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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十五章 離合

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632.ベッドは一台

 「術には様々な系統があると、お話したのを覚えていますか?」

 「はい。センセイはえーっと……【青き片翼】……ですよね?」

 サロートカが、無限の針に巻きつく片翼の蛇の徽章(きしょう)を見て答える。

 呪医は頷いて、ベッドの端に腰を下ろした。


 「街の人たちは、鳥の形の首飾りが多かったですけど、形が違うのは、それだけ魔法の種類がいっぱいあるってコトなんですよね?」

 「そうです。術の系統……学派毎に徽章が違います。この街はざっと見たところ、漁師の【(すなど)伽藍鳥(ペリカン)】、職人の【編む葦切(ヨシキリ)】、農家の【畑打(はたう)雲雀(ヒバリ)】の術者が多いようですね」

 「そうなんですか。えっと、首飾りしてない人も居ましたけど、着けとく決まりとかはないんですか?」


 呪医の斜め前に立つサロートカに、手振りで座るよう促す。針子の少女は少し迷う素振りを見せたが、一人分の隙間を空けて右に腰を下ろした。


 「決まりはあります。自分の専門ではない学派の徽章(きしょう)を着けて身分を詐称すれば、処罰されます」

 「じゃあ、首飾りがない人たちは、力なき民なんですか?」

 「いいえ……あぁ、お婆さんが言った通り、ラクリマリスにも少数ですが、力なき民は居ます」

 「えっと……?」

 「徽章のない人たちの大部分は、【霊性の鳩】学派の力ある民です」

 「レイセイのハト?」

 「家事など、日常生活で使う術です。例えば、掃除や洗濯などに使う【操水】ですね」

 サロートカは自分の袖をちらりと見て頷いた。


 「生活の基本なので、魔法使いなら常識としてある程度、修得します。それで例外的に徽章が配布されません」

 サロートカが無言で頷く。

 「この学派を専門に研究して、術を開発した人や、膨大な術の大部分を修め、多くの人を教え導くまでに究めた導師だけは【霊性の鳩】学派の徽章を授与されます」

 「そうだったんですか」


 長々とした前置きに頷いてみせるサロートカの眼には、それと呪医セプテントリオーの性別になんの関係があるのか、と言いたげな色がありありと窺えた。


 呪医セプテントリオーは、壁を見詰めて説明を続ける。

 「術には、使用者の条件が個別に定まっているものがあります」

 「魔力があっても、使えない魔法があるんですか?」


 右頬にサロートカの視線を感じながら頷く。

 「術の開発者が意図的に条件を設定したのではなく、使える者とそうでない者が、後からわかるのです」

 魔術の予備知識のないサロートカは、説明の意味を考えているのか、身じろぎひとつしなかった。



 ややあって、(かす)かな衣擦(きぬず)れの音がした。キルクルス教徒の少女が頷いたのだと察し、呪医セプテントリオーは続ける。

 「例えば、魔獣に食い千切られるなどして欠損した部位を再生させる術は、過去に身体欠損を経験していなければ、使えません。大昔は術者を増やす為、故意に指を切断していました」

 サロートカが息を呑む。

 「私が生まれた時代には、人道上の見地から廃止されていましたから、私にはその術が使えません。切れた部分が残っていれば、繋ぎ直せますけどね」


 ……四百年以上、この身体で生きてきたのに。


 説明を遠回りしてしまう己が滑稽だった。


 「私が修めた【青き片翼】や対になる【白き片翼】、術と薬を組み合わせて癒す【飛翔する(フクロウ)】など、医療系の術の多くは、性別を問わず生殖行動を行えば、術者の資格を失います」

 年頃の娘にとっては、理解したことを示すことが(はばか)られる条件だ。沈黙を理解と看做(みな)し、説明を続ける。


 「欠損部位を復元する術同様、昔は幼い内に【不老の術】を掛けて成長を止めて、治療の術を学ばせていたそうです。私が生まれるよりずっと前の時代に、人道上の見地から成長の阻害は国際条約で禁止され、現在は(おおやけ)にそれを行う国はありません」

