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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十四章 道程

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616.食糧調達依頼

 男性職員が、カウンター越しに食堂を窺い、小声で言う。

 「こっちは、新聞配達もあった」

 「ホントですか?」

 「あぁ。ただ、全国紙は首都の本社や支社がどうにかなったのか、販売店にも届いてなくて、地元の新聞だけだ」

 「印刷が間に合わなかったんでしょうね。まだクーデターのことは載ってなかったわ。号外は出たかもしれないけど……」


 「そうなんですか。……あ、お代はちゃんと払うんで、明日の朝刊、持って来てもらえませんか?」

 クルィーロが勢い込んで頼むと、二人は面食らった。


 「いいよいいよ、そんな。安いモンだし。一日経ちゃ古新聞だ。タダでいいよ」

 「あ、あの、厚かましいついでに、食糧も、できれば……お代はちゃんと払いますから、お願いします!」

 「ま、まぁ、頭を上げとくれよ」

 「今は【無尽袋】が品薄でな。普通の袋に入れて両手で持てる分くらいしか運べんが、いいのか?」


 クルィーロが顔を上げると、職員二人は申し訳なさそうに肩をすぼめ、声を潜めた。

 「ここだけのハナシ、役所と契約してる会社が休み明けに持って来てくれるか、まだわかんねぇんだ」

 「配送がなきゃ、予備の缶詰や堅パンを出しても二、三日ってとこだし……」

 「今日は来なかったが、仮設の人らが、食うに困ってこっちに来るかもしれんしな」


 ……だったら、余計に欲しいんだけど。


 レーチカ市にも、食糧が充分あるとは限らない。

 価格が高騰していれば、対価の不足が心配だろう。それに、大荷物で首都に立ち入るのをネミュス解放軍に見咎められれば、最悪、殺されて食糧を奪われるかもしれない。


 ……無理は言えない……けど、できるだけ頼んでみよう。


 「ここに来るまでに魔法の道具屋でバイトして、給料、宝石でもらったんです。道具の素材になるから、そこそこの値になるらしいんですけど、何とかしてもらえませんか?」

 「あんまりたくさんは運べないんだがな」


 男性職員は少し考えていたが、クルィーロと目が合うと、大きく頷いてエプロンを外した。

 「よし、今からちょっと行って来る」

 「じゃあ、すぐ持ってきます」



 クルィーロは食堂に出てアマナに飴を渡すと、部屋へ駆け戻った。

 帰還難民センターの窓口がある側の廊下には、人がぎっしり詰まっている。手続きの順番待ちだけで夜中になりそうだ。

 閑散とした宿泊スペースの廊下を走り、荷物から手提げ袋を引っ張り出して食堂へ駆け戻る。

 レノに耳打ちして、トパーズを三粒だけ分けてもらい、厨房に声を掛けた。


 「おいおい、有り金丸ごと出す奴があるか。一粒でもこの袋十杯分はいけるぞ?」

 「日持ちする堅パンやドライフルーツがいいでしょうねって言ってたの」

 「売ってれば、干し肉も持って来るよ」

 男性職員は、一番小さいトパーズを一粒だけ受け取って、厨房を出て行った。



 彼を見送って、改めて食堂を見回す。

 僅かの間に他の人々も手続きの残りをしに行ったらしく、残っているのはレノたちも含めて二十人余りだ。ラジオに聞き耳を立てながら、今朝の続きでラクリマリスとアミトスチグマの新聞を読んでいる。


