0062.輪の外の視線
軽い切り傷などは、緑髪の薬師の魔法で治ったが、骨折は無理らしい。
濃い茶髪の少女が、警官に教えられながら怪我人の手当てをする。普通の応急処置だ。魔女なんかではなく、力なき民のフラクシヌス教徒なのだろう。
少女は、大人の避難民も、同年代の少年少女も、星の道義勇兵も、分け隔てなく手当てする。
元トラック運転手のメドヴェージが、妙な方向に曲がった腕を引っ込めた。
「おい、嬢ちゃん、いいのか? 俺たちは……」
「いいんです。知ってます。今は、ここの誰にも、死んで欲しくないんです」
少女は元運転手の顔を見もせず、強引に腕を掴み、応急処置をする。元運転手はそれ以上抵抗せず、痛みで顔を歪めながらも、大人しく手当てを受けた。
少年兵モーフは、黙ってそれを見守る。
攻撃の命令がないのでソルニャーク隊長を見たが、別の隊員の手当てに忙しく、それどころではなさそうだ。
何をすればいいかわからず、膝を抱えて蹲り、人々を観察する。
星の道義勇兵は、モーフを含めて十一人居たが、今は六人だけだ。
警察署襲撃班は、元々負傷していたからか、一人も残らなかった。
病院襲撃班の隊長とモーフには、大した怪我がなく、意識がはっきりしているのは良かったが、だからと言ってできることは何もない。他は骨折や捻挫で、あまりいい状態とは言えなかった。
湖の民の魔女は、魔力を使い果たしたとかで倒れてしまった。薬師が居ないのでは、これ以上の治療はできない。
魔女の横に腰を降ろした魔法使いの工員が、妹らしき金髪の女の子を毛布に包んで抱きしめた。
その隣でも同様に、妹らしき子を抱えた陸の民の青年が、呆然と座り込む。傍らには、意識を失った年配の男性が横たえられ、毛布を掛けてあった。この三人は応急処置をする少女と同じ色の髪だ。
十四、五歳くらいの少年少女は合計九人。陸の民ばかり。髪は色々。
少女一人だけが手当てを手伝い、他は警官の傍で一塊で固まる。その警察官は、さっきまで魔法で水を操っていたが、今は何もせずに蹲る。
……魔法って、無限に使えんのかと思ってたけど、そうでもないんだな。
モーフは、魔力も体力同様、消耗すると知った。
他の警官四人は、怪我人の手当てをする。バスの運転手と住民三人は意識不明。三人が重傷、若い男一人は軽傷だった。
時折、高い空を爆撃機の群が通り過ぎる。
現在の怪我の程度に関係なく、もう一度爆撃されれば、ひとり残らず消し飛ぶだろう。
少年兵モーフは、別にそうなったらそれでも構わないと思った。
その時には自分一人でなく、この場に居る魔法使いも道連れだ。
魔法使いも疲れて動けなくなる。
魔法使いも爆撃機には敵わない。
そのことが、少年兵のモーフには小気味よかった。
……魔法使いだなんて威張ってても、タダの人間じゃないか。
そんなことを思いながら、観察を続ける。
手当てを手伝った少女は、できることがなくなったのか、年配の男性の傍らに腰を降ろした。
「父さん……」
小さく呟き、意識のない男性の手を握る。
「ピナ、ちょっと休んどけよ」
茶髪の男が丸めた毛布を差しだす。
ピナと呼ばれた少女は微かに頷き、毛布を羽織った。兄妹なのか、よく見ると顔立ちが似ている。髪は同じ濃い茶色だ。
……ババアはもうくたばってるだろうけど、姉ちゃん、まだ生きてるかな?
モーフは、リストヴァー自治区に残る家族を思い出した。
姉は足が不自由で外へ働きに出られない。
母が内職を探して辛うじて食い繋ぐ。モーフも、シーニー緑地へ出掛けた日は、蔓草を採って細工物の素材として渡した。
姉の蔓草細工は、仕上がりがキレイで丈夫で長持ちなので大抵、高く売れた。
モーフが団地へ売りに行くと、現金だけでなく、オマケにちゃんとした野菜なども付けてくれた。
陸の民の兄妹は、何も言わず物思いに耽る。
魔法使いの工員と兄は、さっき親しげに喋っていた。工員は金髪で、髪の色は違うが、親戚なのかもしれない。
集団は、家族とその他に分かれたらしい。
同年代の少年少女が群れるのは、友達だからなのか。
少年少女の群が、手当てを手伝うピナをイヤな目つきで睨む。ずっとチラチラ視線を送り、仲間内で何やらひそひそ耳打ちし合った。
モーフは少年少女をじっくり観察した。
会話の内容は聞こえない。彼らの目つきと漏れ聞こえる声の調子から、良からぬことを囁き合うのが充分、察せられた。
……あいつらは、あの子が嫌いなのか?
理由はわからないが、憎んでいるようにも見える。
そこまで考えて、少年兵モーフは彼らの異常な態度に気付いた。
星の道義勇軍は空襲の前に街を襲い、彼らの家や家族を奪った。大通り、病院、警察、行く先々で「テロリスト」と呼ばれた。
モーフはそう呼ばれることに、何の痛痒も感じなかった。
憎まれればそれだけ、殺し甲斐があるとさえ思った。
だが、この少年少女は、何もかもを奪ったテロリストではなく、怪我人を介抱した少女を睨む。一見やさしげな少女が、目の前に居る親の仇を差し置いて、あんな大勢から憎まれる。
……あいつ、一体、何やらかしたんだ?
少年兵モーフは、ピナと呼ばれた陸の民の少女に興味を持った。
ピナは、兄と同じ焦げ茶の髪を長く伸ばし、どちらかと言えば、整った顔立ちで、大人しげな雰囲気だ。
髪の色や年齢は全く違うが、どことなく姉と同じ空気を感じた。
このピナが、テロリスト以上に忌み嫌われる理由は何か。
……仲間を裏切って罠にハメた? いや、俺たちはそんな作戦知らねーし。あいつらの食糧を盗んで親兄弟に食わせたとかか?
色々と頭を捻ったが、思い至った結論は、どれもしっくり行かない物だった。




