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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十四章 道程

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599.政権奪取勃発

 魔装兵ルベルは、ラジオの電源を入れ、机に向かって背筋を伸ばした。

 昼間、帰還難民の女の子にもらった歌詞と、自分が書いた空覚(うろおぼ)えの里謡を書いた紙を並べる。


 DJの軽妙な語りとノリのいい曲が一人の部屋に流れた。

 今頃は、同僚も同じ番組に耳を傾けてくれているだろう。


 窓の外は厚い雲に覆われた夜。

 月も星もない空に街灯や警戒灯の光がぼんやり映る。


 目を閉じて、音量を絞ったラジオに耳を傾けると束の間、ここが兵舎であることを忘れて平和を味わえた。

 DJの読み上げるリクエスト葉書の祈りにも似た言葉に、戦争の終わりが見えないことを思い知らされる。


 「次はみなさんお待ちかね、“故郷の調べ”のコーナーです。ネモラリス建設業協会の提供でお送りします。今日の故郷はアサエート村――」


 ルベルは目を見開き、ペンを執った。手が滑って、驚いた生き物のように跳ねるペンを捕まえ、姿勢を正す。


 「みなさん、こんばんは。リャビーナ市民楽団の里謡調査員オラトリックスです。今夜は出身者の合唱に代わって、素敵なゲストをお迎えしています」

 聞き覚えのある女性の声が自己紹介した。


 「ニプトラ・ネウマエです」

 「アミエーラです」


 二人目は、同僚がファンだと言う大物歌手の落ち着いた声。三人目の声は細く、やや聞き取り難かったが、今頃それどころではないリスナーが殆どだろう。

 魔装兵ルベルは、同僚の喜ぶ顔が目に浮かび、頬が緩んだ。



 「私の家族は半世紀の内乱で散り散りになりました。人伝(ひとづて)に妹の一家が存命だと聞き及びましたが、居場所は突き止められませんでした」

 息を殺して、大物歌手ニプトラ・ネウマエの声に耳を傾ける。


 「でも、先日、やっと妹の孫娘に会えました。ラジオではこのコをご覧いただけないのが残念ですが、アミエーラは妹のフリザンテーマの若い頃そっくりなんです」

 「僕も直接、お会いしたかったなー」

 DJがタイミングよく、リスナーを代弁する軽口を叩いた。


 「アミエーラは、私と妹と親友が三人で撮った記念写真と、私と妹の手帳、親友の手紙を大事に持って、戦禍を逃れて王都まで旅してきました」

 「リスナーさんの中には同じ苦労をなさってる方が、大勢いらっしゃると思います」

 DJが別人のように神妙な口調で言い添えた。


 「魔法の道具で身元の確認もできました。妹には再会できませんでしたが、私たち姉妹の手帳に書き残していた歌が、私とアミエーラを引き会わせてくれました」

 「手帳には別の歌詞が書かれていましたが、主旋律はアサエート村の里謡“女神の涙”と同じです」

 オラトリックスの声にDJが続く。

 「今夜は、里謡バージョンの歌詞でお届けします。それではみなさん、お聞き下さい。ソプラノ歌手オラトリックスさんと、ニプトラ・ネウマエさん、それにアミエーラさんの三人で、アサエート村の里謡“女神の涙”です」


 前奏はなく、ピアノが控え目に伴奏する。

 三人のソプラノ斉唱が夜気を縫う糸となって漂った。



 「ゆるやかな水の(えだ)