 クルィーロが座ると、アマナが早口に言った。

 「お兄ちゃん、あのね。さっき、ラジオでね、治安部隊の人が解放軍の人をやっつけたって」

 「ホントか?」

 クルィーロは一瞬、口許を(ほころ)ばせたが、すぐ真顔に戻った。FMクレーヴェルは静かな曲調の古典音楽を流している。



 政府軍は、魔哮砲を兵器利用した張本人だ。

 本当に「国民の味方」かどうか怪しい。



 「ネミュス解放軍の大半が逃げただけで、安全が確保できたワケではありませんって言ってましたよ」

 ロークに言われ、アマナが眉を下げた。

 「あ、じゃあ、まだ何人か残って戦ってるんだ?」

 「多分……」


 「ずーっと一緒の曲ばっかりで、つまんないね」

 エランティスがアマナに囁く。妹はコクリと頷いたが、何も言わなかった。


 重苦しい雰囲気を和らげようと、クルィーロは努めて明るく、さっき厨房で聞いたことを語った。

 「食堂の係の人は、レーチカ市から【跳躍】で来てくれてるんだってさ」

 「防壁の外から、跳べんのか?」

 レノの質問に職員の受け売りで答え、状況を付け足した。


 「……今のところ、門を開放して、戦えない一般人を逃がしてくれてるってさ」

 「じゃあ、今の内なら、港沿いに門まで行けりゃ、首都を出られるんだな?」

 近くの席の中年男性に聞かれ、クルィーロは頭を掻いた。

 「そこまでは聞いてません。それに、俺は首都に来たの初めてで、門がどこに幾つあるかも知らないし……」


 「そうか。首都はな、クレーヴェル湾をぐるっと囲む半円形で、湖に面してない側に等間隔で八つの門があるんだ」

 「近くの平野には小さい農村、湖岸沿いには漁村がいっぱいあるよ」

 他のテーブルからも説明が飛び、何となく地図を思い浮かべる。


挿絵(By みてみん)


 「でも、役所の人の言う通り、身分証がないと後で困るでしょうね」

 「そんなこたぁねぇ。ギアツィントやレーチカでも、ネーニア島から逃げてきた人らの為に再発行はやってる」

 「やり直しで時間掛かるだけだったら、今からでも、行った方がいいのか?」


 帰還難民たちの言葉にクルィーロの気持ちが揺れる。

 レノたち兄姉妹と、薬師(くすし)アウェッラーナとロークを見て、アマナの手を握った。


 「俺とアマナは、役所の人が父さんの会社に連絡してくれるのを待つよ。早けりゃ、明後日には何かわかると思うし……」

 父と再開できるかどうか、微妙だ。

 そもそも、会社が出勤できる状況にあるかどうかもわからない。待っても連絡がつかない可能性もあるが、今は下手に動くより、待つことに決めた。


 「俺も、身分証ができるまで待つよ。でないと、仕事や家探すの大変そうだもんな」

 レノが自分の妹たちを交互に見て言うと、二人は小さく頷いた。


 エランティスがレノの袖を引く。

 「アマナちゃんたちと一緒に行っちゃダメ?」


 妹たちにじっと見つめられ、レノはクルィーロに助けを求めるような目を向けながら、誤魔化しを口にした。

 「今はまだ、何もわかんないからなぁ。行けるんなら、俺も一緒に行きたいよ」

 「無理だったら、どうすんの?」

 「そりゃ、行けるとこに行くしかないだろ」

 「ティスちゃん、今はそんなコト言ったって、仕方ないでしょ。なるようにしかならないんだから」

 ピナティフィダに(たしな)められ、エランティスは口を(つぐ)んだが、その目にみるみる涙が盛り上がり、テーブルに滴がこぼれた。


 「あぁ、ほらほら、泣かないの。考えたってどうにもならないことをどんなに考えたって、そうやって悲しくなるだけなのよ」

 「だって……」

 ピナティフィダにハンカチで涙を拭われながら、エランティスがしゃくりあげる。

 「お母さん……生きてんのに……どして、来てくれな……の?」

 「私たちがここに居るって知らないんだから、仕方ないでしょ」


 アマナが何か言い掛けたが、涙が溢れて言葉にならない。

 もらい泣きする妹を抱き寄せ、クルィーロはその背を撫で続けることしかできなかった。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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