643.レーチカ市内
おっさんが何をどう上手いコト言ったのか、少年兵モーフとソルニャーク隊長は、従業員の案内で店舗裏の倉庫へ通された。
メドヴェージのおっさんは、荷台を開けに一人でトラックへ戻っている。
エプロン姿の青年が手際よく堅パンと飲料水、缶詰の詰まった段ボールを台車に積み上げた。
「じゃ、俺が水持って行きますんで、缶詰と堅パンはお願いしますね」
青年は、倉庫の扉に物体の鍵と魔法の【鍵】を掛け、さっさと台車を押して行く。
ソルニャーク隊長が缶詰の台車に手を掛け、視線で残り一台を示した。
少年兵モーフは何となく申し訳ない気持ちで、一番軽い台車を押した。呪文が刻まれた敷石の上を小刻みに跳ね、固定されていない段ボールが弾む。
……何だこれ? 結構、難しいんじゃねぇか?
段差に引っ掛かりはしたものの、どうにかひっくり返さずに進める。表通りで待つトラックに着く頃には、ヘンに力が入った肩はガチガチに凝っていた。
運転手のメドヴェージは、荷台の扉を半分だけ開けて待っている。よく見ると、手前に樽や木箱、小麦粉の袋を積んで、奥の布団やソファをすっかり隠してあった。
……あぁ、それで先に戻ったのか。
四人掛かりで積み込むと、あっという間に終わった。
「ありがとうございます。また、ご贔屓に!」
エプロン姿の青年は愛想良く笑って言い、空の台車三台を器用に操って店へ戻った。
今度は三人で、荷崩れを防ぎ、生活空間を確保できるように中身を移動する。終わる頃にはすっかりヘトヘトで、少年兵モーフは何もする気がなくなった。
……なまってんなぁ。
「坊主、何へたりこんでんだ? 折角の街だ。メシ食いに行くぞ、メシ!」
メドヴェージに肩を叩かれ、モーフはのろのろ立ち上がった。おっさんが荷台を施錠する間、周囲を警戒する。
レーチカ市内は元からそうだったのか、クーデターから逃げて来た者が多いのか、人と車が溢れていた。
車道はアスファルト、歩道の敷石はラクリマリス王国の街やアーテル領ランテルナ島の街と同じで、力ある言葉で何かの呪文が刻まれている。
道行く人は、薬師アウェッラーナと似たような呪文入りの服を着た湖の民が多いが、陸の民もそれなりに居た。
呪文なしの服を着た陸の民が力なき民なのか、力ある民でロークが持っていたような護符があるから服を気にしなくていいのか、パッと見ただけではわからない。
……俺たちは、どう見られてんだろうな?
星の道義勇軍の腕章は、ポケットに仕舞っている。
少年兵モーフたち三人は、季節を先取りした冬物のコートだ。
ちょっと身体を動かしただけで汗が滲むが、ラキュス湖の風は冷たく、道行く人はモーフたちよりやや薄いコートや上着が多かった。
メドヴェージが運転席に乗り込み、エンジンを掛ける。
「おっさん、一人でどこ行くんだ?」
「メシの間、路駐してたら捕まっちまわぁ。ちょっとそこの駐車場に入れてくる」
モーフが理解するより先にトラックは行ってしまった。
反対の車線は車が詰まってのろのろとしか進まないが、メドヴェージが行く道は空いていて、あっという間に見えなくなる。
「モーフ、これはこの付近の地図だ」
ソルニャーク隊長に手を引かれ、道端の看板の前に立たされた。
ゼルノー市の図書館で書き写したのよりは詳しく、ファーキルの機械で見せてもらったのよりは、雑な地図だ。
隊長の指が中央の赤い丸をつつく。
「現在地はここ。メドヴェージは……恐らく、この駐車場へ向かったのだろう」
指が道をなぞり、記号付きの広場で止まった。
少年兵には地図の読み方がわからず、ここからどのくらい離れていて、おっさんが戻って来るのにいつまで待てばいいのか計れない。
「この、丸で囲んであるのは『駐車場』の頭文字で、横の硬貨のマークは有料駐車場であることを示している」
「へぇー……ん? おっさん、カネ持ってるんスか?」
