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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十五章 離合

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622.質問のまとめ

 質問を思いついたピナと付き添いのレノ、薬師(くすし)アウェッラーナ、それに早く答えを知りたい帰還難民十名余りが窓口へ行ったが、断られた。


 「明るい内でなければ、できない質問があるんですよね? 二度手間になりますから、明日にして下さい」

 係員は疲れ切った顔で首を横に振り、一方的に話を打ち切った。


 記録係が取り成すように言う。

 「でも、貴重なご提案をいただいて、ありがとうございます。我々は業務に追われて全く思いつきませんでした」

 「あまり大勢で何度も来られてたのでは、他の業務に(さわ)りがあります。紙にまとめて、代表の方がお越し下さい」

 「それと、質問の数も絞って下さい。【明かし水鏡(あかしみかがみ)】は起動するのに高出力の魔力が要るので、すごく疲れるんですよ」

 身元確認の係員が、溜め息と一緒にA4のコピー用紙三枚とボールペン一本をレノに手渡した。


 「えっと、それなら、魔力は私が……」

 「あなたは薬師(くすし)さんですよね? 素材から薬効成分を抽出する精密操作はお得意でしょうが、高出力の魔力を道具に注ぎ続けた経験はおありですか?」

 薬師アウェッラーナの胸元の徽章(きしょう)を見て、身元確認の係員が疲れた声で聞いた。


 「いえ……経験はありませんけど、頑張ります」

 「えぇっとですね、【急降下する(ワシ)】学派の【光の矢】のように魔力を圧縮して放出するような操作なんですけど、頑張れるんですか? 魔装兵の攻撃は一瞬ですけど、これは質問の間ずっと出力を維持しなければならないんですけど?」

 身元確認のくたびれた役人は、こう見えてかなり魔力が強いらしい。


 「あ、あの【魔力の水晶】で補えば……」

 「供給された魔力を圧縮して放出するのは自力なんですよ? どう言えばおわかりいただけるのか……」

 「肺活量の低い人が、一息で風船を膨らませようとするようなものですよ」

 役人たちに呆れた声でダメ出しされ、アウェッラーナが申し訳なさそうに首を横に振った。彼女にも無理なら、魔力の弱いクルィーロはもっと無理だろう。


 ……【明かし水鏡(あかしみかがみ)】が少ないのって、値段が高いからだけじゃなくって、起動できる人が少ないせいもあったのか。


 「アウェッラーナさん、ありがとうございます。気持ちだけでも嬉しいです。俺たちは魔力ないから何もできないし、気にしないで下さい」

 レノは湖の民の薬師(くすし)を促し、役人たちに礼を言って部屋を出た。



 窓口に押し掛けた人々は渋々食堂へ戻り、何をどう質問するか話し合う。

 今夜ここに居ない人も聞けるよう、ロークが食堂と居住区画の入口に貼り紙をしに行き、他の帰還難民が手続きの順番待ちの人々に伝える。数名が、聞き取った質問をメモして戻った。


 居合わせた人々の分をまとめるだけで、夜半になってしまった。



 翌朝、眠い目をこすって食堂へ行くと、朝食の席には珍しく乳幼児連れの帰還難民も居た。

 ロークがいつもの席にラジオを置いて電源を入れると、人が集まり、あっと言う間に囲まれた。


 乳飲み子を抱いた若い母親が、勢い込んでロークに聞く。

 「あの貼り紙に書いてあった“ラジオの席”って、ここですよね?」

 「そうです。質問ですよね? ちょっと待って下さい。メモの用意するんで」

 その遣り取りの間にもどんどん人が集まり、朝食を受け取るどころではなくなってしまった。


 「お兄ちゃん、紙とペン」

 ピナが元移動販売のみんなに配る。


 ……それで手提げを持って来てたのか。


 レノは気が利かない自分を恥じると同時に、妹の用意の良さに感心して受け取った。小学生のティスとアマナも手伝って、七人掛かりで聞き取る。


 「未来のことや、どちらとも言えないことは質問できません。似たような質問は、ひとつにまとめます」

 貼り紙にも書いたことを薬師(くすし)アウェッラーナが繰り返し言う。

 それを聞いて何人かが引っ込んだ。


 ……やっぱ、これからどうなるかって、気になるよな。どっちが勝つとか。


 レノは質問をメモしながら、こっそり溜め息を()いた。


 「ここに居て大丈夫なの?」

 「質問した時点の状態しかわからないそうなんで、ここに居る間にそれを聞いても、答えは大丈夫に決まってますよ」

 「じゃあ、ミルクとおむつは、いつまで手に入るの?」

 「あの道具じゃ、未来のことはわからないそうですよ」

 

