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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十五章 離合

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643.レーチカ市内

 おっさんが何をどう上手いコト言ったのか、少年兵モーフとソルニャーク隊長は、従業員の案内で店舗裏の倉庫へ通された。

 メドヴェージのおっさんは、荷台を開けに一人でトラックへ戻っている。

 エプロン姿の青年が手際よく堅パンと飲料水、缶詰の詰まった段ボールを台車に積み上げた。


 「じゃ、俺が水持って行きますんで、缶詰と堅パンはお願いしますね」

 青年は、倉庫の扉に物体の鍵と魔法の【鍵】を掛け、さっさと台車を押して行く。


 ソルニャーク隊長が缶詰の台車に手を掛け、視線で残り一台を示した。

 少年兵モーフは何となく申し訳ない気持ちで、一番軽い台車を押した。呪文が刻まれた敷石の上を小刻みに跳ね、固定されていない段ボールが弾む。


 ……何だこれ? 結構、難しいんじゃねぇか?


 段差に引っ掛かりはしたものの、どうにかひっくり返さずに進める。表通りで待つトラックに着く頃には、ヘンに力が入った肩はガチガチに凝っていた。

 運転手のメドヴェージは、荷台の扉を半分だけ開けて待っている。よく見ると、手前に樽や木箱、小麦粉の袋を積んで、奥の布団やソファをすっかり隠してあった。


 ……あぁ、それで先に戻ったのか。


 四人掛かりで積み込むと、あっという間に終わった。

 「ありがとうございます。また、ご贔屓に!」

 エプロン姿の青年は愛想良く笑って言い、空の台車三台を器用に操って店へ戻った。



 今度は三人で、荷崩れを防ぎ、生活空間を確保できるように中身を移動する。終わる頃にはすっかりヘトヘトで、少年兵モーフは何もする気がなくなった。


 ……なまってんなぁ。


 「坊主、何へたりこんでんだ? 折角の街だ。メシ食いに行くぞ、メシ!」

 メドヴェージに肩を叩かれ、モーフはのろのろ立ち上がった。おっさんが荷台を施錠する間、周囲を警戒する。


 レーチカ市内は元からそうだったのか、クーデターから逃げて来た者が多いのか、人と車が溢れていた。

 車道はアスファルト、歩道の敷石はラクリマリス王国の街やアーテル領ランテルナ島の街と同じで、力ある言葉で何かの呪文が刻まれている。


 道行く人は、薬師(くすし)アウェッラーナと似たような呪文入りの服を着た湖の民が多いが、陸の民もそれなりに居た。

 呪文なしの服を着た陸の民が力なき民なのか、力ある民でロークが持っていたような護符があるから服を気にしなくていいのか、パッと見ただけではわからない。


 ……俺たちは、どう見られてんだろうな?


