636.予期せぬ再会
翌朝、一日遅れで食糧が配達された。
届いたのは小麦粉と乾物や缶詰の他、カボチャやタマネギなどの日持ちする野菜だ。
食品会社の倉庫から帰還難民センターまで、トラックが安全に通れる道があるとわかり、人々に安堵が広がった。
それでも、バスが運行していない為、力なき民の職員は出勤できない。数人の帰還難民が、定食屋でパートしたことがあるから、と食堂の手伝いを申し出た。
「明日の午後から、レーチカ市へ行く臨時バスが出ます。手続きがお済みの方から順に整理券をお渡ししますので、身分証を持って午後二時に食堂へお集まり下さい」
朝食中に入ってきた職員の声に、人々の不安と安堵の声が入り乱れ、食堂が騒然となった。
元移動販売の七人は、手続きが終わって再発行待ちだ。
「お兄ちゃん、ここも危ないの?」
「この間、魔法の道具で調べてもらった時、大丈夫だって言ってたから、道が通れる内にどっか行こうってコトじゃないのか?」
レノ店長がエランティスの肩を抱いて、安心させようと楽観的な材料を捏ねて言う。明るい声でテーブルの空気が少し軽くなった。
「ゼルノー市のロークさん、ゼルノー市のローク・ディアファネスさん。いらっしゃいますか?」
食堂の入口で、別の職員が声を張り上げた。
「何だろう?」
「食器は俺が片付けとくよ」
「あ、ありがとうございます」
クルィーロに促され、ロークは職員の所へ急いだ。
身分証の提示を求められ、ウェストポーチから市民カードを引っ張り出す。職員は頷くと、ロークを廊下の隅に連れ出した。
「ご家族を名乗る方が、お車でお越しです。お顔の確認をお願いします」
背中を押され、窓の前に立たされた。
帰還難民センターの前に灰色のワゴン車が停まっている。その傍らに一人の男性が正面玄関を向いて立っていた。
腕組みして貧乏ゆすりしているのは、確かにロークの父だ。運転席に居るのは祖父ではなく、知らない男性だった。無関係な車なのかもしれない。
「いえ、知らない人です」
「あなたはゼルノー市セリェブロー区のローク・ディアファネスさんですよね? あそこに立っているのは、コーレニさん、あなたのお父さんだと名乗っていますが……」
「父の名を騙る人身売買業者か何かじゃないんですか?」
職員が眉を顰めて窓の外を窺う。
ロークが踵を返し、食堂へ戻ろうとした瞬間、父と目が合った。父の顔に笑みが広がり、駆け寄って来る。ロークは思わず職員の手を振り解いて、食堂へ駆け戻った。
「クルィーロさん、マント貸して下さい!」
「えっ? ローク君、何があったんだ?」
目を丸くしながらも、クルィーロは魔法のマントを外してくれた。
「荷物のフリするんで、よろしくお願いします!」
「えぇっ?」
「どう言うコト?」
マントを被り、クルィーロの足下で小さくなる。みんながテーブルの下を気にするが、荷物が返事などできるワケがなかった。
「しーっ! ロークさんは居ないってコト」
「内緒ー!」
アマナが声を掛けると、エランティスがかくれんぼ気分の軽い調子で応じ、みんなの気配がもぞもぞ座り直すのがわかった。
「ローク! どこだ、ローク!」
「ロークさん、ローク・ディアファネスさん!」
父と職員の声が食堂に入ってきた。
テーブルの上で食器を重ねる音がする。
……あ、そっか。七人分あったら怪しまれるから……?
重ねて誤魔化そうとしてくれる機転に気付き、ロークは心の中で何度も礼を言った。
食堂のざわめきが小さくなり、大声でロークを呼ぶ二人に人々の意識が向けられる。
「ローク! 隠れてないで出てくるんだ!」
「ちょっと、俺の荷物に何するんですか!」
「あなたの荷物とやらは靴を履いているのですか?」
クルィーロの抵抗虚しく、魔法のマントが引っ張られた。
……これ以上、迷惑掛けられないよな。
ロークは仕方なくテーブルから這い出した。
「このマントはホントにこの人のだから、返して下さい」
父の手からひったくってクルィーロに返す。
「巻きこんじゃってすみません」
「あ、いや、それはいいんだけど、この人って、ローク君のお父さん……なんだよな?」
クルィーロの眼が、ロークと父を往復する。ロークが歳を重ねればこうなるだろう、と誰もが思うくらいそっくりだ。ロークは自分の顔が嫌いだった。
「みなさん、息子がお騒がせ致しまして恐れ入ります」
「あ、いえ、全然……」
「えっと、お構いなく」
レノ店長と薬師アウェッラーナが呆然と返事をした。
「お祖父ちゃんとお母さん、それにベリョーザちゃんの一家もみんな無事だ。今はレーチカの知り合いの家に居る」
「ローク兄ちゃん、みんな元気でよかったね」
エランティスが少し考えて、嬉しそうな顔を向ける。小学生の女の子の困惑混じりの笑顔から目を逸らし、父の手を振り解いた。
「離れ離れの間、ずっと心配してたんだぞ」
ロークは、抱きしめようと両腕を広げる父から一歩離れた。
「レーチカに知り合いが居るんだ?」
「あぁ。国会議員の先生だ。クーデターのせいで国会議事堂が使えなくなったから、今はレーチカ市に臨時政府が起ち上がってるんだ」
「あんた、レーチカから来たのか」
「国会議事堂が占領されたのはホントだったのか!」
「安全な道があるんだな?」
「臨時政府って、クレーヴェルはもうダメなのか?」
父は、あちこちから飛ぶ質問を指揮者のような手振りで黙らせた。
「政府軍が善戦して、道を確保してくれています。首都を奪還するのも時間の問題でしょうが、念の為、移動した方がいいかもしれませんね」
帰還難民たちが顔を見合わせ、何人かは足早に食堂を出て行った。
……待てよ。レーチカ市か……住所はわかんないけど、なんとかしてカリンドゥラさんに議員の情報を渡せたら、ラゾールニクさんたちに伝えられないかな?
それがムリでも、ネミュス解放軍など、国を変え得る力を持つ者に伝えられたなら、と考える。
彼らが、このネモラリス共和国を声明通りに変えられるかどうかは、わからない。だが、あの夜、ファーキルに渡した中途半端な情報を補完するチャンスが巡って来たことは確かだ。
目の前の男が、空襲のどさくさで分かれた一人息子との再会の喜びに浸り、レノ店長たち旅の仲間の手を取って礼を言って回る。みんなは、ロークと父の態度の差に戸惑い、ぎこちなく応じた。
☆ファーキルに渡した中途半端な情報……「569.闇の中の告白」「628.獅子身中の虫」参照




