600.放送局の占拠
「すごーい。アミエーラさん、ラジオで歌ってる」
「キレイな声ー」
アマナとエランティスが、目を輝かせて囁く。
昼間、港公園の展望台で赤毛の大男が歌ったのと同じ歌だ。
職員が点してくれた【灯】の下で、みんなはロークのラジオを聴いていた。
役所関係の手続きが終わったのは、夕飯の直前だった。
連休明けには通帳の再発行の手続きが待っているが、身分証などは明日か明後日にでも手渡されるとのことで、ロークたちは肩の荷がひとつ降りた。
夕飯は、帰還難民センターの食堂で済ませた。
意外に具の多いスープと、やわらかいパンだ。
食べ物が充分なら、心が荒まずに済むだろう。
ロークは心の底から感謝した。
プレハブの一棟が、丸ごと難民向けの食堂になっている。
体育館くらいの建屋だが、夕飯時には席が半分くらい埋まっていた。
職員の話では、近くの仮設住宅に移った人々も、職が決まるまではここで食べさせてもらえるらしい。
センターの宿舎もプレハブだ。
二段ベッドが二台置いてあるだけの部屋が割り当てられた。
一緒に旅した仲間と離れたくない、と言ったら、パン屋兄妹と薬師アウェッラーナ、ロークはクルィーロとアマナ兄妹と同室にしてもらえた。
元移動販売店の七人は部屋へ入らず、荷物を持ったまま食堂に留まっている。
疲れ切っているのに、離れたくなくて、夕飯後もここでラジオを聴いていた。
一緒に聴いていた難民たちは、番組が終わるごとに減ってゆき、今は遅番のパートから帰ったと言う年配の夫婦が、遅い晩御飯を食べている。
「知り合いが出てんのかい?」
妻の嬉しそうな声に、アマナとエランティスが同時に頷いた。
「うん。一緒に避難してたお姉ちゃん」
「王都で親戚の人と会えたの」
「そう。よかっ……」
ブツリ。
突然、歌声が断ち切られ、ロークはラジオを見た。
電池は地下街チェルノクニージニクで、運び屋フィアールカが調達してくれた新品だ。
……不良品だったのかな?
みんなの曇った顔をなるべく見ないようにして、足下の荷物を漁る。電池が見つかる前にアナウンサーの緊迫した声が流れた。
「番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします」
聴き慣れた声は、国営放送のアナウンサーだ。
……民放の番組なのに、何で?
「たった今、入りました未確認の目撃情報によりますと、先程、国会議事堂と議員宿舎が武装勢力に占拠されたとのことです」
アナウンサーの乾いた声は、心なしか震えている。
少し離れた席の難民たちが、食事を中断して集まってきた。
紙のこすれる音と、数人の息遣いを背に、アナウンサーが告げる。
「国営放送の本局も占拠され、私は窓から飛び降りて【跳躍】で逃れて来ました。武装勢力は“ネミュス解放軍”を名乗り、銃と魔法で職員を……」
DJが大声で【鍵】の呪文を唱え、アナウンサーが口を噤んだ。
「……国民のみなさんは、不要不急の外出を控え、家の守りを固めて下さい」
「守りを固めるったって、どうすりゃいいんですか?」
民放のDJが、リスナーの疑問を代弁する。
「壁に埋め込まれた【魔力の水晶】や【魔道士の涙】への魔力の補充、全ての窓と壁に物体の鍵と術の【鍵】を掛けて下さい」
「力なき民はどうすれば?」
DJがリスナーの疑問と焦りを口にした。
数秒の沈黙の後、アナウンサーが答える。
「しっかり施錠して、窓を家具やガムテープで塞いで、割れたガラスが飛び散らないようにして下さい。地下室があれば、そちらへ避難して下さい」
「未確認の目撃情報って、ドコ情報ですか?」
DJが、タイミング良く次々と質問を繰り出す。
ロークが唾を飲み、人々は息を詰めて聞き入る。
レノ店長とクルィーロが、妹たちを抱き寄せた。
「職員です。国営放送の非番の者と遅番の者が、局へ報せに来ました」
「国営放送を乗っ取ったってコトは、今頃、そっちで武装勢力が声明を出してるかもってコトですよね?」
「……恐らく、その為に占拠したのでしょう」
アナウンサーの声に無念が滲む。
この民放局も、いつまで無事でいられるか。
みんなの目がロークに集まる。
頷いてラジオに手を伸ばした。
選局ツマミを回す指が震える。
「……します。ネモラリス共和国の皆さん、そして、ラクリマリス王国、アーテル共和国のみなさん。我々は“ネミュス解放軍”です。ウヌク・エルハイア将軍の許、現政権の横暴に立ち向かう為、決起しました」
やっと周波数を合わせられたられた国営放送は、アナウンサーの言葉通り、“ネミュス解放軍”を名乗る者たちの手に落ちていた。
ラジオから流れる女性の声からは、何の感情も聞き取れない。
「この国は半世紀の内乱後、政体に民主主義を採用しましたが、現在の議会は数の暴力が罷り通り、少数派の意見はなかったことにされてきました。こんなものは到底、民主主義と呼べるものではありません」
……この人、何言ってんだ?
今でも、国営放送の周波数に合わせれば、元は同じ国だったラクリマリス王国とアーテル共和国には電波が届く。受信については問題ないだろう。
ロークには、アーテル人がわざわざ聴くとは思えなかった。ラクリマリスに逃れたネモラリス難民なら聴くかもしれないが、数は知れている。
「先の議員宿舎襲撃事件は、現政権の手に依るものです。実行犯は、与党の命令を受けたネモラリス正規軍の治安部隊です」
居合わせた人々が息を呑む。
「与党……秦皮の枝党が中心となって、魔哮砲の使用を推し進めました。反対した議員は議員宿舎に軟禁され、外部との接触を極端に制限されました」
女性の声が、感情のない声で事件の真相を告げる。
ここには、それが事実だと確認できる者は居ない。
だが、ファーキルがタブレット端末で見せてくれた告発動画と同じ内容だった。
☆ウヌク・エルハイア将軍……「093.今日の行く先」参照←伏線が大遠投過ぎて誰も気付かない。過去最長記録(笑)
☆告発動画と同じ内容/“清めの闇”と呼ばれる魔法生物……「497.協力の呼掛け」参照
☆先の議員宿舎襲撃事件……「277.深夜の脱出行」「425.政治ニュース」「497.協力の呼掛け」参照
☆反対した議員は議員宿舎に軟禁され、外部との接触を極端に制限……「241.未明の議場で」「247.紛糾する議論」「248.継続か廃止か」「253.中庭の独奏会」参照




