0064.自治区外の目
ソルニャーク隊長が片手を上げ、老兵を制して静かに言葉を発した。
「君のような年端も行かぬ少年でさえ、こうして我々を見下す。等しく、魔力を持たぬ『力なき陸の民』であるにも関わらず、だ。我々はこの国のそんな状況を打ち破る為に立ち上がったのだ」
「俺たちを、お前らキルクルスの狂信者なんかと一緒にすんなよ」
少年はせせら笑った。
場の空気が凍り付き、静まり返る。
大人の避難者は表情を失い、少年と星の道義勇軍を凝視した。
逃げ場のないこんな所でテロリストを怒らせれば、火の中に投げ込まれるかも知れない。炎の壁へ、そんな目を向ける者も居た。
「そんなに魔法がイヤなら、テロなんかやってねぇでアーテルとかに引越せよ」
「坊主の言い分は、半世紀の内乱を起こした奴らとそっくりそのまんま同じだ」
老兵は首を横に振り、目を伏せた。
少年がそれを笑う。
「それがどうした? 内乱のお蔭で住み分けできたんじゃないか」
「こんなものは『住み分け』ではない」
老兵が顔を上げ、苦しげに吐き出した言葉の先を隊長が続ける。
「隔離と断絶、緩慢な死滅を待つ排除だ」
「何、被害者面してんだよ。みんながいいと思ったから、五十年も続いた戦争がこの条件で終わったんじゃねぇか」
左腕を骨折した少年が鼻で笑い、隣に立つ少年は小さく頷いた。
隊長は、溜め息混じりに少年の知らない歴史を語る。
「……我々も、当初は穏健な方法で、現状の改善を目指した。議会に人を送り、制度の改革を訴え、自治区内でも食糧の増産や公衆衛生、教育、雇用の創出、その他、様々な面で努力を続けて来た。だが、現在の国の体制は、数が力を持つ。少数派の我々の訴えは、多数派の声に掻き消され続けた。この三十年、ずっとだ」
「そんなの当たり前じゃねぇか。お前らが自治区を選んだんだから」
少年は尚もせせら笑い、仲間たちに同意を求めるように振り返った。
少年少女の群は、周囲の顔色を窺いつつ、小さく頷いてみせる。
ピナだけは、義勇兵と少年少女の群を険しい顔で見詰めた。
少年兵モーフは、ピナの態度にホッとすると同時に、何故か胸が痛んだ。
「後から生まれた奴は、好き好んで自治区に生まれた訳じゃないだろ」
予想外の所から声が上がり、モーフたち義勇兵と少年少女だけでなく、大人たちも一斉に声の主を見た。
湖の民に何か渡した陸の民の少年だ。群れる少年たちより少し年上に見えた。
集まった視線に怯んだようだが、少し緊張しながらも続ける。
「それに、今は大人でも、三十年前は子供だった人だって居る。今、喋ってたこの人もそうだろう。子供だったら、自分で選んだんじゃなくても、家の都合とかで自治区に引越すじゃないか。子供は親を選べないんだぞ」
少年が、モーフに向けた視線を隊長に移すと、人々もつられて隊長を見た。
骨折した少年から嘲笑が消え、反論した少年を鋭い目で睨み返す。
少年兵モーフは意外だった。
……自治区民じゃなくても、こんな風に考える奴がいるのか。
撃った人々の中にも、同じ考えの者が含まれていた可能性に気付き、モーフは足許に底なしの穴が開いたような気がした。
「なんだよ、あんた、テロリストの肩を持つのか?」
「そう言う訳じゃない。ただ……」
反論した少年は、キツイ口調で言い返す少年に言葉を投げ返す。
「俺の身内に、貿易の仕事してる人が居て、その人は、仕事でたまに自治区の工場へ行くことがあるんだ」
少年兵モーフは、工場の単純作業や、近所の使い走り以外の仕事をしたことがない。あの仕事のその先に、自治区外の人間が従事すると初めて知った。
さっと頭に血が昇り、不快感を覚える。
だが、その人が居なければ、この少年もこんな考えには至らなかった。そう思うと複雑だ。
「前に、自治区がどんなに酷いことになってるか、教えてもらって……もっと、国の偉い人とかがちゃんとしてくれてれば、こんなコトにはならなかったんじゃないかって思ったんだ」
「可哀想な話聞いて、同情してんのか? そんなもん『自治区』なんだから、国に頼んなよってハナシじゃねぇか。テメーらで何とかしろよ」
最後の言葉は、星の道義勇兵へ向けられた。
「坊や、ちょっと口が過ぎるんじゃないか? 人として、間違ったことを言ってるとは思わないか?」
流石に見兼ねたのか、年配の警官が窘める。
少年はバツが悪そうに下を向いた。
先に立ち上がった少年が、傍らに立つ少年を盗み見ながら、そっと腰を降ろす。
群の中で、左腕の折れた少年だけが、取り残されたように立ち尽くした。
「ま、お前がそうやってリストヴァー自治区のモンを見下してんのはわかった。ありがとよ。で、何でこんな状況で、仲間っぽいあのコを睨んでたんだ? 質問に答えろよ」
モーフの問いに答える者は一人も居なかった。
少年少女の群は無言で、妙に粘っこく湿った陰気な目で、モーフとピナを見るだけだ。
中には、口許にいやらしい笑みを含む者も居る。
「なんだよ。何、笑ってんだよ。何がおかしい?」
モーフが問いを重ねても、誰も何も言わず、ニヤニヤする者が増えただけだ。
尚も問い詰めようとするモーフを、ソルニャーク隊長が制止する。
「もういいだろう。聞いたところで不快になる理由で、他人に聞かせられないから、言えんのだ」
少年少女の顔から含み笑いが消える。
星の道義勇兵だけでなく、他の大人たちも、彼らに批難の目を向けるのに気付いたからだ。




