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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三章 印歴二一九一年二月三日
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0062.輪の外の視線

 軽い切り傷などは、緑髪の薬師(くすし)の魔法で治ったが、骨折は無理らしい。


 濃い茶髪の少女が、警官に教えられながら怪我人の手当てをする。普通の応急処置だ。魔女なんかではなく、力なき民のフラクシヌス教徒なのだろう。

 少女は、大人の避難民も、同年代の少年少女も、星の道義勇兵も、分け(へだ)てなく手当てする。


 元トラック運転手のメドヴェージが、妙な方向に曲がった腕を引っ込めた。

 「おい、嬢ちゃん、いいのか? 俺たちは……」

 「いいんです。知ってます。今は、ここの誰にも、死んで欲しくないんです」

 少女は元運転手の顔を見もせず、強引に腕を(つか)み、応急処置をする。元運転手はそれ以上抵抗せず、痛みで顔を(ゆが)めながらも、大人しく手当てを受けた。


 少年兵モーフは、黙ってそれを見守る。

 攻撃の命令がないのでソルニャーク隊長を見たが、別の隊員の手当てに忙しく、それどころではなさそうだ。

 何をすればいいかわからず、膝を抱えて(うずくま)り、人々を観察する。



 星の道義勇兵は、モーフを含めて十一人居たが、今は六人だけだ。

 警察署襲撃班は、元々負傷していたからか、一人も残らなかった。

 病院襲撃班の隊長とモーフには、大した怪我がなく、意識がはっきりしているのは良かったが、だからと言ってできることは何もない。他は骨折や捻挫(ねんざ)で、あまりいい状態とは言えなかった。


 湖の民の魔女は、魔力を使い果たしたとかで倒れてしまった。薬師(くすし)が居ないのでは、これ以上の治療はできない。

 魔女の横に腰を降ろした魔法使いの工員が、妹らしき金髪の女の子を毛布に(くる)んで抱きしめた。

 その隣でも同様に、妹らしき子を抱えた陸の民の青年が、呆然と座り込む。傍らには、意識を失った年配の男性が横たえられ、毛布を掛けてあった。この三人は応急処置をする少女と同じ色の髪だ。


 十四、五歳くらいの少年少女は合計九人。陸の民ばかり。髪は色々。

 少女一人だけが手当てを手伝い、他は警官の傍で一塊(ひとかたまり)で固まる。その警察官は、さっきまで魔法で水を操っていたが、今は何もせずに(うずくま)る。


 ……魔法って、無限に使えんのかと思ってたけど、そうでもないんだな。


 モーフは、魔力も体力同様、消耗すると知った。

 他の警官四人は、怪我人の手当てをする。バスの運転手と住民三人は意識不明。三人が重傷、若い男一人は軽傷だった。



 時折、高い空を爆撃機の群が通り過ぎる。

 現在の怪我の程度に関係なく、もう一度爆撃されれば、ひとり残らず消し飛ぶだろう。

 少年兵モーフは、別にそうなったらそれでも構わないと思った。

 その時には自分一人でなく、この場に居る魔法使いも道連れだ。


 魔法使いも疲れて動けなくなる。

 魔法使いも爆撃機には敵わない。


 そのことが、少年兵のモーフには小気味よかった。


 ……魔法使いだなんて威張ってても、タダの人間じゃないか。


 そんなことを思いながら、観察を続ける。

 手当てを手伝った少女は、できることがなくなったのか、年配の男性の傍らに腰を降ろした。

 「父さん……」

 小さく呟き、意識のない男性の手を握る。

 「ピナ、ちょっと休んどけよ」

 茶髪の男が丸めた毛布を差しだす。

 ピナと呼ばれた少女は(かす)かに(うなず)き、毛布を羽織(はお)った。兄妹なのか、よく見ると顔立ちが似ている。髪は同じ濃い茶色だ。


 ……ババアはもうくたばってるだろうけど、姉ちゃん、まだ生きてるかな?


 モーフは、リストヴァー自治区に残る家族を思い出した。

 姉は足が不自由で外へ働きに出られない。

 母が内職を探して辛うじて食い繋ぐ。モーフも、シーニー緑地へ出掛けた日は、蔓草(つるくさ)を採って細工物の素材として渡した。

 姉の蔓草細工は、仕上がりがキレイで丈夫で長持ちなので大抵、高く売れた。

 モーフが団地へ売りに行くと、現金だけでなく、オマケにちゃんとした野菜なども付けてくれた。



 陸の民の兄妹は、何も言わず物思いに(ふけ)る。

 魔法使いの工員と兄は、さっき親しげに(しゃべ)っていた。工員は金髪で、髪の色は違うが、親戚なのかもしれない。


 集団は、家族とその他に分かれたらしい。

 同年代の少年少女が群れるのは、友達だからなのか。

 少年少女の群が、手当てを手伝うピナをイヤな目つきで(にら)む。ずっとチラチラ視線を送り、仲間内で何やらひそひそ耳打ちし合った。


 モーフは少年少女をじっくり観察した。

 会話の内容は聞こえない。彼らの目つきと漏れ聞こえる声の調子から、良からぬことを(ささや)き合うのが充分、察せられた。


 ……あいつらは、あの子が嫌いなのか?


 理由はわからないが、憎んでいるようにも見える。

 そこまで考えて、少年兵モーフは彼らの異常な態度に気付いた。

 星の道義勇軍は空襲の前に街を襲い、彼らの家や家族を奪った。大通り、病院、警察、行く先々で「テロリスト」と呼ばれた。

 モーフはそう呼ばれることに、何の痛痒(つうよう)も感じなかった。

 憎まれればそれだけ、殺し甲斐があるとさえ思った。


 だが、この少年少女は、何もかもを奪ったテロリストではなく、怪我人を介抱した少女を睨む。一見やさしげな少女が、目の前に居る親の(かたき)を差し置いて、あんな大勢から憎まれる。


 ……あいつ、一体、何やらかしたんだ?


 少年兵モーフは、ピナと呼ばれた陸の民の少女に興味を持った。

 ピナは、兄と同じ焦げ茶の髪を長く伸ばし、どちらかと言えば、整った顔立ちで、大人しげな雰囲気だ。

 髪の色や年齢は全く違うが、どことなく姉と同じ空気を感じた。

 このピナが、テロリスト以上に忌み嫌われる理由は何か。


 ……仲間を裏切って罠にハメた? いや、俺たちはそんな作戦知らねーし。あいつらの食糧を盗んで親兄弟に食わせたとかか?


 色々と頭を(ひね)ったが、思い(いた)った結論は、どれもしっくり行かない物だった。

☆警察署襲撃班……「0020.警察の制圧戦」「0025.軍の初動対応」参照

☆病院襲撃班……作戦行動中「0008.いつもの病室」~「0019.壁越しの対話」、捕縛後「0037.母の心配の種」「0038.ついでに治療」「0053.初めてのこと」参照

☆湖の民の魔女は、魔力を使い果たした……「0058.敵と味方の塊」参照

 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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