「大丈夫だ。モーフが眠っている間に、道具屋へ寄ってアメジストの一部を現金に交換してもらった」
ソルニャーク隊長も、メドヴェージのおっさんも、クーデターの渦中にある首都クレーヴェルに行かず、レーチカに留まる選択をした。
ピナたちを助けに行かず、モーフ一人でも行かせてくれない。
そんな二人へのささやかな抵抗として、寝たフリで返事をしないでいたら、いつの間にか本当に眠ってしまった。
「宝石のままでは、交換に応じてくれない店が多く、何かと不便だからな」
「何でっスか?」
「真贋の目利きができなければ、困るだろう」
「あっ……えっ? あの石、ニセモノなんかあるんスか?」
「高値で取引できるものなら、大抵はそうだ。現金は偽造防止の細工が色々されているが、宝石ではなかなかそうはゆかん」
ソルニャーク隊長に苦笑され、少年兵モーフは思わず隊長のウェストポーチを見た。
「じゃあ、ひょっとしたら、もらった中にも……」
「その心配はない」
「何でっスか?」
断言され、少年兵モーフは面食らった。
「まず、魔力を籠められる種類の宝石なら、力ある民が触れた瞬間に見破られる」
「でも、俺らがもらったのって……」
「あの口ぶり、運び屋はスクートゥム王国の御用商人と取引したのだろう」
「ゴヨーショーニンって何っスか?」
隊長はイヤな顔ひとつせず、小学校にもあまり通えなかったモーフに、わかりやすく説明してくれた。
つまり、王様相手に直接商売できる大物の商人のことらしい。
「あの運び屋は商売柄、顔が広い上に元聖職者だ。そんな者に贋物を掴ませたら、後が怖い」
「あぁ……『コイツ、スゲーキノコのお代にニセモノの宝石掴ませやがったんスよー』って言いふらされたら色々終わりそうっスね」
「そう言うことだ」
バタバタ足音が近づいてくる。
メドヴェージだ。
少年兵モーフは、思わず緩みかけた表情を引き締め、運転手のおっさんを睨んだ。
「おせーよ」
「あぁ、すまんすまん。ハラ減ってんだな。行こう」
テキトーにあやされて癪に障ったが、モーフは言い返さず、大股で歩き出す。二人も何も言わず、モーフと同じ方へ足を進めた。
昼時を過ぎ、ランチ営業の看板を下ろした店が多い。
大通りを十分ばかり歩き、横道を覗いた隊長が急に足を止めた。
「そこにしよう」
小さな黒板が、細い路地の奥から大通りへ向けられ、昼のメニューと値段が書いてあるらしいのが見える。モーフには「オムレツ」と値段の数字しか読めなかったが、ソルニャーク隊長が行くのでついて行った。
……ファーキルの奴、今頃はもう身内んとこ着いてるかな?
ランテルナ島の地下街チェルノクニージニクの定食屋のオムレツを思い出し、ついでにラクリマリス人の少年を思い出した。
確か、ネーニア島の南東の隅っこ、グロム市に実家があると言っていたような気がする。家はあっても、両親はネモラリス領のガルデーニヤ市で空襲に巻き込まれ、待つ人は居ない。
……親戚がイイ奴だったらいいけどよ。
あのキノコを取り上げて私腹を肥やすような奴だったら。そうでなくても、欲が絡めば人は変わる。親戚が豹変したら、と暗い方向へ行こうとする想像を頭を振って追い払う。
「何だ、坊主。ここ、イヤなのか?」
「もう時間が遅い。次は夕飯までないかもしれんのだ。諦めろ」
「い、いや、違うんっス。食うっスよ」
勘違いした二人に顔を顰められ、少年兵モーフは慌てて店の扉を開けた。
「おぉっと……!」
丁度、出てくるところだった客が勢い余ってつんのめる。緑色の髪が揺れ、出て来た男が顔を上げた。
互いに声もなく、相手の顔を穴があくほどまじまじと見る。
咳払いの音で、店を出た男が振り向いた。彼の後から出ようとする客が、戸口を塞ぐ四人にイヤな顔をしてみせる。
「と……取敢えず、入ろう」
先に声を掛けたのは、湖の民の葬儀屋アゴーニだった。




