表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十五章 離合

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

641/3502

626.保険を掛ける

 三十分程で、ジュバーメン議員との約束の時間と言うところで、クラピーフニク議員が口を開いた。

 「ネミュス解放軍の声明は、もう聞かれましたか?」

 「あぁ。自治区の穏健派は星の(しるべ)が居る限り、内乱前の共存社会に戻ろうなどとは言い出せぬよ」

 「自治区の外に居る信者の人たちは、どう動くと思いますか?」


 与党の若手議員の質問に、無所属のラクエウス議員は首を横に振った。

 「悪い想像しかできんよ」



 もし、ラクエウス議員の知らない隠れ信徒が、政府や軍、経済界の中枢に潜り込んでいればどうなるか。



 クラピーフニク議員は党籍こそ剥奪されていないが、魔哮砲の使用に反対し、政治家生命は終わったも同然だ。

 議員宿舎襲撃事件後は「行方不明」扱いで、ネモラリス共和国へ戻れば、まず間違いなく消される。今なら、ネミュス解放軍に罪を被せやすい。


 政府軍には国外へ逃れた魔哮砲反対議員や、隠れキルクルス教徒の動向を直接には探る手立てがないが、ネミュス解放軍の蜂起を利用することくらい容易に思い付くだろう。


 ……アーテルの空襲の手が緩んだ今、隠れ信徒共は、政府軍と解放軍の戦闘を煽る算段をしておるやも知れぬな。


 平和を目指す有志グループが、ラキュス湖南地方各地で経済攻撃を仕掛け、アーテル共和国は巨額の戦費を賄えなくなりつつある。虎の子の無人機も、湖の民のシェラタン当主らの働きで多くが失われた。

 フラクシヌス教徒同士で争わせれば、アーテルの負担を減らして戦果を上げられる。しかも、現在の主戦場は首都クレーヴェルだ。彼らが一枚噛んでいないハズがなかった。



 「クラピーフニク君、キミはここに残れ。大使館には、儂とジュバーメン議員で行く」

 「えっ? 大丈夫ですか?」

 「あぁ、儂はインターネット上に無事な姿を晒しておる。アミトスチグマ人のジュバーメン議員も一緒だ。よもや大使館内で無法な扱いは受けまいよ」

 「だったら僕も一緒に……!」

 「キミはまだ当分、死んだフリで情報収集を続けてくれ給え」


 クラピーフニク議員は渋々黙ったが、その目は納得できないと語っていた。



 ラクエウス議員はふと思いつき、この家の小間使いを呼んで、お茶のお代わりと今日の朝刊を持って来させた。

 ネモラリス共和国のクーデターは、湖南経済新聞の一面トップで大きく扱われている。中面のページも、国際欄はほぼその情報で埋まっていた。


 「君のそれは、ラゾールニク君と同じ物だな?」

 「多分……どうするんですか?」

 「儂が今から言うことを動画に収めて欲しいのだ。日付がわかるよう、新聞を持って喋る」

 「えっ? これで動画が撮れるんですか?」若手のクラピーフニク議員は、片手に収まった手帳大の端末機に視線を向け、頭を掻いた。「……参ったな、使い方、知らないんですよ」


 「ふむ。では、ラゾールニク君を呼び戻すかね?」

 「いえ、彼は今、手が離せないと思うんで……他に心得がありそうな人たちに呼び掛けてみます」


 タブレット端末を机上に置き、何やら(せわ)しなくつつき回すことしばし。クラピーフニク議員は紅茶のお代わりを啜って大きく息を吐いた。

 ラクエウス議員も、淹れ直してもらった紅茶を口にして待つ。



 突然、端末機が手も触れぬのにガタガタ震えた。

 ラクエウス議員は思わずカップを取り落としそうになったが、クラピーフニク議員は端末をつついて大人しくさせ、更に何やら撫でたりつついたりを繰り返す。

 老議員には何が行われているかわからず、黙って見守るしかなかった。


 「フィアールカ神官が来て下さるそうです」

 「神官……? フラクシヌス教の聖職者で、どうにかなることなのかね?」

 「えーっと、動画の録り方を知っていそうな人に一斉送信で連絡したんです。フィアールカ神官が最初にお返事を下さったので、他の方々には、また一斉送信でお礼と断りを入れました」

 「ふむ。何やらよくわからんが、便利なものなのだな」



 五分と経たぬ内に部屋を訪れたのは、湖の民の女性だった。歳の頃は二十代後半辺りに見えるが、長命人種ならばその限りではない。

 クラピーフニク議員がワケを話すと、フィアールカ神官は苦笑した。


 「神官はよしてって言ってるでしょ。ひとつの花の御紋を返上して、今はただの運び屋なんだから」


 動画の撮影方法をテキパキ指南し、試し撮りさせて映像を確認する。横で聞いているだけのラクエウス議員も、何やらわかったような気がした。


 「私も録って、データは“真実を探す旅人”とラゾールニクさんにも預けるわね。おじいちゃんの身に何かあれば、公開するつもりなんでしょ?」

 「あぁ、……そのつもりですとも。よくお分かりですな?」

 「顔に書いてあるもの」

 「ふむ……そうかね。まぁ、保険と言うヤツだな。クラピーフニク君、例の名簿もついでに預けてくれ給え」


 ラクエウス議員は壁際に立ち、二人に新聞の一面を向けた。タブレット端末の操作が終わるのを待って口を開く。


 記録の内容は、つい先程、クラピーフニク議員に明かしたことだ。

 信仰を偽り自治区外で暮らすキルクルス教徒の存在、その人物リストがこちらの手にあること、星の道義勇軍のテロを支援した者とその役割分担、リストヴァー自治区の大火の真相、自治区内の星の(しるべ)の内情だ。

 彼らが居る限り、自治区の穏健派は融和政策に賛成を表明できず、このままでは遠からず滅ぼされる(おそ)れがある、と静かな口調で訴えかける。


 二人は息を殺してその発言を端末に収めた。

☆議員宿舎襲撃事件……「277.深夜の脱出行」参照

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