637.俺の最終目標
「俺がここに居るって、どうやって知ったんだ?」
「今までみつけてやれなくてすまなかった。銀行から連絡が来て、やっと迎えに来られたんだ」
父はその質問で何か勘違いしたらしく、眉を下げて口許を綻ばせた。
……クソ銀行員が! 守秘義務違反じゃないのかッ?
内心、毒吐いたが、表情を殺して父を観察する。
「さぁ、行こう。お祖父ちゃんとお母さんも首を長くして待ってる」
「銀行の連絡が行ったんなら、ここで受け取り待ちなのも……」
「レーチカ支店に変えてもらったから心配ない。さぁ、早く行こう」
差し出された父の手に触れず、ロークはみんなに視線を巡らせた。レノ店長と工員クルィーロ、薬師アウェッラーナが素早く視線を交わす。
「明日にしてくれないかな?」
「何を言うんだ?」
「みんなにちゃんとお礼言いたいし、荷物の整理をしたいし、バイト代の分配もまだだし……」
父が驚いた顔で旅の仲間を見回した。
湖の民の薬師が口を開く。
「ここに辿り着くまで、移動販売や魔法薬作りをして、みんなで協力して働いて生活費や交通費を工面してきました」
「そんなことが……」
父が驚いた顔で見回すと、小学生たちも一緒に旅の仲間みんなが頷いてくれた。
「半年以上一緒に過ごして、お鍋とか共有財産みたいなのもできて、交通費のお釣りや共有財産をどうするか、まだ決まってないんです」
湖の民の薬師は、家族との再会を露骨に嫌がるロークの事情を慮ってくれた。
共有財産は、トラックごと星の道義勇軍の三人に譲ったが、ロークは薬師のやさしい嘘に感謝を籠めて頷いた。
「息子が大変お世話になりまして、ありがとうございました。お釣りなどは、みなさんでどうぞ」
父の手が伸びる。
ロークがクルィーロの背後に逃げ込むと、アマナとエランティスが手を繋いで通路を塞いでくれた。
「ん? ロークとお別れするのが淋しいのかい? もし、行くアテがないなら、後でレーチカにおいで」
父のやさしい声音に小学生の女の子たちが顔を見合わせる。
「道が安全で、政府軍が押してるんなら、明日でも大丈夫だろ?」
「お祖父ちゃんとお母さんを待たせるのか? ベリョーザちゃんたちも、お前が無事だと言う報せにそりゃあもう喜んで、会えるのを今か今かと待ってるんだぞ?」
「俺にも都合ってものがあるんだよ。本当に道が大丈夫なんだったら、明日でもいいだろ?」
ロークの問いに野次馬が固唾を呑んで父の反応を待つ。
道路状況と市街戦の戦況は、喉から手が出る程、欲しい情報だった。
レーチカ市からここまで車で来られたこと自体が、安全なルートが存在する証明で、人々の関心は、それがいつまで使えるのかに集まっていた。
「やれやれ、言い出したらきかないのは相変わらずか。……わかった。明日の朝一番で迎えに来るから、今夜中に荷物をまとめておくんだぞ」
父は大仰に肩を竦めてみせた。
パニックになった人々が殺到し、道が混むのを避けたいのだろう。
父は旅の仲間に改めて礼を言い、居合わせた人々に騒がせた詫びをして職員と一緒に食堂を出て行った。
父の姿が見えなくなった途端、場の空気が緩んだ。
ロークは「お騒がせしました」と周囲に頭を下げ、年配の夫婦にラジオの番を頼んでみんなを促す。
「話して置きたいことがあるんで、ちょっと部屋へ……」
「うん。それはいいけど、よかったのか? 一緒に行かなくて」
レノ店長に心配されたが、ロークは答えずに食堂を出た。
役所や銀行の臨時窓口へ続く廊下は人がぎっしり詰まっているが、居住区画の廊下には人影がない。扉を閉めるととても静かになった。周囲の部屋は出払っているらしい。
元移動販売店の七人だけになり、念の為に薬師アウェッラーナが【鍵】を掛けてくれた。
ロークはカーテンの隙間から外を窺う。
窓の周囲に人が居ないのを確認して、二段ベッドの上から自分の荷物を下ろした。
「えーっと、まず、キノコ代。分け直しますね」
ロークはリュックサックとウェストポーチから宝石が詰まった袋と【魔力の水晶】の小さな袋を取り出した。
「分け直すったって、ロークくんちも焼けちゃって、おカネ要るだろ?」
「大丈夫です。まず、これ」
ロークは【魔力の水晶】の小袋を差し出す。レノ店長は反射的に受け取ったが、慌てて首を横に振った。【魔力の水晶】は、針子のアミエーラが作ってくれた小袋みっつ分ある。もうひとつを薬師アウェッラーナ、残りひとつを工員クルィーロに手渡した。
