゃ止めらんねぇし、婆さん一人を止めたところで、情報は止めらんねぇ」
葬儀屋アゴーニは、ソルニャーク隊長の問いに首を振った。
メドヴェージと少年兵モーフが同時に首を傾げる。
「情報……?」
「婆さんは、あちこちで外国の新聞を配り歩いてんだよ」
「それで何で、あいつらの仲間が増え……」
メドヴェージの質問は、係が運んできた定食に中断された。葬儀屋アゴーニに促され、三人は食べながら聞く。
「まず、アミトスチグマの難民キャンプ。あっちにゃ、アーテルの聖光新聞とネモラリスの緑陰新聞を届けてる」
「何でその二紙なんだ?」
メドヴェージがポテトサラダを頬張って聞くと、アゴーニは自信なさそうに答えた。
「さあなぁ? どっちもそれぞれの国の急進派で、徹底抗戦の論調でカッ飛ばしてるからじゃねぇのか?」
「……その程度で、煽動できるものなのか?」
「キャンプの難民は、何もかんも捨てて逃げて祖国の情報に飢えてるし、アーテルの連中が何考えて戦争吹っ掛けたのか知りたがってる」
ハムを飲み下した隊長の質問に湖の民の葬儀屋はきっぱり答えた。
……字ぃ読める奴は、新聞欲しがるモンなのか。
そこまでは、少年兵モーフにも理解できたが、新聞を読んだ難民が、武闘派ゲリラになって戦いに身を投じる理由はわからない。
オムレツの具と一緒に葬儀屋アゴーニの言葉を噛みしめる。そもそも、戦う力がないから、外国へ逃れて難民化したのではなかったのか。
「あそこで呪医たちと一緒に聖光新聞の記事を整理してたんだが、アーテルはどっから情報を仕入れたんだか、最初から魔哮砲を兵器化した魔法生物だっつって、そんなモノを使う悪しき魔法使いは皆殺しだ! みてぇな勢いなんだよ」
「それで、あんな無差別爆撃したってのか?」
メドヴェージの手が止まる。
モーフたち、リストヴァー自治区の星の道義勇軍は、同じキルクルス教徒の星の標の支援を受けて蜂起した。アーテルとラニスタにも、その動きは伝わっていた筈だ。
星の標は、アーテルとラニスタの社会に深く根を下ろしている、と星の道義勇軍の幹部が訓示していた。軍も当然、把握していただろう。
アーテル・ラニスタ連合軍の空襲と、自治区の大火でどれだけの仲間が生き残れたのか、全くわからなかった。
考えれば考える程、フラクシヌス教徒と一緒くたに焼き払われたのが癪に障って仕方がない。
「アーテルの街は魔物やらにゃ無防備だ。【急降下する鷲】や何かの戦う系統の学派じゃない魔法使いでも、工夫すれば戦えるって入れ知恵してやりゃ、行く奴が出てもおかしくねぇ」
「土地勘がなければ【跳躍】できないのではないのか?」
ソルニャーク隊長の疑問に、少年兵モーフも口いっぱいに頬張ったまま同調して頷く。
「そこはそれ、婆さんが何日かしてから、次の新聞持って行った時に、見込みありそうな奴をランテルナ島へ連れてくんだよ」
あの森の別荘以外の場所にも拠点はある。
カルダフストヴォー市の老人宅だ。
拠点でしばらく過ごさせて、しっかり場所を覚えさせる。ランテルナ島と本土のイグニカーンス市は、南ヴィエートフィ大橋と路線バスで繋がっている。
アーテル軍の急襲を受ける前は、本土にも幾つか拠点があったらしい。
敵地内の【跳躍】先を覚えさせた者たちを難民キャンプに帰らせれば、今度は彼らが、自主的に有志を募ってアーテル領への道案内をする。
キャンプ内には、アーテル人を直接どうにかする度胸のない「道案内」が数えきれないくらい居るらしい。
「ネモラリスの国内にゃ、アミトスチグマとラクリマリスの湖南経済新聞だ。難民の苦しい生活を知らせてお涙頂戴。だが、政府軍は国内の魔物から国民を守るのに精いっぱいで、アーテル本土まで手が回らねぇとくりゃ……」
「同様の手口で道案内を増やして、彼らに“政府軍に代わって戦う有志”を運ばせているのか」
ソルニャーク隊長が、魚の骨を皿の隅に積みながら確認した。
「そうだ。新聞は、どんだけの人数で読もうが減らねぇし、戦争が長引きゃ、そんだけ不満も溜まる。今更、道案内の連中の記憶は消せねぇし、広まった情報も回収できねぇ」
少年兵モーフはコッペパンにかぶりついた。
呪医の姿がないが、まだ拠点に居て、武闘派ゲリラの傷を癒しているのだろうか。それとも、あんなコトがあったと知って、アゴーニより先に拠点を出て行ったのだろうか。
モーフがパンを飲み下すより先に、ソルニャーク隊長が質問してくれた。
湖の民の葬儀屋は、モーフが思っていた程、同族の呪医と仲が良いワケではなかったらしい。
「俺が拠点を出た時にゃ、まだ居たよ。呪医にゃ呪医なりの考えってもんがあるだろうからな」
オリョールたちは、昔は軍医だったと言う呪医セプテントリオーを引き留めるだろうか。
……前は、二人が居なくても戦ってたみてぇだし、それはねぇか。
力ある民の遺体を放置すれば、魔物が受肉して魔獣化する。
二人が居れば、戦力の損失を抑えたり、遺体を焼いて【魔道士の涙】を手に入れて戦力を補強できたりするが、居なければ居ないで何とでもしそうだ。
いや、無理に引き留めて仲間割れになると、その方が厄介だろう。
「ちょっと前までクレーヴェルに居たんだが、クーデターがおっぱじまって、こっちに逃げて来たんだ」
三人が食べ終わるのを見計らったように話を終え、冷めきった珈琲を一息に飲み干した。
「他のみんなはどうした? 元気してんのか?」
「場所を変えよう」
ソルニャーク隊長と葬儀屋アゴーニは、別々に伝票を掴んで席を立った。
☆アーテル本土にも幾つか拠点があった……「269.失われた拠点」参照
☆ネモラリスの国内にゃ、アミトスチグマとラクリマリスの湖南経済新聞だ……「575.二カ国の新聞」参照
☆俺が拠点を出た時にゃ、まだ居たよ。呪医にゃ呪医なりの考えってもんがある……「512.後悔と罪悪感」「513.見知らぬ老人」参照




