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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三章 印歴二一九一年二月三日

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0065.逃げ場はない

 黙って()()りを見守ったピナの兄が、ひとつ溜め息を()いて言った。

 「俺はこの子の兄だ。君たちは妹の同級生だよな?」

 少年少女の群は、突然の問い掛けに戸惑いながらも、首肯(しゅこう)した。


 ピナの兄は、傍らに座る魔法使いの工員を(てのひら)で示して続けた。

 「こっちは俺の親友。自分の妹と俺の妹たちを迎えに行ってくれたんだ。落ち合う場所を決めてたから、バラバラに避難しても再会できた」


 モーフは、それでピナだけ家族が一緒なのかと納得した。

 母親の姿がないのは、待ち合せ場所に来なかったからか、さっきの爆発に巻き込まれたからか、それ以前に亡くなったからか。ピナの表情からは読み取れない。


 ピナの兄貴は少し語気を強めた。

 「君たちは、俺の親友たちに自分の意思で勝手についてきて、妹たちのついでに助けてもらった。自分のせいで、家族と離れ離れになったんだ」

 左腕の折れた少年は口を開きかけたが、言葉を発することなく下唇を噛んだ。

 他の少年少女は、兄貴の視線から逃れようとするように下や横を向いた。


 「俺の妹だけ、君らと状況が違うからって、やっかんだり、逆恨みしたりすんなよ」

 少年兵モーフには、兄貴の言葉の真偽はわからない。

 ただ、ピナには親兄妹が(そば)に居て、同級生とやらには居ない。そして、同級生がピナを快く思っていないのはわかった。


 「妹が居なきゃ、ついでに助けられることもなかったんだ。なのに、君たちはコソコソ陰口をたたいたり、こうやって()け者にして、憎しみと敵意剥き出しで、恩人の妹を睨んでる。街を焼いたテロリスト……本物の親の(かたき)が目の前に居るのに、何でその恨みをあいつらにぶつけないんだ? 俺の妹を逆恨みして、ネチネチいじめるんだ? アタマおかしいんじゃないのか?」

 「お兄ちゃん、もういい……」

 兄貴は余程(よほど)鬱憤(うっぷん)が溜まっていたのか、一気に(まく)し立てた。

 ピナは、兄貴が言葉を切るのを待って声を掛けた。

 それは兄を制止したのではなく、同級生を答えさせない為の言葉だ。

 同級生の口から、自分への逆恨みの言葉を聞きたくないのだろう。


 少年兵モーフは、ピナの一家と同級生の塊を見比べた。

 左腕の折れた少年はまだ突っ立っているが、先程までの態度はどこへやら、黙して語らない。無言でピナの一家へ憎悪の目を向ける。

 少女たちはコソコソ耳打ちし合い、ピナにチラチラ視線を向ける。

 少年たちは「恩着せがましい」と言いたげに兄妹を侮蔑(ぶべつ)の目で見た。


 ピナの一家は静かだ。

 父は意識がなく、十歳くらいの末妹は泣き疲れ、兄の腕の中で眠る。

 ピナは目を伏せ、兄だけが同級生の群を睨む。


 ……何も言わねぇってコトは、図星なのか。くっだらねぇ奴らだな。


 「人殺しの俺らには、ビビって何もできねぇけど、気ぃ弱そうな命の恩人には、集団で八つ当たりすんのか。お前ら、クズばっかだな」

 「テロリストのクセに……! お前らがあんなコトするからッ!」

 (さげす)むモーフに、突っ立ったままの少年が、(かす)れる声で叫んだ。

 「お前らが余計なコトしなきゃ、こんなコトにはならなかった!」

 「みんな仲良く、友達のまま、卒業できたんだ!」

 「そうだそうだ! 全部、お前らのせいじゃないかッ!」

 少年たちは口々に加勢するが、立ち上がる者は一人も居ない。

 少女たちは気マズそうに、目を逸らした。


 「折角、生き残ったんだ。今は争っている場合ではない。そうだろう?」

 年配の警官が、よく通る声で仲裁に入った。

 誰も何も言わない。


 ……明日の朝まで生きてられるワケねーけどな。


 少年兵モーフも、思うだけで口には出さなかった。

 仲良くしてもしなくても、今日限り。

 (いさか)えば、それだけ早く死が訪れる。



 爆弾の燃料が燃え尽きつつあるのか、火勢が衰えてきた。

 灰が舞い上がり、空へ吹き上がる。冬空を灰と黒煙が覆い、ただでさえ弱い日射しが、更に暗い。


 火勢は衰えたが、面的に燃え、自分の足で跳び越えられる幅ではない。

 逃げ場がないことだけは、変わらなかった。

 対岸の消防団は、運河の水を汲み上げ、消火活動を続ける。セリェブロー区の火を消すだけで精一杯に見えた。



 「この()に及んで責任転嫁か。自分たちの醜い行いを認め、せめて死ぬ前に詫びのひとつも言ったらどうだ?」

 老兵が厳しい目で、少年少女の群を見据(みす)える。

 反論は出ないが、ピナに対する謝罪もない。


 「あ……あの……」

 ピナが老兵に向き直った。細い声が震える。

 「気を使っていただいて、ありがとうございます。でも、誰かを責めたって、もう、仕方ありませんし、いいんです……もう……いいです」

 声が小さくなってゆき、最後は涙に震え、言葉にならなかった。

☆君たちは妹の同級生……「0030.状況を読む力」「0039.子供らの一夜」参照

☆俺の親友。自分の妹と俺の妹たちを迎えに行ってくれた……「0029.妹の救出作戦」参照

☆落ち合う場所を決めてた……「0021.パン屋の息子」参照

☆バラバラに避難しても再会できた……「0050.ふたつの家族」参照

☆君たちはコソコソ陰口……「0061.仲間内の縛鎖」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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