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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十四章 道程

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601.解放軍の声明

 「秦皮(トネリコ)の枝党の議員やネモラリス軍の幹部たちは、替え玉で国連の査察を欺きました。本物の魔哮砲は、旧ラキュス・ラクリマリス王国時代に開発された“清めの闇”と呼ばれる魔法生物です」


 女性の声が滑らかに“清めの闇”の性能を語る。

 これも、告発動画と同じ内容だ。両輪の軸党のアサコール党首と、無所属のキルクルス教徒ラクエウス議員が、このクーデターに関与しているのだろうか。


 「多数派の秦皮(トネリコ)の枝党などは、数の暴力だけでは飽き足らず、軍を動員して反対派の意見を弾圧しました。魔哮砲の使用に反対した議員らは、多くが国外に逃れています」


 ロークたち七人は、ファーキルが見せてくれたインターネットの動画やニュースでとっくに知っている。居合わせた帰還難民たちは、初めて知ったのか、顔を強張らせてラジオを睨んでいた。


 「この地の民は長らく、ラキュス・ネーニア家とラクリマリス家の神政による共同統治に慣れ親しんできました。この地に民主主義の思想は根付きません。肥えた土を求めて彷徨(さまよ)腥風樹(せいふうじゅ)の毒と同じ、この国を蝕むだけです」


 根付かない民主主義と腥風樹を同列に語られ、ロークは面食らったが、何となく腑に落ちた。



 少数派の意見が黙殺されたから、キルクルス教徒のリストヴァー自治区は復興が進まず、少年兵モーフたちは苦しい生活を強いられたのだ。

 選挙区は、面積と人口から割り出される。

 リストヴァー自治区から国会に(のぞ)めるのは、たった一人。


 ラクエウス議員だけだ。

 彼は住民の意見を(たずさ)え、信仰や人種を問わず活動する人権団体や、ラキュス・ラクリマリス交響楽団時代の彼のファンなどを巻き込んでロビー活動を行い、他党の中でも比較的穏健な議員を個別に説得して自治区民の権利を守ってきたらしい。



 「民主主義とは、単なる多数決ではありません。現在、このネモラリス共和国では、信仰や髪の色、魔力の有無で、少数派が辛酸を舐めさせられています。本来の民主主義は、より多くの人が幸福に暮らせるよう、利害を調整し、意見を集約する為のものです。決して、数の暴力で少数派を屈服させるものではないのです」



 ロークの祖父と父は仕事を通じ、或いは自治区外で暮らすキルクルス教徒の伝手(つて)で、ネモラリス島に住む国会議員たちとも懇意にしている。

 その議員たちはいつも、孤軍奮闘するラクエウス議員を尻目に、多数派について利を貪っていた。


 「それが、賢いやり方なんだよ」


 多数派について長い物に巻かれていれば、事の是非善悪を気にしなくても、その「数」が守ってくれる。悪事が露見しても、少数派の「正しい声」など、派閥の数の力と、そこに集まったカネの力が揉み消してくれる。

 ロークはそう言って笑う祖父と両親が大嫌いだった。



 「人数の多さは、正しさの証にはなりません。我々、ネミュス解放軍は、ウヌク・エルハイア将軍の許、真の平和をもたらす為に起ち上がりました。我々ネミュス解放軍は、異土から持ち込まれた……この地にそぐわない思想と信仰を排除します」


 ……樹木(ネミュス)解放軍だって? 腥風樹の猛毒……根付かなくて間違った方向に力を持った民主主義から、ネーニア島を助けてくれるって言うのか?


 ロークが見回すと、大人たちの中には小さく頷く者がちらほら居た。

 レノ店長とクルィーロは、妹を抱く手に力を籠めてじっとしている。


 ……あれっ? 今、キルクルス教徒も排除するって言ったよな? じゃあ、自治区は? 隊長さんたちはどうなるんだ?


 「リストヴァー自治区とアーテル共和国で暮らすキルクルス教徒のみなさん。かつてのラキュス・ラクリマリス王国時代……半世紀の内乱勃発以前のように、現実をしっかり見て、信仰に折り合いをつけて下さい。この地では魔術の助けなしでは生きて行けないのです。そうすれば、我々は、あなた方……力なき民の心の拠り所や生命を奪うことは致しません」


 心を見透かされたようなタイミングにギョッとする。


 どこかから見られているのではないかと不安になり、帰還難民センターの食堂を見回すが、勿論(もちろん)、それらしい人は居なかった。

 この声明はそもそも、国営放送本局のスタジオを乗っ取って放送しているのだ。


 「この戦争は、ネモラリス軍の魔法生物研究の情報を得たアーテル軍が、魔哮砲を実戦投入させ、破棄させる為に仕掛けたものです。我々はネモラリス正規軍と戦い、戦争の発端となった魔法生物である魔哮砲を破壊します。(しか)(のち)にアーテル共和国政府と和平交渉を行います」


 ラジオの声は(もっと)もらしいことを言うが、それが本当のことかどうかは、アーテル政府の要人でなければわからない。

 だが、戦乱に疲れ切った人々は、戦争を終わらせてくれるとはっきり宣言したネミュス解放軍に希望を託すだろう。


 「ラクリマリス王国へ逃れた国会議員のみなさん。帰国し、我々と共に新しい時代を築きましょう」


 「クーデターで今からドンパチ始まるってのに、帰って来るバカはいねぇだろ」

 年配の男性が失笑した。


 ……そりゃそうだよな。今の議員は「間違った民主主義」で代表に選ばれたんだから、下手すりゃこの人たちに殺されるかもしれないのに。


 ロークには、ネミュス解放軍の声明の真意がわからなかった。


 「この呼びかけに応えなくて、平和になってからのこのこ帰ってきたら、裏切り者として処分されたりしてな」

 別の男性がぽつりと言う。

 ロークはギョッとしたが、ラジオから目を逸らせなかった。


 ……フィアールカさんとラゾールニクさんが参加してる団体は、武力を使わずに戦争を終わらせるチームだって言ってたよな。じゃあ、あの告発動画を出した議員さんたちは、ネミュス解放軍とは関係ない……?


 ファーキルはラゾールニクに頼まれて、あの動画を拡散させていた。

 ネミュス解放軍は、彼ら非戦派の努力を水の泡にしてしまったのだ。


 国営放送のアナウンサーがアドリブで言った通り、ネモラリス正規軍とネミュス解放軍が、首都クレーヴェルで武力衝突するのは簡単に予想できる。

 帰還難民センターのプレハブは、ロークの目にはいかにも頼りなく見えた。

☆告発動画と同じ内容……「497.協力の呼掛け」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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