627.大使との面談
ラクエウス議員は、アミトスチグマの夏の都に所在するネモラリス大使館に初めて足を運んだ。
案内役のジュバーメン議員がどう話をつけてくれたのか、ラクエウス議員はすんなり大使と面会できた。
駐アミトスチグマのネモラリス大使は、型通りの挨拶を済ませると、ラクエウス議員に何でもないような口調で聞いた。
「両輪の軸党のアサコール党首は、どうされました?」
「クーデターの件で、情報収集にあちこち跳び回っておりますよ。彼は【跳躍】できますからな」
大使の隣に浅く腰掛けた駐在武官は、膝の上に手を置いて身を乗り出したが、何も言わない。
大使は鼻を鳴らした。
「あなた方がけしかけて、その後の指図をしに行った……の間違いではないのですか?」
「何を根拠に……」
「しらばっくれるな! 貴殿らがあのような動画を公開して、ウヌク・エルハイア将軍を煽動したのだろうがッ!」
駐在武官がテーブルに拳を叩きつけ、テーカップが震えた。
ジュバーメン議員は身を竦めたが、ラクエウス議員は相手のペースに乗せられず、ゆるりと躱す。
「ネモラリスにはインターネットの設備がありませんが、どうやって国内に居る者を煽るのでしょうな? まさか、ウヌク・エルハイア将軍ともあろうお方が、空襲怖さに難民キャンプに避難しておられたとも思えませぬが?」
駐在武官が奥歯を噛みしめて黙り込む。
大使は武官に横目でちらりと視線をくれ、ラクエウス議員を見詰めて言った。
「しかし、あなた方が我が国にとって不利益となる真偽不明の情報を流し、国の立場を危うくしたことに相違ありますまい。国連の査察では問題ないとされたものを……」
「儂らが言わずとも、ツマーンの森で腥風樹を狩るラクリマリス軍がみつけ、公表しておりますぞ」
「そうですよ。ラクリマリス軍はあの闇の塊と交戦して【鵠しき燭台】で魔法生物であると看破しました。ラクエウス先生たちが先に動画で発表なさらなければ、ネモラリス人は国民の総意で、魔法生物を兵器利用していた……と、もっと立場が悪くなっていたでしょう」
アミトスチグマ人のジュバーメン議員が援護すると、ネモラリスの大使と駐在武官は素早く視線を交わした。
大使は落ち着いた声でテーブルに問いを置く。
「世界の国家と市民は、我が国の政府を信用せず、国家機密を世界中に向けて漏洩させた間諜紛いの発言を信じると仰せですか?」
「現に、査察団を欺き、魔哮砲が魔法生物であることを隠しだてしていたでしょう」
「儂らが何もせずとも、ラクリマリス側にも当時の研究資料があり、実際、研究に携わった者も居るのです。救援物資の運搬をわざわざトラックで、ネーニア島の西部にのみ行っていたのは、元よりあれを疑っておったからだと思いますが、大使閣下はどう思われますかな?」
現地の様子をしっかり憶えて帰れば、次回からは保存食などの救援物資を【無尽袋】に詰めて【跳躍】した方が、遙かに安全で効率がいい。
ラクリマリス政府の不自然な支援に、ネモラリス政府の中枢に居る者たちが気付かぬハズがない。
……本当に気付いておらなんだのなら、それこそ、そんなボンクラ共には任せておけぬ、とウヌク・エルハイア将軍が起ち上がりもしよう。
「我が国の駐ネモラリス大使は、本国に召還されておりません。大使閣下、失礼ながら、このことの意味がおわかりにならない、などと言うことはありますまいね?」
ラクリマリス大使同様、ネモラリス政府の動きを探る為に敢えて残っている可能性が大いにあるが、ジュバーメン議員はそれを口にせず、大使と武官も触れなかった。
「時に、ジュバーメン先生は、アミトスチグマ政府の代表として、国民の総意を携えてお越しでしたかな?」
「いいえ。一介の国会議員として参りました。しかし、我が国の政府は、ラクリマリス政府の魔哮砲に関する発表を受けた後も、この度のクーデターによっても、変わることなく我が国へ逃れたネモラリス人の保護を続ける決定を下しました」
既に伝わっているのか、二人の表情は動かない。
ラクエウス議員は敢えて挑発して、賭けに出た。
「のこのこやって来た儂を、ネモラリスの国益を損ねた逆賊として捕えるかね?」
駐在武官は気色ばんだが、大使が目顔で制して問うた。
「ラクエウス先生の身に何事かあれば、ネット上に我が国にとって不利益となる情報を流す算段なのでしょう?」
「よくご存知ですな」
ラクエウス議員は笑ってみせた。
駐在武官の膝の上で拳が震え、ジュバーメン議員が血の気の引いた顔で三人を見守る。
「大使閣下は、現に国内で問題を起こし、国家存亡の危機を招いた輩と、問題の存在を指摘して公表した儂ら、どちらが排除すべき害悪だとお思いですかな?」
「しかし、公表すべき時期の見極めと言うものがありましょう」
「では、儂らが口を噤んで波風を立てずにおれば、万事上手く行ったとお思いですかな?」
「それは、現時点では何とも言えません。過去のできごとについて、もし、こうしていれば……などと、今からでは取り返しのつかないことを仮定で語っても、未来は変わりませんからね」
アミトスチグマ人議員の前で本音を全て明かす訳には行かず、腹の底までは見えないが、少なくとも話を聞く気はあるらしい。
☆貴殿らがあのような動画を公開……「496.動画での告発」「497.協力の呼掛け」参照
☆国連の査察では問題ないとされた……「269.失われた拠点」「284.現況確認の日」参照
☆腥風樹を狩るラクリマリス軍がみつけ、公表/ラクリマリス側にも当時の研究資料があり、実際、研究に携わった者も居る……「580.王国側の報道」「581.清めの闇の姿」参照
☆救援物資の運搬をわざわざトラックで……「144.非番の一兵卒」参照
☆リストヴァー自治区の民をダシに開戦……「078.ラジオの報道」参照
☆あの時の第一報……「259.古新聞の情報」参照




