613.熱弁する若者
「魔哮砲を使おうって言った奴らを皆殺しにするか、生け捕ってアーテルに引き渡せば、戦争……終わるんじゃないのか?」
他のテーブルの数人が小さく頷いたが、元移動販売店の七人や隣のテーブルの人々は、険しい表情で若者の主張に耳を傾ける。
薬師アウェッラーナは、帰還難民の若者の言葉に呆れた。
……アーテルの軍や政府が「首謀者はこれで全員です」って言われて「ハイ、そうですか」って素直に信じてくれるとでも思ってるの?
それだけではない。空襲で全てを失った人々が、個人やグループでゲリラ攻撃を仕掛けていた。
諜報員ラゾールニクの話では、警備員オリョールたちのようなネモラリス人有志の武闘派ゲリラの集団はたくさんあるらしい。そのグループや個人間の連携が全くなく、現場で鉢合わせして、互いの足を引っ張ることもあったと言う。
既に、アーテルの国民にも被害が出ている。
空軍基地もひとつ壊滅させた。
……国会議員の首を差し出したくらいで収集がつくとは思えないけど……?
「俺、選挙には毎回行くけど、与党の連中に投票したコトなんてないんだ。俺はあんな奴ら認めてない。それなのに、あんなのと一緒にされてたまるかってんだ!」
若者の主張が熱を帯び、頷く人数が増える。
確かに、与党の支持者でない者、殺された反対派議員の支持者にしてみれば、同類扱いされるのは心外だろう。
……でも、民主主義って、そう言うモノなんじゃないの?
薬師アウェッラーナ自身、よくわかっていないので、彼の言い分に訂正を入れられないが、国王一人が全ての決定権と責任を負う絶対王政や神政とは全く違う。
みんなに決定権がある代わりに、その責任も負う。
その責任を命で償えと言われたのでは堪ったものではない、と言うのは気持ちの上では彼の言う通りだ。
自分が信任し、票を投じたのではない議員のしでかしたことなら尚更だ。
……でも、そんなの、アーテルの人たちは納得しないでしょうし、ネモラリス人の一人一人に誰に投票したか聞いて回ったって、正直に答えるとは限らないんだし。
理屈の上では、アーテルの攻撃対象が無差別にならざるを得ないことはわからなくもないが、その中には選挙権を持たない子供や入院していて選挙に行けなかった人なども含まれる。
三十年前の決定について、この若者のように今は大人でも当時は生まれて居なかった人々にまで、その責任を負わせようと言うのは、あまりにも理不尽だ。
この国に生まれたと言うだけで、生まれる前のことの責任まで命で償え、と言う理屈が通るなら、民主主義の制度は大量虐殺の口実になってしまうではないか。
……外国には、これで世の中上手く回ってるとこもいっぱいあるみたいだけど、いいことばっかりじゃないのよね。
少なくとも、六十年近くをラキュス湖畔で生きてきた湖の民アウェッラーナにとっては、よくないことの方が多かった。
半世紀の内乱も、星の道義勇軍のテロも、この戦争も、直接の原因や遠因は、この地の状況に馴染まない民主主義の制度のような気がする。
「俺は、大昔の王国時代のコトって、歴史の教科書や映画くらいでしか知らないけど、ネミュス解放軍の言う通り、神政に戻した方がいいんじゃないかって気がしてきた」
みんなはどうだ? と言いたげに、若者が居合わせた三十人余りをゆっくり見回す。何人かは頷いたが、大半は若者の視線から逃れるように顔を逸らした。
ラキュス・ラクリマリス王国……湖の民ラキュス・ネーニア家と陸の民ラクリマリス家の共同統治による神政時代は、今からざっと百八十年程前に共和制に変わり、アウェッラーナも知らない。
呪医セプテントリオーやクロエーニィエ店長なら知っているが、彼らは今、遠い。
「ねぇ、お兄ちゃんや、ネミュス解放軍に賛成ってこたぁ、あんた、戦いに参加すんのかい?」
若者の隣のテーブルから老婆が声を掛けた。髪が真っ白で人種はわからない。若者は白髪の老婆に向き直り、大地の色の頭を掻いた。
「んー……俺、力なき民だし、武器の使い方も知らないし、行っても足手纏いになるだけだからなぁ……」
足手纏いどころか、殺されればその骸が魔物を呼び寄せかねない。
戦場では完全にお荷物だ。
不用意に死なれては双方に被害が出かねない。
ネミュス解放軍自ら、今朝のラジオで戦闘区域を発表し、付近から避難するよう、住民に呼び掛け続けているのだ。FMクレーヴェル周辺に治安部隊が到着しても、すぐに戦闘が始まらないのは、それも理由のひとつかもしれなかった。
「うん。まぁ、あれだ……悔しいよな。魔力がなきゃ、何もできないなんてよ」
若者は声を落とすと同時に腰を下ろした。
帰還難民たちは、若者に何と声を掛けたものやらわからず、何とも言えない顔で再び新聞に視線を戻す。
「お兄ちゃん、私たち、これからどうなるの?」
エランティスの問いに、レノ店長が眉を下げる。テーブルを見詰めてゆっくり息を吐き、顔を上げた。
「母さんは、生きてる」
「ホント?」
「何で黙ってたの?」
エランティスが目を輝かせ、ピナティフィダは眉を寄せた。
「どこに居るか、全然……手掛かりがないんだ」
兄を挟んで座る妹たちを交互に見て、レノ店長が肩を落とした。途端にエランティスとピナティフィダの喜びが凋む。
薬師アウェッラーナは助け船を出した。
「あの時、沖に出ていた私の身内も、生きてるんです。もしかしたら、漁船に拾われたのかもしれませんね」
エランティスが縋る目を向けた。
「お姉ちゃんちのお船、今、どこに居るの?」
「う~ん……それも、わからないの。カリンドゥラさんが、知り合いに調べてもらった感じでは、王都の港には居ないみたいで……」
エランティスが表情を失い、レノ店長とピナティフィダが申し訳なさそうに小さく頭を下げる。アウェッラーナは顔の前で小さく手を振り、そんなつもりで言ったのではないと否定した。
「後で他の港を探しに行こうと思ってるんです。身分証と通帳が再発行されたら……えっと、王都をもう一回探して、それからフナリス群島の港、そこに居なければ、王都から船でグロム市に渡って、ネーニア島南部の港を探して……」
ネモラリス島がこんな状況では、この近くの港を探すのは無理だ。
可能性が高いのはゼルノー市のすぐ南のノージ市だろうか。
腥風樹の件もあって、どこまで探しに行けるかわからない。
レノ店長たちの母、パン屋のおかみさんが居るとすれば、どこかの港町だろう。
アウェッラーナの実家の船「光福三号」が直接助けたのでなくとも、その僚船が助けたなら、同じ港に避難している可能性がある。
「私も一緒に探しますから、諦めないでね。アミエーラさんとカリンドゥラさんみたいに、生きていれば、いつかは会えますから」
今の薬師アウェッラーナには、この子らを励ますことしかできなかった。
☆今朝のラジオで戦闘区域を発表……「610.FM局を包囲」参照
☆カリンドゥラさんが、王都の知り合いに調べてもらった……「563.それぞれの道」「572.別れ難い人々」参照