  青琩(せいぼう)の光 水脈(みお)を拓き 砂に新しい(みずうみ)が生まれる


  (ラキュス)(うみ)に沈む乾きの龍 (かし)(いわお)に茂る……」



 ルベルは心の中で共に歌いながら、歌詞を目で追い、ペンの蓋を取った。



 「この祈り (たま)に籠め

  この命懸け 尽きぬ水に 涙湛(なみだたた)え受け この(うみ)に今でも……」



 紙に書いた歌詞は記憶通りだった。思わず息が漏れる。

 知っている部分が終わり、ペンを持つ手に力が籠もる。

 三人の歌声がひとつに重なり、ルベルの心を震わした。



 「悲しい誓いと涸れ果てぬ(なみだ) 乾き潤し 満ちる

  二度とは帰らない……」



 不意に、何かが断ち切られた音と同時にノイズが走り、歌が聴こえなくなった。


 「お、おいっ!」

 我知らず腰を浮かし、ラジオを見下ろす。

 選局のダイヤルは全く動いていなかった。


 腰を下ろしてラジオに手を伸ばす。その途端、聴き慣れたアナウンサーの声が聴こえた。緊張を押し殺し切れない上ずった調子で捲し立てる。


 「番組の途中ですが、臨時ニュースをお伝えします。たった今、入りました未確認の目撃情報によりますと、先程、国会――」


 基地のサイレンが鳴り響き、音声が掻き消される。

 ルベルは電源を切り、椅子を蹴って立ち上がった。


 「首都クレーヴェルで政権奪取(クーデター)発生! 治安部隊はただちに装備を整え、所定の場所で点呼、その他の部隊は配転に備え、待機! 繰り返す……」


 全館放送が腹にずしりと響く。


 魔装兵ルベルは寝巻から軍服に着替えた。

 刺繍された各種防護の呪文に魔力が行き渡り、身が引き締まる思いがする。


 窓を開けると、夜風に乗って慌ただしい気配が届き、息を詰めた。

 治安部隊に編入されれば、また、国民に武器を向けねばならない。


 ……クーデターだって? こんな時に、何考えてるんだ!


 奥歯を噛みしめ、何の情報もない反逆者を怒鳴りつけたい衝動を抑える。

 アーテル・ラニスタ連合軍との戦争で、今はネモラリス国民全体が、一丸となって立ち向かわなければならない時だ。


 しかも、ネーニア島北部の一部の住民は難民化し、国外に流出していた。

 ラクリマリスやアミトスチグマには、まだ大勢の難民が身を寄せている。

 このまま国が(うしな)われれば、彼らは本当に、帰る場所を喪うかもしれない。


 今日、帰還したばかりのあの子たちは、首都が平和だと思えばこそ、命懸けで祖国へ戻ったのだ。再び国外へ逃れることになれば、どれだけ心をすり減らすだろう。


 ……誰が、何の為に?


 頭が真っ白になり、何も考えられない。


 窓を閉め、空転する思いを鎮めようと、机上に目を向けた。

 歌詞の走り書きを手に取り、心の裡に歌う。



 ……ゆるやかな水の(えだ)

   青琩(せいぼう)の光 水脈(みお)を拓き 砂に新しい(みずうみ)が生まれる


   (ラキュス)(うみ)に沈む乾きの龍 (かし)(いわお)に茂る


   この祈り (たま)に籠め

   この命懸け 尽きぬ水に 涙湛(なみだたた)え受け この(うみ)に今でも


   悲しい誓いと涸れ果てぬ(なみだ) 乾き潤し 満ちる

   二度とは帰らない……



 繰り返される放送に思考がぶつ切りにされる。“二度とは帰らない”ものが何だったのか、思い出せそうで思い出せない。


 ……政権が変わったら、今は友好的に難民を支援してくれてるアミトスチグマや、中立を保ってくれてるラクリマリスも、どう動くかわかんないよな?


 正規軍の一部が蜂起したなら、理由は、アーテル本土を直接攻撃しないことに痺れを切らした……辺りか。


 もしそうなら、全面戦争は避けられなくなる。


 両国に挟まれたラクリマリス王国は、否応なく巻き込まれるだろう。いや、既に魔哮砲が逃げ込み、腥風樹(せいふうじゅ)の種子を蒔かれ、巻き込まれていた。


 ラクリマリスが起てば、周辺国も黙ってはいない。

 湖南地方……いや、フラクシヌス教を信仰する全ての国が、聖地を守る為に参戦すれば、ラキュス湖の畔には安心して暮らせる場所がなくなってしまう。


 ……湖北七王国は三界の魔物を抑えるのに精いっぱい。人間同士の争いには関与しないから、参戦はしないだろうけど、難民の受け容れも断るだろうなぁ。


 各国の政府が国家レベルでこの戦争に介入しなくても、聖地に巡礼したことのある信者たちが個人で参戦するだろう。

 そうなれば、アルトン・ガザ大陸のキルクルス教国がどう出るか。


 ルベルは、胸に溜まった息を吐いた。

 小声で歌い、先程の歌詞を心に刻む。


 「悲しい誓いと涸れ果てぬ(なみだ) 乾き潤し 満ちる」の部分に続く「二度とは帰らない」以降は同じ旋律を繰り返す。覚えやすいようでいて、間違いやすい。


 魔装兵ルベルは、扉が叩かれるまで歌い続けた。

☆“故郷の調べ”のコーナーです。ネモラリス建設業協会の提供……「514.動画への反応」参照


☆思い出せそうで思い出せない……「531.その歌を心に」参照

 既出なので読者には提示。

 改行位置を変更した画像の通り、同じ旋律とそのアレンジを繰り返し、似たような歌詞が続くのでルベルは記憶が混同して思い出せない。

 教えてもらおうにも故郷の村には電話がない。


 挿絵(By みてみん)

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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