 この家の者が、年頃の娘を外見上は中年男性のセプテントリオーと同室にしたことを、彼女はどう解釈したのかわからない。

 単に部屋数の都合だと思っただろうか。


 「非常に強力な【白鳥の乙女】と言う術で、犯罪を未然に防ぐ対策もされています」

 呪医セプテントリオーは針子のサロートカの反応を待たず、壁を見詰めたまま続ける。

 「結婚で呪医(じゅい)を廃業して、薬師(くすし)に転職する人も居ますが、世間の反発は大きく、孫の顔を見たい親は、我が子を呪医にしたがりません」

 「でも、お医者さんが居ないと困りますよね? この街の人たちもセンセイをすっごく歓迎してくれてますし……」

 少女の困惑は尤もだ。


 「今、呪医になるのは、どんな人だと思いますか?」

 「えーっと……結婚したくない人……とかですか?」

 一番当たり(さわ)りのない答えを返され、小さく首肯する。

 「そうですね。何らかの事情があって、自ら結婚しない意志を固めた人。それに、自分が家庭を持つ幸せよりも、多くの人の命を救う道を選んだ(こころざし)ある人も居ます。ですが……」


 説明の声が微かに震えていることに気付き、セプテントリオーは細く息を吐いた。

 固く閉ざされた窓の外からは物音ひとつ聞えず、家人も寝静まったのか、家の中も静かだ。戸に【鍵】を掛けてあり、誰にも邪魔されることはない。

 セプテントリオーは言葉を絞り出した。


 「生まれつき、子孫を残せない身体の者が大半です。ある程度、手が掛からなくなってから、せめて食いっぱぐれないように、と親が呪医の(もと)へ養子に出します」


 もう四百年以上も前のことだ。

 他の記憶はあやふやで、すっかり忘れてしまったことの方が多い。

 両親も、親元で育った兄弟姉妹も、もう居ない。

 それなのに、親元を離れた日の記憶だけは、やけに鮮明に残っていた。


 「私は幸い、近所だったので、時々は親元へ帰してもらえましたし、修行の合間に兄弟姉妹と遊んだりもできました」

 努めて明るい声で言ってみたが、サロートカの方を見られない。漆喰の壁は染みひとつなく、【灯】の青白い光をぼんやり反射していた。


 「今の外見は大人の男性で、髭が生えますし、声変りもしましたが、生まれてすぐわかる状態で……えぇっと……もしかすると、探せば、身体のどこかにあるのかもしれませんけど、つまり……私には子孫を残すことができません」


 人々は“呪医”を男女の枠の外に置く。

 そこには悪意も差別感情も憐憫(れんびん)も何もない。当然のこととして、人々の認識に定着していた。

 サロートカが肩で大きく息をして、ベッドが(きし)んだ。

 気配が動き、肩が触れるか触れないかの所で落ち着く。


 思わず戸口に顔を向けた呪医の右手を針子の両手が包み込んだ。


 「ごめんなさい。……何も知らなくて」

 サロートカの手に力が籠もる。

 呪医セプテントリオーは握られた手に視線を向けた。キルクルス教徒の少女は(うつむ)いて、表情は窺い知れない。サロートカが魔法使いのセプテントリオーに手を触れたのは、初めてだ。


 「自治区民のあなたが知らないのは当然です。失念して、説明を(おこた)った私の落ち度です」

 「いえ、でも……ごめんなさい」

 予備知識のないサロートカに謝られ、セプテントリオーは自分が情けなくなった。


 「私は、あなたに何もできませんから、安心して下さい。この家の人たちも、そのつもりで同じ部屋にしてくれたのでしょう。その方が、あなたが安心できると思って」

 呪医セプテントリオーは、自分の手を握るサロートカの手に左手を重ねた。



 それから、幾晩も同じベッドで眠った。

 魚屋を目にしたサロートカが、骨が刺さった件とベッドの件、どちらを思い出して溜め息を()いたのか、呪医セプテントリオーにはわからない。


 老婆たちのお喋りがどちらからともなく終わり、三人はノージ港へ向かって歩き始めた。

☆術者の資格を失います……「108.癒し手の資格」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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