 星の道義勇軍の腕章は、ポケットに仕舞っている。

 少年兵モーフたち三人は、季節を先取りした冬物のコートだ。

 ちょっと身体を動かしただけで汗が滲むが、ラキュス湖の風は冷たく、道行く人はモーフたちよりやや薄いコートや上着が多かった。


 メドヴェージが運転席に乗り込み、エンジンを掛ける。

 「おっさん、一人でどこ行くんだ?」

 「メシの間、路駐してたら捕まっちまわぁ。ちょっとそこの駐車場に入れてくる」

 モーフが理解するより先にトラックは行ってしまった。

 反対の車線は車が詰まってのろのろとしか進まないが、メドヴェージが行く道は空いていて、あっという間に見えなくなる。



 「モーフ、これはこの付近の地図だ」

 ソルニャーク隊長に手を引かれ、道端の看板の前に立たされた。


 ゼルノー市の図書館で書き写したのよりは詳しく、ファーキルの機械で見せてもらったのよりは、雑な地図だ。

 隊長の指が中央の赤い丸をつつく。

 「現在地はここ。メドヴェージは……恐らく、この駐車場へ向かったのだろう」

 指が道をなぞり、記号付きの広場で止まった。

 少年兵には地図の読み方がわからず、ここからどのくらい離れていて、おっさんが戻って来るのにいつまで待てばいいのか計れない。


 「この、丸で囲んであるのは『駐車場』の頭文字で、横の硬貨のマークは有料駐車場であることを示している」

 「へぇー……ん? おっさん、カネ持ってるんスか?」

 「大丈夫だ。モーフが眠っている間に、道具屋へ寄ってアメジストの一部を現金に交換してもらった」


 ソルニャーク隊長も、メドヴェージのおっさんも、クーデターの渦中にある首都クレーヴェルに行かず、レーチカに留まる選択をした。

 ピナたちを助けに行かず、モーフ一人でも行かせてくれない。

 そんな二人へのささやかな抵抗として、寝たフリで返事をしないでいたら、いつの間にか本当に眠ってしまった。


 「宝石のままでは、交換に応じてくれない店が多く、何かと不便だからな」

 「何でっスか?」

 「真贋の目利きができなければ、困るだろう」

 「あっ……えっ? あの石、ニセモノなんかあるんスか?」

 「高値で取引できるものなら、大抵はそうだ。現金は偽造防止の細工が色々されているが、宝石ではなかなかそうはゆかん」


 ソルニャーク隊長に苦笑され、少年兵モーフは思わず隊長のウェストポーチを見た。

 「じゃあ、ひょっとしたら、もらった中にも……」

 「その心配はない」

 「何でっスか?」

 断言され、少年兵モーフは面食らった。


 「まず、魔力を籠められる種類の宝石なら、力ある民が触れた瞬間に見破られる」

 「でも、俺らがもらったのって……」

 「あの口ぶり、運び屋はスクートゥム王国の御用商人と取引したのだろう」

 「ゴヨーショーニンって何っスか?」


 隊長はイヤな顔ひとつせず、小学校にもあまり通えなかったモーフに、わかりやすく説明してくれた。

 つまり、王様相手に直接商売できる大物の商人のことらしい。


 「あの運び屋は商売柄、顔が広い上に元聖職者だ。そんな者に贋物を掴ませたら、後が怖い」

 「あぁ……『コイツ、スゲーキノコのお代にニセモノの宝石掴ませやがったんスよー』って言いふらされたら色々終わりそうっスね」

 「そう言うことだ」


 バタバタ足音が近づいてくる。

 メドヴェージだ。

 少年兵モーフは、思わず緩みかけた表情を引き締め、運転手のおっさんを睨んだ。

 「おせーよ」

 「あぁ、すまんすまん。ハラ減ってんだな。行こう」

 テキトーにあやされて(シャク)(さわ)ったが、モーフは言い返さず、大股で歩き出す。二人も何も言わず、モーフと同じ方へ足を進めた。



 昼時を過ぎ、ランチ営業の看板を下ろした店が多い。

 大通りを十分ばかり歩き、横道を覗いた隊長が急に足を止めた。

 「そこにしよう」


 小さな黒板が、細い路地の奥から大通りへ向けられ、昼のメニューと値段が書いてあるらしいのが見える。モーフには「オムレツ」と値段の数字しか読めなかったが、ソルニャーク隊長が行くのでついて行った。


 ……ファーキルの奴、今頃はもう身内んとこ着いてるかな?


 ランテルナ島の地下街チェルノクニージニクの定食屋のオムレツを思い出し、ついでにラクリマリス人の少年を思い出した。

 確か、ネーニア島の南東の隅っこ、グロム市に実家があると言っていたような気がする。家はあっても、両親はネモラリス領のガルデーニヤ市で空襲に巻き込まれ、待つ人は居ない。


 ……親戚がイイ奴だったらいいけどよ。


 あのキノコを取り上げて私腹を肥やすような奴だったら。そうでなくても、欲が絡めば人は変わる。親戚が豹変したら、と暗い方向へ行こうとする想像を頭を振って追い払う。


 「何だ、坊主。ここ、イヤなのか?」

 「もう時間が遅い。次は夕飯までないかもしれんのだ。諦めろ」

 「い、いや、違うんっス。食うっスよ」

 勘違いした二人に顔を(しか)められ、少年兵モーフは慌てて店の扉を開けた。


 「おぉっと……!」

 丁度、出てくるところだった客が勢い余ってつんのめる。緑色の髪が揺れ、出て来た男が顔を上げた。


 互いに声もなく、相手の顔を穴があくほどまじまじと見る。


 咳払いの音で、店を出た男が振り向いた。彼の後から出ようとする客が、戸口を塞ぐ四人にイヤな顔をしてみせる。


 「と……取敢えず、入ろう」

 先に声を掛けたのは、湖の民の葬儀屋アゴーニだった。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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