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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十四章 道程

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612.国外情報到達

 レノ店長には、先に食べていていいと言われたが、とてもそんなことはできない。元移動販売店の五人は、店長とピナティフィダの分を確保し、厨房の手伝いが終わるのを待った。


 パンの焼き上がりは昼食に持ち越し、今、食べられるのはスープだけだ。

 具が少ないのは、食材の配送がなかったからだとわかっているからか、帰還難民の誰からも文句が出なかった。


 食べ終えた人々は、静かな曲を流すラジオをチラリと見て、ロークに会釈して食堂を出て行く。



 「あれっ? 食べててくれてよかったのに」

 「冷めちゃった……遅くなってごめんね。あっため直してもらおっか?」

 レノ店長とピナティフィダが、アルミホイルの包みを手に戻ってきた。


 「私が温め直しますよ。さ、座って下さい」

 薬師(くすし)アウェッラーナは【操水】で、冷めきったスープを集め、程々に加温して皿に戻した。クルィーロがその様子をじっと見詰めて小さく頷く。レノ店長とピナティフィダは、ホッとして礼を言った。


 「いいえ、こちらこそ、こんな大勢のスープを作って下さってありがとうございます」

 「いえいえ、俺たち、ちょっと手伝っただけなんで……あ、パンは昼ごはんの頃には焼き上がりますよ」


 仮設住宅から食事に通う人々は来なかったが、それでもざっと百人くらいは居ただろうか。

 帰還難民センターの食堂に集まった人々は、このテーブルも含めて三十人ばかりに減っていた。


 「仕事の報酬も、もらったし……」

 言いながら、レノ店長がホイルの包みを開くと、香ばしい匂いが広がった。こんがり焼けたソーセージが七本、湯気を立てている。

 「一人一本、冷めない内にどうぞ」


 「えっ? でも、俺、何もしてないし……」

 「そう言うの、気になる? えっと、ローク君はラジオ代だと思ってくれればいいよ。他のみんなも、道中ずっとお世話になってたし」

 「私たち二人だけ食べたんじゃ、喉詰まりそうよ」

 ピナティフィダがフォークを配りながら言うと、エランティスは満面に笑みを浮かべ、ソーセージにかぶりついた。

 「お姉ちゃん、ありがとう」

 つられてみんなも口々に礼を言い、アツアツのソーセージを頬張った。



 食事を終え、一息つく間もなく、クルィーロが食器を回収して厨房へ向かう。

 「あぁ、みんなは座ってていいから」

 そう言われて、腰を浮かせかけたアマナが渋々座り直した。


 ……皿洗いの手伝いをしに行くのね。


 薬師(くすし)アウェッラーナが昨日、職員から聞いた話では、帰還難民センターに身を寄せる人々の大部分は、力なき民とのことだった。食堂を見回すと、湖の民はアウェッラーナも含めてほんの数人しか居ない。


 力ある民は、行くアテがあれば自力で【跳躍】するので、身分証と通帳の再発行以外では、そもそもセンターを頼る必要がない。

 アテがない人でも、仕事が決まりやすいので、職場が住居を斡旋してくれるか、給金が入れば自力で住まいをみつけやすい。

 賃貸の大家さんたちは、力ある民の入居を歓迎する。所有物件の各種防護の術を確実に作動させ、火災などから守れる為だ。魔力代として、家賃を少し負けてくれることさえあった。


 ……ここに居るのは、ホントに弱い人たちばかりなのよね。


 ラジオを聴く為に近くの席に集まった人々は、新聞を読んでいた。ひとつのテーブルに一部か二部。テーブルに広げて額を寄せ合い、食い入るように読む。


 ……あれって今朝の朝刊? 配達できたの? 後で見せてもらおう。


 ページをめくった女性と目が合った。

 年配の女性は昨夜、一緒にアミエーラたちの歌を聴いた遅番パートの妻だ。隣に夫も居る。

 「あぁ、これかい? 昨日の朝、フリマで買ったんだよ。パート代の端数を緑青飴(ろくしょうあめ)でくれるから、持て余しちゃってね。飴だったら何でもいいって言うから、全部交換してもらったのよ」

 「おいおい、それじゃモノが何だかわからんだろ。……薬師(くすし)さん、これ、湖南経済新聞のラクリマリス版とアミトスチグマ版。それぞれ昨日までの一週間分ずつだ」

 妻の説明に夫が苦笑して言い添えた。


 「外国の新聞なんですか?」

 薬師アウェッラーナは、年配の男性の説明に首を傾げた。それを読んでも、暇潰しくらいにしかならないような気がする。

 年配の夫婦は、湖の民の薬師の疑問を察し、目配せした。


 「アミトスチグマ版には、難民キャンプに避難した人のインタビューが載ってるのよ」

 「で、ラクリマリス版は、腥風樹(せいふうじゅ)の件やら魔哮砲の件がこっちのより詳しく載ってる」

 「えっ? 何て書いてあるんですか?」

 思わず身を乗り出したアウェッラーナに、夫が苦笑する。

 「そいつを今、手分けして読んでんだけどな。……色々、こっちじゃ載ってないコトが書いてあって、何を信じりゃいいのか、わかんなくなってきたぞ」


 「俺、ネミュス解放軍の言い分が正しいような気がしてきた」他のテーブルで読んでいた若者が立ち上がり、食堂に残った人々を見回した。「ここに載ってんのが全部、ホントのコトだったら、だけどさ」


 居合わせた帰還難民たちが、何とも言えない顔を近くの者と見合わせる。

 外国の新聞を読んだ者も、そうでない者も、何が正しい情報なのか、判断材料があまりにも少ない。年配の男性が言う通り、どの情報が正しく、何を信じていいかわからないのだ。

 若者は、その微妙な反応にも動じることなく、続けた。


 「今のネモラリス政府……いや、与党の連中は、内乱が終わってからこっそり魔法生物を発掘して、軍事利用する研究をさせてたってコトだろ?」

 新聞を読んだ者たちが小さく頷く。


 薬師(くすし)アウェッラーナたちは、その情報をファーキルのタブレット端末で知った。ラクエウス議員と両輪の軸党のアサコール党首の告発動画と同じ情報が、今になって外国の新聞に載ったのか、と胸の奥に何とも言えない不安が澱む。


 「与党の連中は、俺たちが知らない間……俺が生まれる前からずっと!」

 食堂が静まり返り、ラジオから流れる古典音楽が、無音よりも静かに感じさせた。


 「議員宿舎襲撃事件も、与党が軍に命令してやらせたコトで、魔哮砲はダメだって反対した議員さんたちを……こ……殺したり、とか……」


 ……ファーキル君の機械で見せてもらったニュースが、ネモラリス人に届いたから、ネミュス解放軍を結成して武装蜂起したって言うの?


 星の道義勇軍がゼルノー市を襲撃した無差別テロとは違い、標的が明確な分、人々は落ち着いている。アウェッラーナ自身もそうだ。

 戦闘区域が拡大しないなら、下手に動くより、彼らの眼中になさそうなここに留まった方が安全だと思えた。

☆一緒にアミエーラたちの歌を聴いた遅番パート……「600.放送局の占拠」参照

☆飴だったら何でもいい……「575.二カ国の新聞」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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