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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十四章 道程

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606.人影のない港

 カーラジオは、どこの局に合わせても、昨日からずっとイカレた連中のお題目ばかり流していた。

 同じ女の声が、同じことばかり言っている。

 録音をネモラリスの全局に配ったのだろう。


 メドヴェージがうんざりした顔でラジオを切った。

 「隊長、どうしやす?」


 「どうするもこうするも……」ソルニャーク隊長が、口の端に皮肉な笑みを浮かべる。「今の我々は丸腰だ。魔法使いの武装勢力と政府軍の戦闘に巻き込まれぬよう、大人しくする他あるまい」

 「大人しくって……」

 少年兵モーフは、後の言葉を飲み込んだ。


 ……勝てるワケねぇ。


 ゼルノー市の作戦では、あんなにたっぷり武器と「魔法使いの力を奪う道具」を用意して奇襲をかけても、治安部隊と警察どころか、一般市民の魔法使いたちにも負けて、捕えられてしまったのだ。


 メドヴェージが運転席の扉を閉め、窓枠に肘を置いた。

 三人はトラックの前に立ち、朝のレーチカ港を見回す。


 港の外れからは、荷を積み下ろすコンテナヤードと倉庫街が見渡せたが、港湾労働者の姿はない。


 大きな船はいつから係留されているのかわからないが、(ふなべり)を小さな波が小刻みに洗っていた。船体には岸壁と同じ小さな貝が、びっしりこびり付いている。

 ずっと向こうの旅客用ターミナルは、空襲被害からの復旧作業中だったが、連休中で作業は休み。クーデターの発生で、連休明けに再開できるかどうか微妙だ。


 「モーフ、言いたいことがあるなら、遠慮せず言ってみろ」

 荷台に背を預けたソルニャーク隊長が腕組みを(ほど)いてモーフに向き直る。いつものやさしい目に促され、少年兵モーフは喉に引っ掛かった言葉を吐き出した。


 「ピ……みんなを……助けに行かないんスか? 今頃、首都じゃドンパチやって……」

 「状況がわからん。入って来るのは“ネミュス解放軍”とやらの一方的な宣言だけだ」

 「放送局が乗っ取られたくらいだ。新聞社も無事かどうかわかんねぇし、新聞配達どころじゃねぇだろうな」

 メドヴェージに言われるまでもなく、モーフにもわかった。


 「ネミュス解放軍の人数や戦力、どこをどう制圧したのかなど、戦況は全く不明だが、ひとつだけ、はっきりしていることはある」

 「なんスか?」

 少年兵モーフの問いにソルニャーク隊長とメドヴェージは同時に肩を(すく)めた。

 メドヴェージは仕方のない奴だな、と言いたげな苦笑を浮かべたが、ソルニャーク隊長は僅かに表情を険しくして答えた。


 「キルクルス教徒の排除だ」

 「何か小難しいコト言ってたのって、それなんスか? じゃあ何で、自治区じゃなくて首都の放送局なんか……」

 「放送の内容が建前でないなら、彼らの目的は民主化前、キルクルス教伝来以前の旧王国時代の再現だ。民主主義の政体を廃止し、王政……いや、神政への復古を望んでいる」

 「それで、どう……? 国の偉い奴の首がすげ変わるだけじゃないんスか?」


 少年兵モーフには、政治のことなどわからない。

 ただ、ピナたち、首都クレーヴェルの帰還難民センターに居る旅の仲間が心配だった。


 ……隊長がこんな薄情な奴だったなんて……!


