624.隠れ教徒一覧
久し振りに顔を合わせたクラピーフニク議員が、以前と同じ人懐こい笑顔でラクエウス議員との再会を喜ぶ。アミトスチグマの支援者宅へ案内してきたラゾールニクは、来た時同様、慌ただしく出て行った。
「ジュバーメン議員が来るまで、まだ時間があるな」
「そうですね。“真実を探す旅人”さんが、ラゾールニクさんに送ってくれた面白いデータがあるんですよ。ご覧いただけますか?」
「面白いデータ?」
いつの間に手に入れたのか、クラピーフニク議員は、ラゾールニクと同じ機種のタブレット端末をすっかり慣れた手つきで操作した。手帳サイズの画面に表示されたのは、何かの名簿だ。
「これは……?」
肩を寄せて覗き込んだ画面から顔を上げると、秦皮の枝党の若手議員は声を潜めて答えた。
「リストヴァー自治区の外で暮らしているキルクルス教徒の人たちだそうです」
「何ッ?」
ラクエウス議員の目が、画面に釘付けになる。
一番上に表示されたディアファネス家の父子、アコニートとコーレニの住所はゼルノー市で、息子のコーレニの勤務先はリベルタース国際貿易株式会社とある。
……間違いない。
父のアコニートは正式な司祭ではないが、自治区外で暮らすキルクルス教徒のまとめ役で、司祭のような役割を果たしていた。
星の道義勇軍のテロを積極的に支援し、ゼルノー市全域を自治区に編入して、ゆくゆくはアーテルの飛び地にしたがっていた急進派の中心人物だ。
その下の女性の名にも見覚えがある。コーレニの妻で、自治区外の女性信徒をまとめ、子供らの教育を担っていた。
国営放送のゼルノー支局長も、自治区に外部の情報……取り分け、アーテル共和国やアルトン・ガザ大陸のキルクルス教国の情報を流していた。
ゼルノー市の市会議員の名が何名も連なるが、全て、ラクエウス議員が隠れキルクルス教徒として把握している者たちだ。怪しまれぬよう、なるべく接触せぬよう心掛け、連絡は間に何人も介して最低限しか行わない為、安否は不明。
国会議員については呼称がなく、所属政党と性別、およその年齢しか載っていない。
……中間報告で、情報が不充分なのか? それにしても、よくこれだけ調べ上げたものだ。
「いかがですか?」
「うむ。ゼルノー市の関係者については、正確だ。これは中間報告なのかね?」
「いえ、“真実を知る旅人”さんが、協力者から得た情報で、その人物は、ネモラリス島在住の隠れキルクルス教徒については、よく知らないそうなんです」
ゼルノー市の情報が充実していると言うことは、情報提供者はゼルノー市民なのだろう。
この一覧にある者たちが、アーテル・ラニスタ連合軍の空襲から無事に逃げ果せられたかどうか、定かではない。
「まさか、秦皮の枝党にも入り込んでおったとはな。クラピーフニク君、心当たりはどうだね?」
「いえ、全然。僕はまだ二期目で、党内の人脈もあんまり……」
「ふむ。そうかね。では、リベルタース国際貿易から献金を受けた国会議員を調べてみるくらいか……」
「成程。じゃあ、後でラゾールニクさんとスニェーグさんにも相談します」
秦皮の枝党は、フラクシヌス教の主神派の信者が多い。支持者の大部分は陸の民だが、湖の民も居なくはない。女神派の「湖水の光党」と勢力を二分する与党で、ネーニア島から多くの議員を選出していた。
ラクエウス議員が記憶しているのも、大部分がネーニア島出身議員で、クラピーフニク議員のようなネモラリス島出身議員は、党内でも中心派閥に属さぬ者が多かった。
ネモラリス島出身の「秦皮の枝党」議員は、数が少ないとは言え、それだけでもアサコール党首率いる「両輪の軸党」に匹敵する。
調査は一筋縄では行かないだろう。
「この議員、魔哮砲の件ではどう動いたと思うかね?」
「うーん……そうですねー……」
クラピーフニク議員は、机上で輝度を落とした端末をつつき、一覧の下部を表示させた。
「そう言えば、ゼルノー市選出の議員って、あの晩、国会議事堂に来てましたっけ?」
「ん? イーヴァさんかね? それどころではなかったからな……議員宿舎の軟禁組には居なかったな」
イーヴァ議員は、リストヴァー自治区の隣の選挙区で、何かにつけて顔を合わせる。信仰は異なるが、それなりに話ができる議員だ。
政府軍は、湖南経済新聞の魔哮砲に関する記事を差し止め、当時、首都クレーヴェルに居た国会議員を未明に叩き起こして国会議事堂に掻き集めた。
混乱の中、魔哮砲の使用継続の可否を採決し、反対したラクエウス議員らは議員宿舎に軟禁された。
今期、無所属から秦皮の枝党に鞍替えしたばかりのイーヴァ議員が、どちらについたか全くわからない。
イーヴァ議員がアーテル・ラニスタ連合軍の空襲に遭ったのか、無事に首都クレーヴェルに避難できたかどうか、ラクエウス議員は把握していなかった。
賛成した者たちは自由の身で、あの場に誰が居たか完全に把握できるのは、賛成派の中心人物たちくらいだろう。
彼女なら、ラクエウス議員やクラピーフニク議員とは別の人脈を持っているから、何かわかる可能性があったが、所在どころか生死すら不明ではどうにもならない。
「もし、僕がその隠れキルクルス教徒の議員だったとしたら、怪しまれないように、魔哮砲の件は賛成に回りますよ」
クラピーフニク議員は、画面から顔を上げて仮説を語った。
「信仰に目をつぶってでも……かね?」
「その方が自由に行動できますし、情報も得られます」
ラクエウス議員には到底、容認できない。それ故、魔哮砲の使用に反対して捉えられたのだ。
「信仰の為に敢えてあそこでは賛成して、後でどうにかしてアーテルやラニスタに逐一情報を流して、魔哮砲に国際社会の注目を集めて、使用を推進したネモラリス政府を転覆させよう……とか?」
「ふむ……そう言えば、その議員は信仰を偽って秦皮の枝党に身を置いているのだ。その可能性は大いにあるな」
ラクエウス議員にしてみれば、信仰を偽ってリストヴァー自治区の外で暮らし、陰で魔法使いを「悪しき業を使う穢れた存在」として見下しながら、フラクシヌス教社会の甘い汁を吸う彼らは、唾棄すべき不信心者だ。
互いの信仰を明らかにし、尊重して距離を置いていた昔の共存時代とは全く違う。
「ラクエウス先生、このリストに付け加えられる情報をご存知ありませんか?」
「そうだな……」
ラクエウス議員は思い出せる限り、掲載されている者の年齢や勤務先、住所、電話番号、リストヴァー自治区との連絡手段、家族構成などを挙げ、未掲載の人物の名も十数人挙げた。
☆“真実を知る旅人”さんが協力者から得た情報……「569.闇の中の告白」参照
☆あの晩、国会議事堂に……「241.未明の議場で」「247.紛糾する議論」「248.継続か廃止か」参照




