0065.逃げ場はない
黙って遣り取りを見守ったピナの兄が、ひとつ溜め息を吐いて言った。
「俺はこの子の兄だ。君たちは妹の同級生だよな?」
少年少女の群は、突然の問い掛けに戸惑いながらも、首肯した。
ピナの兄は、傍らに座る魔法使いの工員を掌で示して続けた。
「こっちは俺の親友。自分の妹と俺の妹たちを迎えに行ってくれたんだ。落ち合う場所を決めてたから、バラバラに避難しても再会できた」
モーフは、それでピナだけ家族が一緒なのかと納得した。
母親の姿がないのは、待ち合せ場所に来なかったからか、さっきの爆発に巻き込まれたからか、それ以前に亡くなったからか。ピナの表情からは読み取れない。
ピナの兄貴は少し語気を強めた。
「君たちは、俺の親友たちに自分の意思で勝手についてきて、妹たちのついでに助けてもらった。自分のせいで、家族と離れ離れになったんだ」
左腕の折れた少年は口を開きかけたが、言葉を発することなく下唇を噛んだ。
他の少年少女は、兄貴の視線から逃れようとするように下や横を向いた。
「俺の妹だけ、君らと状況が違うからって、やっかんだり、逆恨みしたりすんなよ」
少年兵モーフには、兄貴の言葉の真偽はわからない。
ただ、ピナには親兄妹が傍に居て、同級生とやらには居ない。そして、同級生がピナを快く思っていないのはわかった。
「妹が居なきゃ、ついでに助けられることもなかったんだ。なのに、君たちはコソコソ陰口をたたいたり、こうやって除け者にして、憎しみと敵意剥き出しで、恩人の妹を睨んでる。街を焼いたテロリスト……本物の親の仇が目の前に居るのに、何でその恨みをあいつらにぶつけないんだ? 俺の妹を逆恨みして、ネチネチいじめるんだ? アタマおかしいんじゃないのか?」
「お兄ちゃん、もういい……」
兄貴は余程、鬱憤が溜まっていたのか、一気に捲し立てた。
ピナは、兄貴が言葉を切るのを待って声を掛けた。
それは兄を制止したのではなく、同級生を答えさせない為の言葉だ。
同級生の口から、自分への逆恨みの言葉を聞きたくないのだろう。
少年兵モーフは、ピナの一家と同級生の塊を見比べた。
左腕の折れた少年はまだ突っ立っているが、先程までの態度はどこへやら、黙して語らない。無言でピナの一家へ憎悪の目を向ける。
少女たちはコソコソ耳打ちし合い、ピナにチラチラ視線を向ける。
少年たちは「恩着せがましい」と言いたげに兄妹を侮蔑の目で見た。
ピナの一家は静かだ。
父は意識がなく、十歳くらいの末妹は泣き疲れ、兄の腕の中で眠る。
ピナは目を伏せ、兄だけが同級生の群を睨む。
……何も言わねぇってコトは、図星なのか。くっだらねぇ奴らだな。
「人殺しの俺らには、ビビって何もできねぇけど、気ぃ弱そうな命の恩人には、集団で八つ当たりすんのか。お前ら、クズばっかだな」
「テロリストのクセに……! お前らがあんなコトするからッ!」
蔑むモーフに、突っ立ったままの少年が、掠れる声で叫んだ。
「お前らが余計なコトしなきゃ、こんなコトにはならなかった!」
「みんな仲良く、友達のまま、卒業できたんだ!」
「そうだそうだ! 全部、お前らのせいじゃないかッ!」
少年たちは口々に加勢するが、立ち上がる者は一人も居ない。
少女たちは気マズそうに、目を逸らした。
「折角、生き残ったんだ。今は争っている場合ではない。そうだろう?」
年配の警官が、よく通る声で仲裁に入った。
誰も何も言わない。
……明日の朝まで生きてられるワケねーけどな。
少年兵モーフも、思うだけで口には出さなかった。
仲良くしてもしなくても、今日限り。
諍えば、それだけ早く死が訪れる。
爆弾の燃料が燃え尽きつつあるのか、火勢が衰えてきた。
灰が舞い上がり、空へ吹き上がる。冬空を灰と黒煙が覆い、ただでさえ弱い日射しが、更に暗い。
火勢は衰えたが、面的に燃え、自分の足で跳び越えられる幅ではない。
逃げ場がないことだけは、変わらなかった。
対岸の消防団は、運河の水を汲み上げ、消火活動を続ける。セリェブロー区の火を消すだけで精一杯に見えた。
「この期に及んで責任転嫁か。自分たちの醜い行いを認め、せめて死ぬ前に詫びのひとつも言ったらどうだ?」
老兵が厳しい目で、少年少女の群を見据える。
反論は出ないが、ピナに対する謝罪もない。
「あ……あの……」
ピナが老兵に向き直った。細い声が震える。
「気を使っていただいて、ありがとうございます。でも、誰かを責めたって、もう、仕方ありませんし、いいんです……もう……いいです」
声が小さくなってゆき、最後は涙に震え、言葉にならなかった。
☆君たちは妹の同級生……「0030.状況を読む力」「0039.子供らの一夜」参照
☆俺の親友。自分の妹と俺の妹たちを迎えに行ってくれた……「0029.妹の救出作戦」参照
☆落ち合う場所を決めてた……「0021.パン屋の息子」参照
☆バラバラに避難しても再会できた……「0050.ふたつの家族」参照
☆君たちはコソコソ陰口……「0061.仲間内の縛鎖」参照




