615.首都外の情報
昼食も、朝と同じような薄いスープだが、みじん切りにしたソーセージが入っていて、少し具が多い。
焼き立てのコッペパンは、拳大のものが一人一個。食事の内容に文句を言う帰還難民は居なかったが、不安の声は食堂のあちこちから聞こえた。
「道路が封鎖されてるワケじゃないんだろ?」
「魔法使いの人が【無尽袋】に詰めて【跳躍】してくれればいいのにな」
「こんなコトになるってわかってりゃ、戻って来なかったのに」
「アミトスチグマへ行けばよかった」
その声で、みんな何となく港の方を見た。
帰還難民センターの窓から見える湖面は、秋の日射しに照り映えて穏やかだが、一隻の船も見えない。
異変を知ったラクリマリス政府が、難民の帰還と食糧の支援を停止したのかもしれないと気付き、クルィーロは胃が痛んだ。
ネモラリス共和国は、ネーニア島を中心にアーテルの空襲で荒廃し、農村地区の住人も多くが身の安全の為、国内外へ逃れたらしい。港湾設備も破壊され、輸出入や漁業も難しくなっている。
……このまま戦争が続いたら、この冬、どんだけ餓死者が出るかわかんないよな。
大勢の難民が周辺国に流出すれば、各国の食糧事情も悪化する。
食う為の犯罪で治安が悪化すれば、強制送還もあり得るだろう。
……どこへ行っても、一緒……か。
父と再会できれば心強いが、不安は拭い去れない。
鞄には堅パンなどが入っているが、節約しても一週間がせいぜいだろう。
「おかえりなさい!」
「うん、ただいま」
「ティスちゃん、いい子でお留守番してた?」
厨房の手伝いから戻ったレノとピナティフィダが、エランティスの両隣りに腰を下ろした。
大人しく待っていたエランティスに駄賃としてもらった飴を握らせ、レノが力なく微笑む。
「どうした、レノ。厨房で何かあったのか?」
「ん? ……あー……別に……」
「何もないなら、何でそんな……」
クルィーロは幼馴染に食い下がった。
「元々、食料品の配送って連休明けなんだってさ。生野菜だけは、近郊の農家から休日とか関係なく二日に一回」
レノはクルィーロの方を見ず、スープ皿に視線を落として独り言のように言った。
まだ生きている野菜や果物は【無尽袋】には詰められない。今の首都をトラックで往来するのは、誰だってイヤだろう。
小麦粉の配送も、休み明けに来てもらえるかどうか、微妙らしい。
厨房の職員の話では今、役所が食品会社と電話で交渉しているのだと言う。
「ま、まぁ、今はこうして食べられるんだし、食える内に食っとこう。……あ、俺、あっためますよ」
アウェッラーナに声を掛ける。クルィーロは【操水】の術でスープを集め、今朝、薬師がしたように温め直してそれぞれの皿に戻した。
クルィーロは、ドーシチ市の屋敷やランテルナ島の拠点で魔法薬作りの手伝いをして、【操水】の術がかなり上達した。【魔除け】や【退魔】、【不可視の盾】も間違いなく唱えられるようになった。
だが、それだけだ。
さっき、FMクレーヴェルのDJは、ネミュス解放軍は魔法の【鎧】を着て【光の槍】を撃てる集団だと言っていた。
クルィーロの魔力と知っている術では、政府軍と解放軍の戦闘の巻き添えから、全く身を守れない。
これなら、アーテル・ラニスタ連合軍の空襲の方が、【操水】である程度は防げた分、まだマシだ。
……鉢合わせしないで首都を脱出できれば……いや、どこ行きゃいいんだ?
父の会社は、本社が首都クレーヴェル。支社はゼルノー市と北ザカート市だ。どちらの支社も空襲でやられている。
クルィーロが勤めるジョールトイ機械工業も、本社はクレーヴェルで、工場はゼルノー市。下っ端工員のクルィーロは、本社に行ったことがない。それに、こんな状況では、会社に頼ったところでどうにもならないだろう。
……首都を出て、隊長さんたちみたいにレーチカか、ギアツィントか……ネモラリス島の西側にある港町で、ネーニア島行きの船が出るのを待った方がいいのかな?
船がいつ動くかは、全くわからない。
その間に戦闘が終息するか、戦線が拡大するか。
今の時点では予測できないが、首都に留まるよりはマシな気がした。
みんなも、これからのことを考えているのか、同じテーブルを囲む仲間たちは黙々とスープを食べる。
「アマナ、いい子で待ってろよ」
味気ない食事を終え、妹の頭をなでると、クルィーロは皿洗いの手伝いに厨房へ行った。
「兄ちゃん、ありがとよ」
「助かるわぁ」
危険を押して出勤した職員二人が笑顔で迎える。クルィーロは、救われたような安心感が湧いて笑顔を返した。
使用済みの食器を三等分し、同時に【操水】を唱える。プラスチックの食器を数枚ずつ水に入れ、加温して汚れを引き剥がしてゆく。洗いあげた食器を次々と棚に片付け、十分程で作業が終わった。
「ご苦労さん」
「ありがとね」
年配の女性職員がエプロンのポケットから飴を取り出し、クルィーロに握らせる。
「兄ちゃんたちの方が大変だってのに、ここの手伝いまでしてくれて、ホントに有難ぇこった」
「そうそう、あのパン屋さんの兄妹もねぇ。若いのに腕もしっかりしてるし」
「お二人こそ、危ないのに来て下さってありがとうございます。お陰で、俺たち、見捨てられてないんだって思えて、心強いです」
クルィーロが改まって言うと、二人は苦笑した。
「他の厨房担当は、この近所の力なき民なんだ。流石にあの人たちに出て来いなんて言えないよ」
「そうそう。私らは他所から【跳躍】で通ってるからね、いいんだよ」
「でも、【跳躍】って防壁の中までは……」
「すぐ傍に出て、大きい道に入れば、公園とか決まったとこには跳べるんだよ」
「ここは、隣の港公園がそうね。だから、心配いらないのよ」
それなら、門と道路が封鎖されなければ大丈夫だろう。
……あれっ? あいつらって政府軍の進軍を止めないのか?
首都の内部に入ってしまえば【跳躍】できるなら、戦術として真っ先に各門を封鎖しそうなものだ。
「なんで門を閉めないんでしょうね?」
「ラジオでずっと言ってるけど、一般市民を避難させる為だろうな。今朝も、乗用車やらトラックやらがどんどん出て行くのを見たぞ」
「どうせ一般市民を逃がしてくれるんなら、クーデターを起こす前に言ってもらいたいもんだわ」
それでは不意討ちできず、どこも占拠できなかっただろう。
男二人の目が合って、何となくわかり合った苦笑が浮かぶ。
「お二人はどこから来て下さってるんですか?」
「レーチカ市だ」
「私も。こっちはまだ平和なもんよ。私の魔力がもっと強けりゃ、子供らだけでも連れてってあげられるんだけどねぇ」
それには男性職員も眉を下げ、クルィーロに気の毒そうな目を向けた。
「俺、修行が足りなくて【跳躍】使えないんで、お二人は跳べるってだけでもスゴいですよ」
「おだてたって何も出んぞ」
三人はひとしきり笑って、ふと真顔に戻った。




