628.獅子身中の虫
「アーテルは、儂らリストヴァー自治区の民をダシに開戦しましたが、真の目的は魔哮砲を実戦投入させ、国際社会の目に触れさせることだったようです。大使閣下と武官殿は、どうお考えですかな?」
「魔術のなんたるかも知らぬキルクルス教徒の分際で小癪な……」
「アーテルが“魔哮砲は兵器化した魔法生物である”と喧伝したのはその為でしたか」
駐在武官は怒りに肩を震わせたが、大使はこの期に及んでとぼけた。
ジュバーメン議員が小さく片手を挙げ、遠慮がちに聞く。
「湖南経済新聞や、我が国の各紙による一連の報道は、ご存知ですよね?」
「本国の湖南経済は政府軍が差し止めて、儂らは未明に軍用車で国会議事堂に掻き集められ、魔哮砲の使用について決断を迫られましたよ。閣下はあの時の第一報について、対応に苦慮されたのではありませんかな?」
大使は一瞬、詰まったが、すぐに切り返した。
「ご心配をお掛け致しまして、恐れ入ります。ラクエウス先生はアーテルが以前から魔哮砲の存在を掴んでいたとおっしゃいますが、その情報源はアーテル・ラニスタ連合軍の空襲を受けなかったリストヴァー自治区ではないのですか?」
両者の間で、火花が散るような鋭い視線がぶつかった。
ジュバーメン議員だけでなく、駐在武官までもが息を呑み、ラクエウス議員の反応を待つ。
キルクルス教徒の老議員は、思わず口許に浮かんだ淋しい笑みを引っ込めて答えた。
「残念ながら、儂が魔哮砲の存在を知ったのは、開戦後の国内放送で、正体を知ったのは未明の採決の場でした。嘘だとお思いでしたら、何か魔法の道具を使って真偽を確かめて下さっても構いません」
「……そこまでおっしゃるのでしたら、ラクエウス先生に於かれましては、真実、おっしゃる通りなのでしょう。ですが……」
「儂らが最近、掴んだ情報では、アーテルと通じる者は自治区の外に居るようです」
大使を遮り、ラクエウス議員はその目をひたと見据えた。
首から提げた銀の徽章は【渡る白鳥】だ。つい最近、アサコール党首から「契約などに関する術の系統だ」と教わった。
「お聞かせ願えませんか?」
「自治区の外に隠れ住むキルクルス教徒です。信仰を偽り、外で魔術の甘い汁を啜りながら、陰では魔法使いを“悪しき者”と蔑み、アーテルと繋がっておる者どもが居ります」
大使は、駐在武官が腰を浮かせ掛けたのを手で制し、膝を乗り出した。
「隠れキルクルス教徒……自治区で苦労なさってらっしゃるラクエウス先生方にとっては、とんだ裏切り者でありましょうね。胸中、お察し致します」
「生憎、現時点で住所や呼称など、個人を特定し得る情報を掴めたのは、ゼルノー市など自治区近在の者ばかりです」
「その隠れ教徒の情報を、お持ち下さったのですか?」
駐在武官の視線にせっつかれ、大使が聞いた。
ラクエウス議員は首を横に振って続ける。
「空襲で安否不明です。ある程度、その辺りを確認してからと思いましてな。ゼルノー市の市議会や放送局にも潜り込んでおりました。ネモラリス島にも居るようです」
「確認とおっしゃいますが、どのようにして……? 現在、国外と繋ぐ全ての航路が運休し、先生方は現地へ行けませんよね?」
蔑む目を向けられたが、ラクエウス議員は大使の視線を受け流して応じる。
「儂は今、人種や信仰、魔力の有無や地位などの垣根を越え、平和の為に多くの人々と手を携えて活動しております」
「ほう……それは?」
「キルクルス教の信仰について、どの程度までご理解いただけるか存じませぬが、聖典には魔法使いを皆殺しにせよなどとは、一行も書かれておりません。だからこそ、半世紀の内乱前は共存できたのです」
大使が当時を知る長命人種なのか、外見通り、内乱時代しか知らぬ壮年の常命人種なのかは知らない。【急降下する鷲】の徽章を提げた武官についてもだ。
二人が意外そうに目を見開き、視線を交わす。
ジュバーメン議員が言い添えた。
「最近、ある音楽家の方からお伺いしたのですが、ラキュス・ラクリマリス王国時代には、神々の祝日と言うものがあり、フラクシヌス教の神々だけでなく、キルクルス教の聖歌をも含むメドレーが演奏されていたそうです。お二方は、ご存知ですか?」
「神々の祝日の聖歌メドレーと言うそうです」
ラクエウス議員が曲名を告げたが、二人はそれに応えず、話を戻した。
「ラクエウス先生、協力者の方々が獅子身中の虫をみつけ出したとして、それを我らに包み隠さずお知らせいただけるのですか?」
「そのつもりがないなら、今日、こうして出向いて来ませんでしたよ。大使閣下こそ、魔哮砲の使用を継続する現政権……いや、与党の一部派閥による暴走をどう思われますか?」
駐アミトスチグマの外交官は、冷めきった紅茶を啜り、太い息を吐いた。
「万が一、制御を離れた魔哮砲によって、ラクリマリス人に被害が及べば、王家は起たざるを得なくなるでしょう。王家は、腥風樹の始末を先延ばしにし、民がツマーンの森へ近付かぬよう、押さえて下さっているのですよ」
残りを飲み干し、空のカップを弄びながら、大使は言葉を続ける。
「そうなる前に、証人立ち会いの許、魔哮砲を破棄しなければ、ネモラリスは全てのフラクシヌス教国を敵に回し、破滅してしまいます」
沈黙が、四人の方に重くのしかかった。
☆本国の湖南経済は政府軍が差し止め……「241.未明の議場で」「306.止まらぬ情報」参照
☆神々の祝日……「295.潜伏する議員」「310.古い曲の記憶」参照




