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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十五章 離合

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621.補足する質問

 「身分証は、明日、朝食後にお渡しします」

 職員が帰還難民センターの食堂に入ってきて、声を張り上げた。別の職員が、薄闇の中で新聞に目を凝らす人々の席に【灯】を(とも)した紙コップを置く。


 「通帳の再発行以外の手続きがお済みでない方は、今夜は二十一時まで対応致しますので、窓口へお越し下さい」

 疲れ切った顔は表情を失い、血色が悪い。


 レノは視線に(ねぎら)いを籠めて頷いた。

 センターでは元々、身分証の再発行などの業務は、土日祝日に関係なく行っている。


 ……クーデターのせいで、家族が心配なのに残業って、役所の人も大変だよなぁ。


 「すみません、この辺の地図って見せてもらえませんか?」

 「地図? お急ぎですか?」

 ロークに呼び止められ、職員の一人が立ち止まった。

 「急ぐって言うか、ラジオで避難所情報と戦闘区域の発表があって、場所、確かめたいんです」

 「本当ですか?」

 もう一人の職員も振り返り、驚いた目でラジを見た。今は古典音楽の穏やかな調べが流れている。


 ロークが、国営放送のネミュス解放軍発表とFMクレーヴェルの政府軍発表について掻い摘んで説明すると、職員は礼を言って慌ただしく出て行った。



 「役所の人、ラジオを聴くヒマもないくらい忙しいんだな」

 「そうだよな。それに、その情報がホントに正しいかどうか、わかんないし」

 レノが言うと、クルィーロがラジオに厳しい視線を向けた。


 「疑いだしたらキリないんだけどさ、FMクレーヴェルもネミュス解放軍が乗っ取って、政府軍のフリして情報流してるかも知れないんだよな」

 「えっ?」

 レノだけでなく、アウェッラーナ以外のみんなも、クルィーロの仮定に声を上げた。


 「お兄ちゃん、どうしてそう思うの?」

 「ん? ホントのコトでも、嘘情報でも、いきなり出てきたネミュス解放軍が言うより、政府軍の発表ってコトにしといた方が、みんな信じるだろ?」

 「どこの局も同じ声明を流してて、FMクレーヴェルだけが他の内容ですからね。首都のみんながFMを聴くでしょうし……」


 クルィーロと薬師(くすし)アウェッラーナに言われるまで、レノはそんな可能性があるとは全く思い至らなかった。


 ……それも、ホントかどうかわかんないんだけど、あり得そうだもんなぁ。


 魔法使いの二人が指摘した通り、情報の発信元は放送で名乗った通りの情報源とは限らない。

 仮に放送局へ確認しに行ったところで、そこに居るのは、政府軍の軍服を盗んだネミュス解放軍かもしれないし、旧王国時代の【鎧】を着てネミュス解放軍のフリをした政府軍の兵士かもしれない。

 知り合いに軍人が居ないのだから、見分けなんて付くハズがなかった。



 「ホントに……誰が出してるどの情報を信じればいいんだろうな?」

 途方に暮れるレノにティスがしがみつき、ピナが唇を噛む。妹たちを安心させてやりたいが、上手い言葉がみつからない。


 ……やるコトがあれば、気が紛れていんだけどな。


 「俺、取敢えず明日もう一回、窓口に行ってみるよ」

 「何しに? 他の手続きは、お母さんに会ってからじゃないとできないんでしょ?」

 ピナの声が尖る。

 妹たちには、父が亡くなったことを黙っていた。「今はできない手続き」の中身も言っていない。

 レノは下腹に力を入れ、声が震えないようにゆっくり言った。


 「あの水の道具で、もう一回、質問させてもらうんだ」

 「何て?」

 ピナとティスが同時に聞き、クルィーロたちも固唾を飲んでレノに注目する。レノは何でもないことのように言った。

 「えっと……『母さんは今、首都に居ますか』って聞くんだ。あれで、居るか居ないかだけわかるから、首都を出るか留まるかくらいは決められるだろ?」

 「居なかったら、どこへ探しに行くの?」

 「ネモラリス島に居るかどうか聞いて、居たら、島の西側の街を順番に回って、居ないなら、何とかしてネーニア島かフナリス群島へ行けたらなぁって思ってるよ」


 全ての街の名を挙げてゆけば、いずれは居場所がわかるのだろうが、それでは職員の魔力が尽きて倒れてしまうかもしれない。

 それ以前に、一家族の為にそこまで時間を割いてはくれないだろう。

 最悪、最初の質問自体、受け付けてもらえないかもしれないのだ。


 穴だらけの計画だが、行動の予定がわかったからか、妹たちは納得した顔で何度も頷いた。その頬に赤みが差す。


 「そうなんだ……もし、おばさんが他所に居るってわかったら、お別れになるかもしれないんだな」

 クルィーロが呟いた途端、アマナの目に涙が溜まった。魔法のマントの端をぎゅっと握りしめ、歯を食いしばる。


 「でも、みんな一緒に避難できるかもしれませんよ」

 「そうそう。レノさんたちのご家族が再会してから、ネーニア島でみなさんが合流……えっと、船が出てれば、できるんですし……」

 ロークと薬師(くすし)アウェッラーナが、取り成すように言った。


 「そうだよな。調理師さんたち、レーチカ市から来てて、あっちは平和だって言ってたから、船もその内、再開するし……」

 クルィーロがアマナの頭を撫でながら言うが、小学生の妹は兄の腕にしがみついて声を殺して泣きだした。


 「あ……! あの、アウェッラーナさん、あの道具って、水に手を入れて言った“今のこと”が嘘かホントか調べるんですよね?」

 「えぇ。そうですけど……」

 ピナが何か思い付いて勢い込んで聞いた。薬師アウェッラーナが頷くと、レノの肩を叩いた。

 「お兄ちゃん! 明日、役所の人に頼んで“FMクレーヴェルは政府軍の公式発表だ”って言うのと“国営放送はネミュス解放軍の発表だ”って確認してちょうだい」

 「あッ……!」

 「それだッ!」

 中学生のピナの思い付きに、食堂に居合わせた人々が注目した。


 ピナは早口に確認すべきことを挙げる。

 「それで“政府軍が発表した避難所は安全だ”と“ネミュス解放軍には一般市民を傷付ける意思はない”と“ネミュス解放軍が発表した戦闘区域は正しい”えっとそれから……」

 「待って、待ってくれ、ピナ。覚えきれない。ちょっと書くから待って」

 ロークに紙とペンを借りて書き留める。


 近くの席から人が集まり、口々にアドバイスする。

 「そんなの、明日と言わず、今すぐ聞きに行けよ」

 「役所の連中もとっくに試してるかも知れんがな」

 「いやいや、ラジオで発表があったこと自体、知らなかったんだから、まだだろうよ」

 「質問、“ネモラリス島と他の島を繋ぐ船は今も運行している”も足してくれよ」

 「お兄さん、それと“首都クレーヴェルと外部を繋ぐ門は全て解放されている”と“門は全て安全に通過できる”も追加してちょうだいな」

 「それは、夜より朝の方がいいだろうな」

 「暗いと魔物や雑妖が居るからな」

 「なんなら俺が聞いてやろうか?」


 食堂に居合わせた帰還難民たちに小さな希望が(とも)った。

☆あの水の道具……「596.安否を確める」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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