622.質問のまとめ
質問を思いついたピナと付き添いのレノ、薬師アウェッラーナ、それに早く答えを知りたい帰還難民十名余りが窓口へ行ったが、断られた。
「明るい内でなければ、できない質問があるんですよね? 二度手間になりますから、明日にして下さい」
係員は疲れ切った顔で首を横に振り、一方的に話を打ち切った。
記録係が取り成すように言う。
「でも、貴重なご提案をいただいて、ありがとうございます。我々は業務に追われて全く思いつきませんでした」
「あまり大勢で何度も来られてたのでは、他の業務に障りがあります。紙にまとめて、代表の方がお越し下さい」
「それと、質問の数も絞って下さい。【明かし水鏡】は起動するのに高出力の魔力が要るので、すごく疲れるんですよ」
身元確認の係員が、溜め息と一緒にA4のコピー用紙三枚とボールペン一本をレノに手渡した。
「えっと、それなら、魔力は私が……」
「あなたは薬師さんですよね? 素材から薬効成分を抽出する精密操作はお得意でしょうが、高出力の魔力を道具に注ぎ続けた経験はおありですか?」
薬師アウェッラーナの胸元の徽章を見て、身元確認の係員が疲れた声で聞いた。
「いえ……経験はありませんけど、頑張ります」
「えぇっとですね、【急降下する鷲】学派の【光の矢】のように魔力を圧縮して放出するような操作なんですけど、頑張れるんですか? 魔装兵の攻撃は一瞬ですけど、これは質問の間ずっと出力を維持しなければならないんですけど?」
身元確認のくたびれた役人は、こう見えてかなり魔力が強いらしい。
「あ、あの【魔力の水晶】で補えば……」
「供給された魔力を圧縮して放出するのは自力なんですよ? どう言えばおわかりいただけるのか……」
「肺活量の低い人が、一息で風船を膨らませようとするようなものですよ」
役人たちに呆れた声でダメ出しされ、アウェッラーナが申し訳なさそうに首を横に振った。彼女にも無理なら、魔力の弱いクルィーロはもっと無理だろう。
……【明かし水鏡】が少ないのって、値段が高いからだけじゃなくって、起動できる人が少ないせいもあったのか。
「アウェッラーナさん、ありがとうございます。気持ちだけでも嬉しいです。俺たちは魔力ないから何もできないし、気にしないで下さい」
レノは湖の民の薬師を促し、役人たちに礼を言って部屋を出た。
窓口に押し掛けた人々は渋々食堂へ戻り、何をどう質問するか話し合う。
今夜ここに居ない人も聞けるよう、ロークが食堂と居住区画の入口に貼り紙をしに行き、他の帰還難民が手続きの順番待ちの人々に伝える。数名が、聞き取った質問をメモして戻った。
居合わせた人々の分をまとめるだけで、夜半になってしまった。
翌朝、眠い目をこすって食堂へ行くと、朝食の席には珍しく乳幼児連れの帰還難民も居た。
ロークがいつもの席にラジオを置いて電源を入れると、人が集まり、あっと言う間に囲まれた。
乳飲み子を抱いた若い母親が、勢い込んでロークに聞く。
「あの貼り紙に書いてあった“ラジオの席”って、ここですよね?」
「そうです。質問ですよね? ちょっと待って下さい。メモの用意するんで」
その遣り取りの間にもどんどん人が集まり、朝食を受け取るどころではなくなってしまった。
「お兄ちゃん、紙とペン」
ピナが元移動販売のみんなに配る。
……それで手提げを持って来てたのか。
レノは気が利かない自分を恥じると同時に、妹の用意の良さに感心して受け取った。小学生のティスとアマナも手伝って、七人掛かりで聞き取る。
「未来のことや、どちらとも言えないことは質問できません。似たような質問は、ひとつにまとめます」
貼り紙にも書いたことを薬師アウェッラーナが繰り返し言う。
それを聞いて何人かが引っ込んだ。
……やっぱ、これからどうなるかって、気になるよな。どっちが勝つとか。
レノは質問をメモしながら、こっそり溜め息を吐いた。
「ここに居て大丈夫なの?」
「質問した時点の状態しかわからないそうなんで、ここに居る間にそれを聞いても、答えは大丈夫に決まってますよ」
「じゃあ、ミルクとおむつは、いつまで手に入るの?」