「ロークさん、ホントに大丈夫なんですか?」
薬師アウェッラーナが目を丸くする。クルィーロは妹のアマナと一緒に困った顔でロークを見ていた。
「大丈夫です。話せば長くなるんで……座って下さい」
六人は二段ベッドの下段に腰を下ろし、ローク一人が窓を背に立つ。
パン屋の兄姉妹側も、クルィーロ兄妹とアウェッラーナ側もロークの場所を空けてくれているが、立ったまま話し始めた。
「まず、みんなを今までずっと騙していました。すみません」
「騙すって、何を?」
レノ店長がみんなの疑問を代表する。
ロークは申し訳なさに下がった頭を上げ、きっぱりと答えた。
「俺の家族、みんな、隠れキルクルス教徒なんです」
「隠れキルクルス教徒?」
みんなの声がひとつになって返ってきた。驚きと困惑に理解が追い付かないのか、六人の声には嫌悪感や憎悪は微塵もない。
「自治区の外でこそこそ隠れ暮らしてるキルクルス教徒です。普段はフラクシヌス教徒のフリをしてますけど、日曜になるとウチに集まってキルクルス教の礼拝をしてました」
小学生二人が首を傾げ、他のみんなはロークの言葉を頭の中で反芻しているのか、何も言わない。
ややあって、中学生のピナティフィダが遠慮がちに聞いた。
「ロークさんのお父さん、キルクルス教の神官なんですか?」
「正式な司祭じゃないけど、祖父が礼拝を取り仕切ってました。俺は、そう言うのがイヤで家を出ました」
テロのどさくさに紛れて家出したのか……とみんなの視線がロークのリュックサックに向いた。やたらに用意がよかったことで、納得してもらえたらしいと判断し、話を続ける。
「みつかっちゃったし、ここに居たらみんなに迷惑掛かっちゃうから、行きます。【魔力の水晶】は持ってるのバレたら割られるんで、どうぞ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。ローク君はホントにそれでいいのか? キルクルス教徒の家族と暮らすコトになるんだろ?」
「ロークさん、あの時、王都の神殿であんなに真剣にお祈りしてましたよね? ……ホントは、女神様がいいんですよね?」
魔法使いの二人が、ほぼ同時に言った。
力なき民の四人は、ロークを心配そうに見る。
「色々大変だったけど、みんなと一緒に居る時の方が『生きてる』気がして、楽しかったです。でも、俺……」
言えば、みんなを心配させてしまう。ロークは心配されない言葉を探した。
……嘘にはならないけど、みんなを心配させない言い方……俺の最終目標……
「さっき、知り合いの国会議員の世話になってて、レーチカに臨時政府が起ち上がってるって言ってたの、憶えてますか?」
みんなが父の言葉を思い出して頷く。
「早く戦争を終わらせるように、働きかけようと思ってるんです」
「えっ? どうやって?」
レノ店長が素で驚く。
「ファーキル君がインターネットで見せてくれた外国の情報を伝えて……多分、その議員も隠れキルクルス教徒だと思うんで、アーテルに話をつけやすいんじゃないかなって……」
みんなの顔は晴れない。
ロークも、見通しが甘過ぎるのは充分、承知していた。
最終的な目的は「平和」だが、ロークの本当の手段は、獅子身中の虫の疑いが強い国会議員に和平交渉を促すことではない。
……でも、そんなの言えるワケない。
「平和になって、学校卒業して、就職して……家族と縁を切るのは独立のついででもできますから」
張り詰めていた空気がふと緩む。
「キルクルス教徒の人にも、隊長さんたちみたいな人、居るし……」
「ローク兄ちゃんが大丈夫だったら……ね?」
アマナとエランティスが誰にともなく言って頷き合う。
クルィーロとレノ店長が妹を見て、ロークを見て、戸惑いがちに首を縦に振った。薬師アウェッラーナとピナティフィダは何か言いたそうにしているが、適切な言葉を探して宙を見つめるばかりで何も言えないでいる。
「俺は大丈夫なんで、みんなは自分の心配をして下さい」
ロークは決意が揺らがないよう、そこで話を打ち切った。
☆ロークくんちも焼けちゃって……「096.実家の地下室」参照
☆王都の神殿であんなに真剣にお祈り……「543.縁を願う祈り」参照




