0063.質問と諍いと
炎に炙られ、全身が火照る。
こんな所で今夜を生き延びられるとは思えない。
……どうせ死ぬんなら、すっきり納得してからにしてぇなぁ。
知ったところで意味はない。モーフの得になることでもない。
それでも、好奇心が抑えられなかった。
腰を浮かせかけたが、念の為、ソルニャーク隊長の許可を得た方がいいのではないか、と思い直す。
隣で負傷兵を看る隊長に声を掛けた。
「あの、隊長、ちょっと質問、いいっスか?」
「何だ?」
「あ、隊長じゃなくって、あっちの連中に聞きたいんスけど」
ソルニャーク隊長は、少年兵が指差す方へ顔を向けた。首を傾げてモーフに向き直る。
「あの子たちに? 何を聞く気だ?」
「あいつら、あの女の子をハブってるみたいなんスけど、何でかなって思って」
隊長は、何の屈託もなく疑問を口にした少年兵に苦笑した。
すぐに頬が緩み、苦笑が溶ける。隊長は柔らかな微笑で問い返した。
「気になるか?」
「俺、何かマズいコト言いました?」
怪訝な顔で首を傾げるモーフに、隊長だけでなく、元トラック運転手と老兵も苦笑を洩らした。
「何だ、坊主。そんなに気になんのか?」
元運転手のメドヴェージがニヤニヤ笑って聞く。
モーフは、妙なことを口にしてしまったのかと恥ずかしくなった。
だが、今、言わなければ、疑問や後悔を抱えたまま死ぬことになる。
顔を上げ、おっさんの目を見て答えた。
「うん。何で俺たち……親の仇がすぐ傍に居ンのに、パッと見、仲間っぽいあのコを睨んでんのかなって思ったんスよ」
大人たちの顔から笑みが消えた。
少年少女が一斉にこちらを向く。
他の避難民や警察官も注目した。
「最初は、仲間を裏切って罠にハメたのかって思ったんスけど、俺、そんな作戦知らねぇし、違うなって……」
「そうだな。我々の部隊は、市民病院を破壊した後はそこを拠点にして、治療を求める避難民を迎え撃つ手筈だった。この作戦で、住民の協力者は居ない」
ソルニャーク隊長が肯定する。
警察官は顔を見合わせたが、何も言わなかった。
「そうなんッスよね。それで、何でかなって思ったんスよ」
少年少女は互いに目配せし、何か囁き合う。
ピナと呼ばれた少女は、少年兵と少年少女の群に視線を巡らせ、反応を待った。
ピナの兄らしき若者もモーフを見詰める。その目には何故か憎悪の色はなく、穏やかだ。
「おい、お前ら何とか言えよ。何でお前らの街を焼いた俺らを憎まねぇんだよ」
「……憎まれたいのか?」
ややあって、少年の一人が立ち上がる。威嚇しようと思ったのか、声だけは大きいが、震えていた。
モーフは少年の虚勢に気付かぬフリで答えた。
「そうだ。その為にやったんだ。俺たちだって、お前らを憎んでる」
少年兵モーフの視線に射抜かれ、その少年は身を固くして唇を噛んだ。
他の少年少女は目を泳がせ、あるいは俯いて少年兵から視線を逸らす。
モーフは少年から目を逸らさず、更に言った。
「俺たちには魔力がない。お前らにも魔力がないから、こんなとこで固まってんだろ?」
少年が機械的な動作で頷く。
魔法使いの工員が天を仰ぎ、警官は地を見詰めた。
湖の民の癒し手は、まだ目を覚まさない。
「お前らはキレイな街に住んで、毎日学校へ行って、毎日メシ食って、キレイな水を飲んでるから、病気にもならない」
モーフはそこで言葉を区切ったが、彼らには話が見えないのか、反応がない。
少年兵は一気に続きを捲し立てた。
「でも、俺たちの街は、半世紀の内乱からの復興もまだで、家はボロボロの小屋の奴が多くて、学校へ行く代わりに生活費を稼ぎに工場で働いて、それでも、カビの生えたパンとか、野菜屑みてぇなもんしか食えなくて、水はしょっぱい上に鉱毒で汚れてるから、次々病気になって、毎日のように人が死んでる。しかも、病院もない」
誰も口を挟まず、モーフの淡々とした声だけが響いた。
「何で、同じ力なき陸の民なのに、こんなに扱いが違うんだ? 俺たちが何か悪いコトでもしたってのか?」
群の中から、別の少年が立ち上がった。
服に血が滲み、左腕は折れたのか、応急処置が施されている。
「だから、何だってんだ? 俺たちだって何もしちゃいねぇよ。大体、お前ら何者だ?」
こちらは虚勢ではなく、苛立ちと蔑みを吐き捨てるような声だ。
モーフが全く臆することなく、即答する。
「俺たちはリストヴァー自治区の星の道義勇軍だ。さぁ、お前も質問に答えろ」
「自治区民の分際で、命令すんな」
少年も、打てば響く勢いで言い返した。
その一言で、義勇兵に緊張が走る。老兵が明らかに殺気を漲らせた。
☆俺たちの街は、半世紀の内乱からの復興もまだ……「0013.星の道義勇軍」「0026.三十年の不満」参照