「あの道具じゃ、未来のことはわからないそうですよ」
ダメだとわかっていても、聞かずにはいられないらしい。
同じ問答があちこちで飛び交い、苛立ち、悲鳴に似た声が追加の質問をする。
「じゃあ、いつ落ち着くんだ?」
「何かあったら、誰か助けに来てくれるの?」
「政府軍を信用しても大丈夫なの?」
「急にごはんが少なくなったんだけど、食糧は大丈夫なんでしょうね?」
「ネミュス解放軍とやらが、ラジオで言ってたハナシはホントなのか?」
「ここも危ないとなったら、どこへ、どうやって避難すりゃいいんだ?」
「今度の船はいつ出るの?」
流石にティスとアマナに答えを期待する者はいないが、役所に伝えるだけでも伝えて欲しい、と幾つも質問事項を並べられ、書き取りに苦労している。
質問の波が引いた時には、十一時を回っていた。
「朝ごはん、食べそびれちゃったな」
これから【明かし水鏡】で答えが得られる質問とそうでない質問、役所に答えられそうなものに分けてまとめるが、順調に行っても窓口へ行くのは午後になりそうだ。
「お疲れさん。一応、あんたたちの分も取っといたんだけど……」
「食べられる内に食べといた方がいいからね」
年配の夫婦が、隣のテーブルに七人分の堅パンとドライフルーツ、紅茶を取ってくれていた。
レノたちが礼を言うと、昨日一緒に窓口へ行った人たちが、代わりにまとめてくれると言う。その申し出を有難く受け、紙束を渡した。
FMクレーヴェルはずっと同じレコードを繰り返し、一周する度に天気予報と避難所情報を出す。
普通のニュースも他の番組もなく、今、首都クレーヴェルがどうなっているのか、これからどうなるのか全くわからなかった。
食堂の入口脇に置かれた新聞掛けの最新版は、一昨日の紙面だった。今朝も新聞配達がなかったらしい。
クルィーロが温め直してくれた紅茶を啜り、ドライフルーツを齧る。杏の甘酸っぱさで、少し頭がすっきりした。
元移動販売の誰も、堅パンを開封しない。みんな、今後の為に取って置くことにしたようだ。
「代表、誰が行きます?」
食べ終えたロークが、食堂全体を見回す。スープの匂いが漂い、再び席が埋まりつつあった。
「私、行っていいですか? 言い出したの私だから……」
「じゃあ、店長のレノと、魔法使い代表でアウェッラーナさんも……?」
ピナが言うと、クルィーロが二人に視線を送った。
役所に文句を言われないなら、本人たちに異論はない。目顔で応えると、近くの席から声が上がった。
「俺もいいかな? まとめ手伝ったし、気になるから」
……この人、確か……ネミュス解放軍に賛成してたよな?
昨夜、一緒に窓口へ行った青年だ。うっすらイヤな気がしたが、同じ帰還難民のレノたちには、それを理由に断る権限などない。
年配の夫婦の夫も加わり、昼食を終えるてすぐ、五人は窓口へ行った。
「何を聞くか決まってるし、誰が聞いても一緒だから、私が聞いてもいい?」
ここに居るのは、力なき民や魔法使いでも戦えない者ばかりだ。
質問するのが軍人や魔獣駆除業者など戦える者なら、「無事」や「安全」のレベルが全く違うので参考にならないが、ピナが聞くのも青年が聞くのも大差ない。
「ピナがいいんならいいけど……」
「大丈夫?」
レノと薬師アウェッラーナが心配したが、ピナは力強く頷いた。青年とおじさんも、それでいいなら、と反対しなかった。
一時間近く順番待ちをして、中へ呼ばれる。
「あぁ、昨日の……」
係員に複雑な顔で迎えられる。ピナは怯まず、正面の席に座った。隣の席に薬師アウェッラーナが腰を下ろし、質問の紙とペンを机に広げる。
「あ、俺たちは付き添いです」
「証人も兼ねてます」
レノに続いて青年が言い、事務室内の役人たちを見回す。
「これ、後で貼り出すんですよね? 書き写しますよ」
記録係がアウェッラーナの向かいから質問状を覗き込み、返事も待たずに書き取り始めた。
☆朝食の席には珍しく乳幼児連れの帰還難民も居た……「617.政府軍の保護」参照
☆この人、確か……ネミュス解放軍に賛成してた……「613.熱弁する若者」参照




