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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十四章 道程

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605.祈りのことば

 呪医セプテントリオーは、躊躇なく小さな扉に近付いた。金属の扉にも守りの術が施されているが、覗き窓などはない。ノックし、大声で呼ばわる。


 「すみませーん! 開けてくださーい!」

 扉に耳を押し当てて様子を窺う。



 しばらく息を殺して待ったが、応答どころか、物音も聞えなかった。

 数歩退がって扉の呪文を確める。【巣懸(すか)ける懸巣(カケス)】学派の術はよく知らないが、そこに刻まれた力ある言葉を読めば、どんな術なのかある程度は推測できる。

 どうやら、防壁と同じ【魔除け】や【耐火】【耐震】など守りの術だけのようだ。


 ……裏側に【消音】か【防音】が……いや、密閉できる部屋でなければ無理だ。第一、外の物音が聞こえなくなれば、危ないだろう。


 (かたわ)らで待つ少女は落ち着いた様子で辺りを見回していた。


 防壁の東はラキュス湖。

 港がある筈だが、二人には船がない。【操水】で湖上を歩いて行くのは、身を守る手段のないサロートカが危険だ。下から魔物に襲われたのでは、ひとたまりもない。


 防壁はゆるやかな曲線を描き、西側がどこまで続いているのかわからなかった。

 畑と牧草地、草原のずっと向こうにツマーンの森が控えている。腥風樹(せいふうじゅ)を恐れた住人が締め切った可能性に思い到り、呪医セプテントリオーはこっそり身震いした。


 「ここは街外れで、山へ行く人が居ない日は門番などを置かないのでしょう。他の入口を探しましょう」

 呪医セプテントリオーが手を差し伸べたが、サロートカは首を傾げた。


 「ここから見える所……西の方へ【跳躍】で移動します。畑に誰かいれば、話を聞けますよ」

 「あ、あぁ、そう言うコトですか」

 少女は足下に素早く視線を巡らせた。呪医もつられて視線を追う。クブルム山脈へ続く細い道の他は【護りの敷石】がなかった。


 「今日は天気がいいですし、大きな街の近くは大抵、警備隊や自警団が駆除していますから、大丈夫ですよ」

 サロートカが西に目を遣って小さく頷き、セプテントリオーの手を取る。汗で湿った小さな手は冷たかった。



 術で跳んだ先は畑の手前。

 西には麦の刈り跡が見渡す限り続くが、人の姿どころか、落ち穂を(つい)ばむ鳥の姿もなかった。

 「誰も……居ませんね……」

 サロートカの声が心なしか震える。


 呪医は穏やかに声を掛けた。

 「この辺りは麦畑で、収穫が終わって……もう二、三カ月経っているからでしょう。麦蒔きはもう少し後です」

 「でも、(なん)にも居ないなんて……前に農家のお手伝いに行ったことがあるんですけど、いつも鳥が居ましたよ?」

 「きっと、落ち穂を拾い尽くしたから、鳥も居ないんですよ」

 少女を安心させるより、自分に言い聞かせる。


 ……どんなモノが居るのか知らないが、早くここを離れれば大丈夫だ。


 朝靄が薄れ、空の青さが先程よりはっきりしたが、雲雀(ヒバリ)(さえず)りひとつ聞こえない。

 見える範囲の壁に門はなかった。



 ゆるい曲線を描く防壁に沿って二度【跳躍】を繰り返し、やっと西門に出た。

 門から伸びる道には、途中まで【護りの敷石】が敷いてある。二車線幅の農道の先には、茄子畑が広がっていた。畑の中で幾つか人影が忙しなく動く。どうやら、収穫作業をしているらしい。


 「なんだか忙しそうですけど、あの人たちに話を聞くんですか?」

 「門は開いていますから、街へ入りましょう。それより、設定は覚えていますか?」


 「私は……えっと、空襲で身寄りを亡くしたゼルノー市民で、力なき民だけど、グロム市の遠縁を頼って行くところ……ですよね?」

 「そうです。キパリース市に避難して、ラクリマリスへ行くと言う私と出会って、ついでに【跳躍】した、と」


 事情を聞かれない限り、何も言う必要はないが、念の為に怪しまれ(にく)い身の上話をでっちあげて、口裏を合わせた。

 フラクシヌス教の聖地を擁するラクリマリス王国領で、正直にリストヴァー自治区の住民でキルクルス教徒だと明かすワケには行かない。


 湖の民のセプテントリオーが一緒なら、よもやキルクルス教徒だとは思われないだろう。


 「あなたが唱えたくなければ、それで構いませんが、短い祈りの(ことば)は覚えていますね?」

 「……はい。昨日、教えていただいたあれですね」

 少女は一瞬、身を強張らせたが、すぐに頷いた。


 「一応、おさらいしておきましょう。我ら すべて ひとしい 水の同胞(はらから)。水の(えにし)(さいわ)いと結びつきますように……です」

 サロートカは胸に手を当て、宙に浮いた(ことば)を見詰めるような眼差しで頷いた。


 「(ほとん)ど挨拶のように“水の(えにし)(さいわ)いと結ばれますように”と言う人も居ます」

 「わかりました。それには、なんて返せばいいですか?」

 「“()(えにし)が波紋のように広がりますように”……です。抵抗があるなら、単にお礼を言うだけでも大丈夫です」

 サロートカは頷きかけたが、小さく息を呑んで湖の民の民の呪医を見上げた。


 「でも、それって、湖の民の人が、湖の神様にお祈りする詞ですよね? 私、陸の民だから……」


 「陸の民にも、パニセア・ユニ・フローラ様の信者は大勢いますから、大丈夫ですよ」

 呪医セプテントリオーは、御名を覚えやすいようにゆっくり言った。

 キルクルス教徒のサロートカは、少し安心したようだが、その瞳にはまだ不安が揺れている。


 「主神フラクシヌス様への短い祈りは“秦皮(トネリコ)葉蔭(はかげ)で乾きから守られますように”で、返礼は“あなたの上にも緑陰(りょくいん)がありますように”です」

 「秋や冬でも、そう言うんですか?」

 大地の色の瞳が、呪医には思いもよらない疑問を映す。

 呪医セプテントリオーは生まれて初めて(ことば)を意識した。


 「えぇっと……そうですね。あなたが災いから守られますように、と言うような意味で言いますね」

 「木の影で、ですか?」

 「フラクシヌス様の大樹は、季節を問わず、大昔からずっと旱魃の龍を封じて、この地を乾きから守って下さっていますから」

 小さな祈りの詞は、深く考えることなく挨拶同然で口にし、聞き流してきた。


 問われなければ、全く考えなかっただろう。


 呪医は四百数十年生きてきて、初めて祈りの(ことば)の意味に思いを至らせた。

 信仰を再発見したような新鮮な気持ちで、キルクルス教徒の少女を見る。

 サロートカは、開け放たれた門から続く魔法使いの街をじっと見ていた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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