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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三章 印歴二一九一年二月三日
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0064.自治区外の目

 ソルニャーク隊長が片手を上げ、老兵を制して静かに言葉を発した。

 「君のような年端(としは)も行かぬ少年でさえ、こうして我々を見下す。等しく、魔力を持たぬ『力なき陸の民』であるにも関わらず、だ。我々はこの国のそんな状況を打ち破る為に立ち上がったのだ」

 「俺たちを、お前らキルクルスの狂信者なんかと一緒にすんなよ」

 少年はせせら笑った。


 場の空気が凍り付き、静まり返る。

 大人の避難者は表情を失い、少年と星の道義勇軍を凝視した。

 逃げ場のないこんな所でテロリストを怒らせれば、火の中に投げ込まれるかも知れない。炎の壁へ、そんな目を向ける者も居た。


 「そんなに魔法がイヤなら、テロなんかやってねぇでアーテルとかに引越せよ」

 「坊主の言い分は、半世紀の内乱を起こした奴らとそっくりそのまんま同じだ」

 老兵は首を横に振り、目を伏せた。

 少年がそれを笑う。

 「それがどうした? 内乱のお蔭で住み分けできたんじゃないか」

 「こんなものは『住み分け』ではない」

 老兵が顔を上げ、苦しげに吐き出した言葉の先を隊長が続ける。

 「隔離と断絶、緩慢(かんまん)な死滅を待つ排除だ」


 「何、被害者面(ひがいしゃヅラ)してんだよ。みんながいいと思ったから、五十年も続いた戦争がこの条件で終わったんじゃねぇか」

 左腕を骨折した少年が鼻で笑い、隣に立つ少年は小さく(うなず)いた。


 隊長は、溜め息混じりに少年の知らない歴史を語る。

 「……我々も、当初は穏健(おんけん)な方法で、現状の改善を目指した。議会に人を送り、制度の改革を訴え、自治区内でも食糧の増産や公衆衛生、教育、雇用の創出、その他、様々な面で努力を続けて来た。だが、現在の国の体制は、数が力を持つ。少数派の我々の訴えは、多数派の声に()き消され続けた。この三十年、ずっとだ」


 「そんなの当たり前じゃねぇか。お前らが自治区を選んだんだから」

 少年は尚もせせら笑い、仲間たちに同意を求めるように振り返った。


 少年少女の群は、周囲の顔色を(うかが)いつつ、小さく(うなず)いてみせる。

 ピナだけは、義勇兵と少年少女の群を(けわ)しい顔で見詰めた。

 少年兵モーフは、ピナの態度にホッとすると同時に、何故か胸が痛んだ。



 「後から生まれた奴は、好き好んで自治区に生まれた訳じゃないだろ」


 予想外の所から声が上がり、モーフたち義勇兵と少年少女だけでなく、大人たちも一斉に声の主を見た。

 湖の民に何か渡した陸の民の少年だ。群れる少年たちより少し年上に見えた。


 集まった視線に怯んだようだが、少し緊張しながらも続ける。

 「それに、今は大人でも、三十年前は子供だった人だって居る。今、喋ってたこの人もそうだろう。子供だったら、自分で選んだんじゃなくても、家の都合とかで自治区に引越すじゃないか。子供は親を選べないんだぞ」

 少年が、モーフに向けた視線を隊長に移すと、人々もつられて隊長を見た。

 骨折した少年から嘲笑が消え、反論した少年を鋭い目で睨み返す。

 少年兵モーフは意外だった。


 ……自治区民じゃなくても、こんな風に考える奴がいるのか。


 撃った人々の中にも、同じ考えの者が含まれていた可能性に気付き、モーフは足許に底なしの穴が開いたような気がした。

 「なんだよ、あんた、テロリストの肩を持つのか?」

 「そう言う訳じゃない。ただ……」

 反論した少年は、キツイ口調で言い返す少年に言葉を投げ返す。

 「俺の身内に、貿易の仕事してる人が居て、その人は、仕事でたまに自治区の工場へ行くことがあるんだ」


 少年兵モーフは、工場の単純作業や、近所の使い走り以外の仕事をしたことがない。あの仕事のその先に、自治区外の人間が従事すると初めて知った。

 さっと頭に血が昇り、不快感を覚える。

 だが、その人が居なければ、この少年もこんな考えには至らなかった。そう思うと複雑だ。


 「前に、自治区がどんなに酷いことになってるか、教えてもらって……もっと、国の偉い人とかがちゃんとしてくれてれば、こんなコトにはならなかったんじゃないかって思ったんだ」

 「可哀想な話聞いて、同情してんのか? そんなもん『自治区』なんだから、国に頼んなよってハナシじゃねぇか。テメーらで何とかしろよ」

 最後の言葉は、星の道義勇兵へ向けられた。


 「坊や、ちょっと口が過ぎるんじゃないか? 人として、間違ったことを言ってるとは思わないか?」

 流石(さすが)見兼(みか)ねたのか、年配の警官が(たしな)める。

 少年はバツが悪そうに下を向いた。

 先に立ち上がった少年が、(かたわ)らに立つ少年を盗み見ながら、そっと腰を降ろす。

 群の中で、左腕の折れた少年だけが、取り残されたように立ち尽くした。


 「ま、お前がそうやってリストヴァー自治区のモンを見下してんのはわかった。ありがとよ。で、何でこんな状況で、仲間っぽいあのコを(にら)んでたんだ? 質問に答えろよ」

 モーフの問いに答える者は一人も居なかった。

 少年少女の群は無言で、妙に粘っこく湿った陰気な目で、モーフとピナを見るだけだ。

 中には、口許にいやらしい笑みを含む者も居る。

 「なんだよ。何、笑ってんだよ。何がおかしい?」

 モーフが問いを重ねても、誰も何も言わず、ニヤニヤする者が増えただけだ。


 尚も問い詰めようとするモーフを、ソルニャーク隊長が制止する。

 「もういいだろう。聞いたところで不快になる理由で、他人(ひと)に聞かせられないから、言えんのだ」

 少年少女の顔から含み笑いが消える。

 星の道義勇兵だけでなく、他の大人たちも、彼らに批難の目を向けるのに気付いたからだ。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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