 ダメだとわかっていても、聞かずにはいられないらしい。

 同じ問答があちこちで飛び交い、苛立ち、悲鳴に似た声が追加の質問をする。


 「じゃあ、いつ落ち着くんだ?」

 「何かあったら、誰か助けに来てくれるの?」

 「政府軍を信用しても大丈夫なの?」

 「急にごはんが少なくなったんだけど、食糧は大丈夫なんでしょうね?」

 「ネミュス解放軍とやらが、ラジオで言ってたハナシはホントなのか?」

 「ここも危ないとなったら、どこへ、どうやって避難すりゃいいんだ?」

 「今度の船はいつ出るの?」


 流石にティスとアマナに答えを期待する者はいないが、役所に伝えるだけでも伝えて欲しい、と幾つも質問事項を並べられ、書き取りに苦労している。



 質問の波が引いた時には、十一時を回っていた。

 「朝ごはん、食べそびれちゃったな」


 これから【()かし水鏡(みかがみ)】で答えが得られる質問とそうでない質問、役所に答えられそうなものに分けてまとめるが、順調に行っても窓口へ行くのは午後になりそうだ。


 「お疲れさん。一応、あんたたちの分も取っといたんだけど……」

 「食べられる内に食べといた方がいいからね」

 年配の夫婦が、隣のテーブルに七人分の堅パンとドライフルーツ、紅茶を取ってくれていた。

 レノたちが礼を言うと、昨日一緒に窓口へ行った人たちが、代わりにまとめてくれると言う。その申し出を有難く受け、紙束を渡した。


 FMクレーヴェルはずっと同じレコードを繰り返し、一周する度に天気予報と避難所情報を出す。

 普通のニュースも他の番組もなく、今、首都クレーヴェルがどうなっているのか、これからどうなるのか全くわからなかった。

 食堂の入口脇に置かれた新聞掛けの最新版は、一昨日の紙面だった。今朝も新聞配達がなかったらしい。


 クルィーロが温め直してくれた紅茶を啜り、ドライフルーツを齧る。(アンズ)の甘酸っぱさで、少し頭がすっきりした。

 元移動販売の誰も、堅パンを開封しない。みんな、今後の為に取って置くことにしたようだ。



 「代表、誰が行きます?」

 食べ終えたロークが、食堂全体を見回す。スープの匂いが漂い、再び席が埋まりつつあった。


 「私、行っていいですか? 言い出したの私だから……」

 「じゃあ、店長のレノと、魔法使い代表でアウェッラーナさんも……?」

 ピナが言うと、クルィーロが二人に視線を送った。


 役所に文句を言われないなら、本人たちに異論はない。目顔で応えると、近くの席から声が上がった。

 「俺もいいかな? まとめ手伝ったし、気になるから」

 

 ……この人、確か……ネミュス解放軍に賛成してたよな?


 昨夜、一緒に窓口へ行った青年だ。うっすらイヤな気がしたが、同じ帰還難民のレノたちには、それを理由に断る権限などない。

 年配の夫婦の夫も加わり、昼食を終えるてすぐ、五人は窓口へ行った。



 「何を聞くか決まってるし、誰が聞いても一緒だから、私が聞いてもいい?」

 ここに居るのは、力なき民や魔法使いでも戦えない者ばかりだ。

 質問するのが軍人や魔獣駆除業者など戦える者なら、「無事」や「安全」のレベルが全く違うので参考にならないが、ピナが聞くのも青年が聞くのも大差ない。


 「ピナがいいんならいいけど……」

 「大丈夫?」

 レノと薬師(くすし)アウェッラーナが心配したが、ピナは力強く頷いた。青年とおじさんも、それでいいなら、と反対しなかった。



 一時間近く順番待ちをして、中へ呼ばれる。

 「あぁ、昨日の……」

 係員に複雑な顔で迎えられる。ピナは怯まず、正面の席に座った。隣の席に薬師アウェッラーナが腰を下ろし、質問の紙とペンを机に広げる。

 「あ、俺たちは付き添いです」

 「証人も兼ねてます」

 レノに続いて青年が言い、事務室内の役人たちを見回す。


 「これ、後で貼り出すんですよね? 書き写しますよ」

 記録係がアウェッラーナの向かいから質問状を覗き込み、返事も待たずに書き取り始めた。

☆朝食の席には珍しく乳幼児連れの帰還難民も居た……「617.政府軍の保護」参照

☆この人、確か……ネミュス解放軍に賛成してた……「613.熱弁する若者」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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