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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十五章 離合

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639.一時のお別れ

 クルィーロはスプーンを置いて、いつもよりゆっくり【操水】を唱えた。

 「優しき水よ、我が声に我が意に依り、起ち上がれ。漂う力、流す者、分かつ者、清めの力、炎の敵よ……」

 力ある言葉に応え、冷めきったスープが皿から起ち上がった。父の目が大きく見開かれるのを視界の端で捉えながら、結びの言葉を唱える。

 「……起ち上がり、我が意に依りて、水よ(ぬく)もれ人肌より熱く、煮え立つ手前まで」

 温度をいじって解放すると、スープ皿に戻った中身がほかほかと湯気を立てた。父の丸くなった目に頷いてみせ、アマナの分も温め直す。


 「なっ。まぐれじゃないだろ?」

 「あ、あぁ……だがな、クルィーロ……」

 「父さんこそ、暗くなる前に会社の車、返しに行かなくていいのか?」

 「いや、だがな……」

 「ティスちゃんも一緒に連れてって」

 アマナが父を遮り、パン屋の三兄姉妹に首を巡らせた。父が息を呑んでアマナの視線を辿る。レノたちも意外だったようで、何とも言えない顔で父を見詰め返した。


 「父さん、会社の車ってどんなの?」

 「ん? あぁ、営業車……普通の乗用車で五人乗りだ」

 「レノたちも一緒なら、荷物もあるし、一遍(いっぺん)には乗れないだろ」


 父とアマナ、レノとピナティフィダとエランティスで丁度、五人だ。荷物はトランクに積みきれないだろうから、どう詰めても六人は乗れない。


 「おじさん、厚かましいんですけど、この御恩は必ず返します。ピナとティスをお願いします」

 「レノ君はどうする気だ?」

 改まって頭を提げたレノに父が驚く。


 「俺も通帳と資格証明書がまだなんで、クルィーロと一緒に残ります」

 「私も通帳がまだなんで……」

 ピナティフィダが小さく手を挙げて言うと、エランティスの目から涙がこぼれ落ちた。兄姉(きょうだい)を呼ぶ声が言葉にならない。

 見かねた薬師(くすし)アウェラーナが、コートのポケットから紙片を出してテーブルに広げた。


 銀行の預かり証だ。


 くるりと裏返して説明する。

 「裏が委任状になっているので、レノ店長が代わりに受け取れますよ」

 ニュースのメモ用に置いていたペンをピナティフィダに差し出す。レノとクルィーロの父が同時に頷くと、ピナティフィダはペンを手に取った。


 「おじさん、ありがとうございます。でも、お兄ちゃんは……」

 「俺はもう大人だし、大丈夫だって」

 レノが手を伸ばして、エランティスの涙をハンカチでごしごし拭う。


 父は溜め息と一緒に諦めを吐き出し、声を絞り出した。

 「わかった。証明書が揃ったらすぐ電話してくれ。何が何でも迎えに来るから」

 書き終えたピナティフィダからペンを借り、メモ用紙に会社と社宅の連絡先を走り書きする。

 クルィーロは社名と部署名、電話番号を頭に叩き込み、メモをツナギの胸ポケットに入れてしっかりボタンを留めた。



 「あの、ちょっといいですか……?」

 話が終わったと見た帰還難民の一人が、父にどのルートを通って来たのか質問した。

 クルィーロとアマナは大急ぎでスープを食べる。


 父が自分が見た範囲で首都の状況を語ると、帰還難民たちはその一言一言に一喜一憂する。

 「東のリャビーナ市に会社の保養所があるんだが、そっちはもう、戦闘区域から逃れた社員の家族でいっぱいなんだそうです」

 「戦闘が始まってから、無事に逃げられた人が居るんですか?」

 「えぇ。政府軍もネミュス解放軍も、初日は周辺住民を最初に逃がしてくれたそうなんです」


