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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十五章 離合

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628.獅子身中の虫

 「アーテルは、儂らリストヴァー自治区の民をダシに開戦しましたが、真の目的は魔哮砲を実戦投入させ、国際社会の目に触れさせることだったようです。大使閣下と武官殿は、どうお考えですかな?」

 「魔術のなんたるかも知らぬキルクルス教徒の分際で小癪(こしゃく)な……」

 「アーテルが“魔哮砲は兵器化した魔法生物である”と喧伝したのはその為でしたか」

 駐在武官は怒りに肩を震わせたが、大使はこの()に及んでとぼけた。


 ジュバーメン議員が小さく片手を挙げ、遠慮がちに聞く。

 「湖南経済新聞や、我が国の各紙による一連の報道は、ご存知ですよね?」

 「本国の湖南経済は政府軍が差し止めて、儂らは未明に軍用車で国会議事堂に掻き集められ、魔哮砲の使用について決断を迫られましたよ。閣下はあの時の第一報について、対応に苦慮されたのではありませんかな?」


 大使は一瞬、詰まったが、すぐに切り返した。


 「ご心配をお掛け致しまして、恐れ入ります。ラクエウス先生はアーテルが以前から魔哮砲の存在を掴んでいたとおっしゃいますが、その情報源はアーテル・ラニスタ連合軍の空襲を受けなかったリストヴァー自治区ではないのですか?」


 両者の間で、火花が散るような鋭い視線がぶつかった。

 ジュバーメン議員だけでなく、駐在武官までもが息を呑み、ラクエウス議員の反応を待つ。


 キルクルス教徒の老議員は、思わず口許に浮かんだ淋しい笑みを引っ込めて答えた。


 「残念ながら、儂が魔哮砲の存在を知ったのは、開戦後の国内放送で、正体を知ったのは未明の採決の場でした。嘘だとお思いでしたら、何か魔法の道具を使って真偽を確かめて下さっても構いません」

 「……そこまでおっしゃるのでしたら、ラクエウス先生に()かれましては、真実、おっしゃる通りなのでしょう。ですが……」

 「儂らが最近、掴んだ情報では、アーテルと通じる者は自治区の外に居るようです」


 大使を遮り、ラクエウス議員はその目をひたと見据えた。

 首から提げた銀の徽章(きしょう)は【渡る白鳥】だ。つい最近、アサコール党首から「契約などに関する術の系統だ」と教わった。


 「お聞かせ願えませんか?」

 「自治区の外に隠れ住むキルクルス教徒です。信仰を偽り、外で魔術の甘い汁を啜りながら、陰では魔法使いを“悪しき者”と蔑み、アーテルと繋がっておる者どもが居ります」


 大使は、駐在武官が腰を浮かせ掛けたのを手で制し、膝を乗り出した。


 「隠れキルクルス教徒……自治区で苦労なさってらっしゃるラクエウス先生方にとっては、とんだ裏切り者でありましょうね。胸中、お察し致します」

 「生憎(あいにく)、現時点で住所や呼称など、個人を特定し得る情報を掴めたのは、ゼルノー市など自治区近在の者ばかりです」

 「その隠れ教徒の情報を、お持ち下さったのですか?」

 駐在武官の視線にせっつかれ、大使が聞いた。


 ラクエウス議員は首を横に振って続ける。

 「空襲で安否不明です。ある程度、その辺りを確認してからと思いましてな。ゼルノー市の市議会や放送局にも潜り込んでおりました。ネモラリス島にも居るようです」

 「確認とおっしゃいますが、どのようにして……? 現在、国外と繋ぐ全ての航路が運休し、先生方は現地へ行けませんよね?」

 蔑む目を向けられたが、ラクエウス議員は大使の視線を受け流して応じる。


 「儂は今、人種や信仰、魔力の有無や地位などの垣根を越え、平和の為に多くの人々と手を(たずさ)えて活動しております」

 「ほう……それは?」

 「キルクルス教の信仰について、どの程度までご理解いただけるか存じませぬが、聖典には魔法使いを皆殺しにせよなどとは、一行も書かれておりません。だからこそ、半世紀の内乱前は共存できたのです」


 大使が当時を知る長命人種なのか、外見通り、内乱時代しか知らぬ壮年の常命人種なのかは知らない。【急降下する(ワシ)】の徽章(きしょう)を提げた武官についてもだ。

 二人が意外そうに目を見開き、視線を交わす。


 ジュバーメン議員が言い添えた。

 「最近、ある音楽家の方からお伺いしたのですが、ラキュス・ラクリマリス王国時代には、神々の祝日と言うものがあり、フラクシヌス教の神々だけでなく、キルクルス教の聖歌をも含むメドレーが演奏されていたそうです。お二方は、ご存知ですか?」

 「神々の祝日の聖歌メドレーと言うそうです」

 ラクエウス議員が曲名を告げたが、二人はそれに応えず、話を戻した。



 「ラクエウス先生、協力者の方々が獅子身中の虫をみつけ出したとして、それを我らに包み隠さずお知らせいただけるのですか?」

 「そのつもりがないなら、今日、こうして出向いて来ませんでしたよ。大使閣下こそ、魔哮砲の使用を継続する現政権……いや、与党の一部派閥による暴走をどう思われますか?」


 駐アミトスチグマの外交官は、冷めきった紅茶を啜り、太い息を吐いた。

 「万が一、制御を離れた魔哮砲によって、ラクリマリス人に被害が及べば、王家は起たざるを得なくなるでしょう。王家は、腥風樹(せいふうじゅ)の始末を先延ばしにし、民がツマーンの森へ近付かぬよう、押さえて下さっているのですよ」

 残りを飲み干し、空のカップを弄びながら、大使は言葉を続ける。

 「そうなる前に、証人立ち会いの許、魔哮砲を破棄しなければ、ネモラリスは全てのフラクシヌス教国を敵に回し、破滅してしまいます」

 沈黙が、四人の方に重くのしかかった。

☆本国の湖南経済は政府軍が差し止め……「241.未明の議場で」「306.止まらぬ情報」参照

☆神々の祝日……「295.潜伏する議員」「310.古い曲の記憶」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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