612.国外情報到達
レノ店長には、先に食べていていいと言われたが、とてもそんなことはできない。元移動販売店の五人は、店長とピナティフィダの分を確保し、厨房の手伝いが終わるのを待った。
パンの焼き上がりは昼食に持ち越し、今、食べられるのはスープだけだ。
具が少ないのは、食材の配送がなかったからだとわかっているからか、帰還難民の誰からも文句が出なかった。
食べ終えた人々は、静かな曲を流すラジオをチラリと見て、ロークに会釈して食堂を出て行く。
「あれっ? 食べててくれてよかったのに」
「冷めちゃった……遅くなってごめんね。あっため直してもらおっか?」
レノ店長とピナティフィダが、アルミホイルの包みを手に戻ってきた。
「私が温め直しますよ。さ、座って下さい」
薬師アウェッラーナは【操水】で、冷めきったスープを集め、程々に加温して皿に戻した。クルィーロがその様子をじっと見詰めて小さく頷く。レノ店長とピナティフィダは、ホッとして礼を言った。
「いいえ、こちらこそ、こんな大勢のスープを作って下さってありがとうございます」
「いえいえ、俺たち、ちょっと手伝っただけなんで……あ、パンは昼ごはんの頃には焼き上がりますよ」
仮設住宅から食事に通う人々は来なかったが、それでもざっと百人くらいは居ただろうか。
帰還難民センターの食堂に集まった人々は、このテーブルも含めて三十人ばかりに減っていた。
「仕事の報酬も、もらったし……」
言いながら、レノ店長がホイルの包みを開くと、香ばしい匂いが広がった。こんがり焼けたソーセージが七本、湯気を立てている。
「一人一本、冷めない内にどうぞ」
「えっ? でも、俺、何もしてないし……」
「そう言うの、気になる? えっと、ローク君はラジオ代だと思ってくれればいいよ。他のみんなも、道中ずっとお世話になってたし」
「私たち二人だけ食べたんじゃ、喉詰まりそうよ」
ピナティフィダがフォークを配りながら言うと、エランティスは満面に笑みを浮かべ、ソーセージにかぶりついた。
「お姉ちゃん、ありがとう」
つられてみんなも口々に礼を言い、アツアツのソーセージを頬張った。
食事を終え、一息つく間もなく、クルィーロが食器を回収して厨房へ向かう。
「あぁ、みんなは座ってていいから」
そう言われて、腰を浮かせかけたアマナが渋々座り直した。
……皿洗いの手伝いをしに行くのね。
薬師アウェッラーナが昨日、職員から聞いた話では、帰還難民センターに身を寄せる人々の大部分は、力なき民とのことだった。食堂を見回すと、湖の民はアウェッラーナも含めてほんの数人しか居ない。
力ある民は、行くアテがあれば自力で【跳躍】するので、身分証と通帳の再発行以外では、そもそもセンターを頼る必要がない。
アテがない人でも、仕事が決まりやすいので、職場が住居を斡旋してくれるか、給金が入れば自力で住まいをみつけやすい。
賃貸の大家さんたちは、力ある民の入居を歓迎する。所有物件の各種防護の術を確実に作動させ、火災などから守れる為だ。魔力代として、家賃を少し負けてくれることさえあった。
……ここに居るのは、ホントに弱い人たちばかりなのよね。
ラジオを聴く為に近くの席に集まった人々は、新聞を読んでいた。ひとつのテーブルに一部か二部。テーブルに広げて額を寄せ合い、食い入るように読む。
……あれって今朝の朝刊? 配達できたの? 後で見せてもらおう。
ページをめくった女性と目が合った。
年配の女性は昨夜、一緒にアミエーラたちの歌を聴いた遅番パートの妻だ。隣に夫も居る。
「あぁ、これかい? 昨日の朝、フリマで買ったんだよ。パート代の端数を緑青飴でくれるから、持て余しちゃってね。飴だったら何でもいいって言うから、全部交換してもらったのよ」
「おいおい、それじゃモノが何だかわからんだろ。……薬師さん、これ、湖南経済新聞のラクリマリス版とアミトスチグマ版。それぞれ昨日までの一週間分ずつだ」
妻の説明に夫が苦笑して言い添えた。
「外国の新聞なんですか?」
薬師アウェッラーナは、年配の男性の説明に首を傾げた。それを読んでも、暇潰しくらいにしかならないような気がする。
年配の夫婦は、湖の民の薬師の疑問を察し、目配せした。
「アミトスチグマ版には、難民キャンプに避難した人のインタビューが載ってるのよ」
「で、ラクリマリス版は、腥風樹の件やら魔哮砲の件がこっちのより詳しく載ってる」
「えっ? 何て書いてあるんですか?」
思わず身を乗り出したアウェッラーナに、夫が苦笑する。
「そいつを今、手分けして読んでんだけどな。……色々、こっちじゃ載ってないコトが書いてあって、何を信じりゃいいのか、わかんなくなってきたぞ」
「俺、ネミュス解放軍の言い分が正しいような気がしてきた」他のテーブルで読んでいた若者が立ち上がり、食堂に残った人々を見回した。「ここに載ってんのが全部、ホントのコトだったら、だけどさ」
居合わせた帰還難民たちが、何とも言えない顔を近くの者と見合わせる。
外国の新聞を読んだ者も、そうでない者も、何が正しい情報なのか、判断材料があまりにも少ない。年配の男性が言う通り、どの情報が正しく、何を信じていいかわからないのだ。
若者は、その微妙な反応にも動じることなく、続けた。
「今のネモラリス政府……いや、与党の連中は、内乱が終わってからこっそり魔法生物を発掘して、軍事利用する研究をさせてたってコトだろ?」
新聞を読んだ者たちが小さく頷く。
薬師アウェッラーナたちは、その情報をファーキルのタブレット端末で知った。ラクエウス議員と両輪の軸党のアサコール党首の告発動画と同じ情報が、今になって外国の新聞に載ったのか、と胸の奥に何とも言えない不安が澱む。
「与党の連中は、俺たちが知らない間……俺が生まれる前からずっと!」
食堂が静まり返り、ラジオから流れる古典音楽が、無音よりも静かに感じさせた。
「議員宿舎襲撃事件も、与党が軍に命令してやらせたコトで、魔哮砲はダメだって反対した議員さんたちを……こ……殺したり、とか……」
……ファーキル君の機械で見せてもらったニュースが、ネモラリス人に届いたから、ネミュス解放軍を結成して武装蜂起したって言うの?
星の道義勇軍がゼルノー市を襲撃した無差別テロとは違い、標的が明確な分、人々は落ち着いている。アウェッラーナ自身もそうだ。
戦闘区域が拡大しないなら、下手に動くより、彼らの眼中になさそうなここに留まった方が安全だと思えた。
☆一緒にアミエーラたちの歌を聴いた遅番パート……「600.放送局の占拠」参照
☆飴だったら何でもいい……「575.二カ国の新聞」参照