 あの夜、ラジオから漏れ聞こえた断片的な音声だけでも、放送局で血が流れたことが窺えた。

 父の言う「初日」は、国会議事堂や放送局などが占領された夜が明けた「最初の本格的な交戦日」を指しているのだろう。


 「でも、さっき、ラジオで……」

 帰還難民の声が沈み、父も顔を曇らせた。

 「私も先程、カーラジオの国営放送で……」

 「そっちは何て言ってました?」

 「こっちはFMクレーヴェルだったんですけど……」

 「政府軍の【光の槍】で巻き添えになった人が多数、死傷した、と……」

 場の空気が一気に張り詰めた。


 「さっき、FMクレーヴェルじゃ、ネミュス解放軍の仕業だって言ってたぞ?」

 「どっちがホントなんだ?」

 困惑と動揺が(さざなみ)となって広がり、帰還難民センターの食堂を満たす。

 クルィーロは喉が詰まりそうになりながら、ぬるくなったスープを食べ終えた。



 みんなで部屋へ戻り、荷物を整理する。

 「こんな狭い所に七人も……」

 「あ、父さん、違うんだ。センターの人はちゃんと人数分の部屋があるって言ってくれたんだけど、俺たちが、離れ離れは心細いからって、ムリ言って一緒にしてもらったんだ」

 顔を(しか)めた父にクルィーロが笑ってみせると、みんなも頷いた。


 父は部屋とみんなを改めて見回して礼を言う。

 「今までウチの子たちを支えて下さってありがとうございます。どうやってご恩を返せばいいのか……」

 「あぁ、いえ、お構いなく。私たちもクルィーロさんとアマナちゃんにたくさん助けていただきましたから、お互い様です」

 「そうですよ。クルィーロさんが居なきゃ、何回死んでたかわかんないし、アマナちゃんたちの歌のお陰で旅費がいっぱい稼げたし……」

 父がクルィーロとアマナを振り返って見せたのは、驚きと誇らしさが入り混じる微妙な笑顔だった。


 「話すとむちゃくちゃ長くなるから、また後で。荷造り急がなきゃ、日が暮れるよ」

 手早く荷造りしつつ、クルィーロは【魔除け】のリボンとロークにもらったばかりの作用力を補う【魔力の水晶】を取り出した。女の子たちの手首にリボンを巻き【魔力の水晶】を握らせる。リボンから淡い真珠色の光が広がった。


 「それは……?」

 「魔法の道具屋さんでバイトしてもらったんだ。【魔除け】のリボン。念の為だよ、念の為」

 クルィーロは半ば自分に言い聞かせながら、アマナの荷物を手に廊下へ出た。薬師(くすし)アウェッラーナが【鍵】を掛け、みんなを外へ促す。



 父は社名入りの乗用車のトランクを開け、四人の荷物を押し込んだが、案の定、予備のタイヤなどが邪魔で全部は入らなかった。仕方なく、後部座席にも積んだ。

 助手席のアマナにシートベルトを着けさせ、父が運転席へ回る。


 「大丈夫、大丈夫。後で絶対、クルィーロと一緒にそっち行くから」

 レノが後部座席の妹たちに笑ってみせたが、二人は今にも泣き出しそうな顔で指先が白くなる程、【魔力の水晶】を握りしめていた。


 「じゃ、全部揃ったら電話するから」

 「わかった。すぐ迎えに来る。無理するんじゃないぞ」

 それ以上言うと泣いてしまいそうな気がして、クルィーロはただ頷いて手を振った。

 エンジンが始動し、車体が揺れる。

 互いに手を振り合い、社用車は帰還難民センターの敷地を出て行った。



 その後ろ姿が見えなくなるまで手を振って、クルィーロは改めてセンター周辺の街並を見回す。

 どこも壊れていない。

 午後の街に人通りこそないが、車はそこそこ走っていた。信号もちゃんと作動している。この住宅街は、ラジオのニュースがなければ、平和そのものに見えた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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