 「ここはネモラリス島第二の大都市だ。いつ、戦闘が波及するとも知れん」

 「だったら、余計に……!」

 「我々もレノ店長たちも、この島には土地勘がない。助けに行ったところで、安全な避難場所がわからん」

 焦燥に上ずるモーフの声を隊長の静かな声が遮った。


 「でも、助けに行くくらい……!」

 「闇雲に逃げ回んのか? 燃料にゃ、限りがあるんだぞ?」

 「カネなら……」

 モーフはウェストポーチを叩き、余計な口を挟むおっさんに言い返すが、隊長に手振りで黙らされた。


 「トラックを容れてきた袋は、生き物と液体は容れられないと言っていただろう」

 ソルニャーク隊長が、手前に繋がれた巨大な魔道機船に目を向ける。

 少年兵モーフは、運び屋フィアールカの説明を思い出し、素直に頷いた。


 「あのタンカーは、もう何か月も放置されているようだ。これがどう言うことか、わかるか?」



 少年兵モーフは、船底にこびりついた汚れや貝を落とす求人を思い出した。

 非力な子供には無理だと断られたが、モーフは給金の高さに食い下がった。口入れ屋たちに、これが如何に重要で失敗が許されない仕事か、懇々と諭された。

 「あんなちっこい貝でもな、放っといたら船底に穴が開くんだよ。取りこぼしがあったじゃ済まねぇ」

 「船が沈んだら、坊主の曾孫の代まで掛かっても、まだ弁償が終わんねぇくらい借金抱えるハメになるんだぞ」

 そこまで言われては、引き下がらざるを得なかった。



 苦い記憶を呼び起こしたタンカーから、ソルニャーク隊長に視線を戻す。

 「どう言うコトっスか?」

 「燃料の輸入が滞り、カネがあっても買えないということだ」


 湖上封鎖の影響だ。

 ラクリマリス王国が僅かに通す航路は、難民と救援物資しか運ばせてもらえないらしい。だが、アーテルの空襲からも守ってくれている。


 少年兵モーフは、行き場のない憤りに拳を握った。

 「だからって、ピナを見殺しにするんスかッ?」

 「港湾施設は場合によっては制圧の対象に……」

 「だったら早く……!」

 「帰還難民センターと港は、かなり距離があっただろう。弱者しか居ないセンターをわざわざ襲撃するとも思えん。状況がわかるまで、余計な手出しをしない方が安全だ」

 「状況がわかんねぇのに、何で大丈夫だって言うんスかッ!」


 「坊主、落ち着けよ」

 駆け出そうとするモーフの肩をメドヴェージのごつい手が捕まえた。


 ソルニャーク隊長が、倉庫街の方を向いて言う。

 「彼らの目的は、国民を皆殺しにすることではない」

 「あの子らは、フラクシヌス教徒だ。悪いようにゃされんさ」

 メドヴェージがモーフの両肩に手を置いて、やさしく言って聞かせた。


 ……隊長もおっさんも、みんなが心配じゃねぇのかよ?


 少年兵モーフは、何もできない無力に奥歯を噛みしめ、メドヴェージを睨みつけた。悲しそうな目に見詰め返され、思わず視線を逸らす。


 水平線上にポツリと影が現れた。

 どんどん大きくなる。


 魔道機船だ。


 「モーフ、乗れッ!」

 ソルニャーク隊長に腕を掴まれ、荷台に連れて行かれる。運転席の扉が開閉する音に振り向く。

 「さっさと乗れッ!」

 窓から身を乗り出した運転手に怒鳴られ、モーフは隊長と並んで駆ける。


 少年兵が荷台に飛び乗ると、隊長が有無を言わさず扉を閉めた。一瞬で光を奪われ、手探りで運転席背後の係員室へ向かう。

 助手席が閉まると同時にエンジンが始動した。


 「あの紋章は、ネモラリス水軍……」

 「じゃ、あのでけぇのは、軍艦ですかい」


 少年兵モーフはバックミラー越しにメドヴェージと目が合った。


 係員室の小窓から見える軍艦はまだ遠かったが、明らかにタンカーより大きい。アーテルの戦闘機を迎撃していた防空艦の一隻が、クーデター対応で呼び戻されたのだろう。


 「どこ行くんスか?」

 「ネモラリス島の北西部へ向かう」

 「えぇッ?」

 少年兵モーフは隊長の言葉に耳を疑った。ますますピナたちから離れてしまう。

 メドヴェージは納得したのか、トラックを山の方へ向け、倉庫街の輸送道路を突っ切った。


 「何でそんな方へ……!」

 「首都へ向かうのが危険だとわからんのか?」

 ソルニャーク隊長に呆れた声で聞き返され、少年兵モーフは荷台の床に(うずくま)った。

☆イカレた連中のお題目……「600.放送局の占拠」「601.解放軍の声明」参照

☆帰還難民センターと港は、かなり距離があった……「576.最後の荷造り」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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