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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第二十四章 道程

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598.この先の生活

 「母は、マスリーナ市で働いていて、あの日も普通に出勤して……安否はわかりません」

 「言い方を変えれば、今、確認できますが、どうされますか?」


 小学生のアマナも事態を理解して、可能性の低さに薄々覚悟はできているだろう。だが、僅かでも可能性があるとの希望が残っていたから、ここまで気力を保っていられたとも言える。

 クルィーロ自身、もうダメだろうとの諦めの方が強い。

 それでも、自分の口から出す言葉で確認を迫られると、喉が詰まって何も言えなくなってしまった。


 ……落ち着けよ。今更、俺が何言おうと事実は変わらないんだ。


 係員たちは急かさず、静かにクルィーロの言葉を待っている。

 確認係が戸棚を開け、紙コップと茶葉を出した。

 香草茶の香気が身体の奥で固まった思いを解す。

 クルィーロは、紙コップから立ち昇る湯気を見詰めて言った。


 「俺たちの母さんは、生きています」


 深皿の縁に近い水が起ち上がり、小指の太さの水塊が次々と中心に向かって倒れる。

 クルィーロが思わず、水から左手を抜くと、波は蓋でも被せれらたように鎮まった。


 ……やっぱ、そうか。


 項垂れるクルィーロに係員の淡々とした声が降って来る。

 「ご家族だと確認が取れましたら、妹さんには同じ質問はしません。お父さんの連絡先はこちらでお調べして、後日、身分証と一緒にお渡しします」


 クルィーロが涙を(こら)えて頷くと、係員は水に手を入れるよう促し、質問の続きをした。

 頼りに出来そうな親戚や友人知人の有無、勤務先の状況、新しい仕事の目途……


 これからの予定など何もない。

 父に会えれば何とかなる。それだけ思って生き延びてきた。

 武闘派ゲリラの手伝いをして間接的に人を殺してしまった。

 安全な場所を求めて遠回りしてやっとここまで辿り着いた。


 ……今はもう、何も考えたくない。


 聞かれないことには触れない。耳を塞いで(うずくま)りたいのを堪えて、係員の質問にだけ答えた。



 入れ替わりに呼ばれたアマナにすれ違いざま、笑顔を見せる。

 「もうすぐ、父さんと会えるからな」

 「ホント?」

 笑顔で頷いてみせ、妹の背中を押す。


 金色の絹糸のような髪と一緒に土色のリボンが揺れた。


 ……いつの間に着けたんだ?


 クロエーニィエ店長がくれた【耐衝撃】の【護りのリボン】だ。頭の左右でふたつに分けて括り、あの店長と同じ髪型にしているが、小学生の妹にはよく似合っている。

 クルィーロは苦笑して、待合の長椅子に身を預けた。


 力ある言葉が読めなければ、不思議な模様入りの土色のリボン。

 魔力がなければ単なる飾りだが、鞄の底で眠らせるよりは、女の子の髪を飾った方が、クロエーニィエ店長も喜ぶだろう。


 待合室にレノたちの姿はなかった。


 薬師(くすし)アウェッラーナが廊下の先を見て言う。

 「係の人が、一家族ずつ順番にって、次の部署へ連れて行きましたよ」

 「そうなんですか。……ここで、お別れになるかもしれないんですね」

 「そうですね。クルィーロさんたちのお父さんは首都にいらっしゃるんでしたね」


 湖の民の薬師のやさしい微笑であの夜を思い出した。

 空襲の炎に追い詰められた運河の(ほとり)で、ピナティフィダの同級生たちは、親兄妹と一緒に居た彼女に辛く当たっていた。


 敵意と憎悪は、はっきり向けるが、直接には何も言わない。

 批難がましい目を向けるだけで、直接の暴力は振るわない。

 拒絶の態度で壁を作り、無言でピナティフィダを排除した。


 少年兵モーフが問い(ただ)すまで、明確な攻撃はなかった。

 大人たちはそれどころでなかったこともあり、憎悪を剥き出しにする中学生たちを(たしな)められなかった。


 狡猾で薄汚いやり口だった。


 「お前だけ家族と一緒に居てズルい」

 そんな理不尽極まりない嫉妬と羨望。


 彼らのよくない感情が、闇の中から雑妖を呼び寄せた。

 空襲の炎に焼かれたのではなく、自ら呼び寄せた雑妖の群と魔物に食われたなら、それはアーテル・ラニスタ連合軍のせいではない。


 ……あいつらが死んでだとしても、自業自得だよな。


 「まぁ、身分証の再発行は二、三日掛かるって言ってましたから、その間はここの宿舎で一緒ですよ」

 ロークが言って、ラジオを片付ける。


 係員の話では、首都近辺の仮設住宅はもうどこも満室で、当面の仕事はみつかっても、住む所がみつからず、ここに留まる帰還難民も居ると言う。

 逆に、仮設住宅には入居できたものの、仕事がみつからず、ここに食事だけしにくる帰還難民も居るらしい。


 いずれにせよ、食うに困らないなら、その内なんとかなるだろう。


 薬師(くすし)アウェッラーナは引っ張りだこだろうが、高校生のロークに就職先がすぐ見つかるとは思えない。

 仮設住宅がいっぱいなら、ふたりには住む当てがない。

 ふたりとも、当分ここに居ることになるだろう。


 クルィーロとアマナは、父の居場所が分かればそこへ。

 レノたち兄妹も一緒に居られるよう、父に頼もうと思う。


 こんな所で離れ離れになるなんて考えられなかった。


 レノの腕前なら、この辺りのパン屋やパン工場などで、すぐに雇ってもらえるだろう。

 アマナとエランティスは首都の小学校へ転入、ピナティフィダも中学に入り直して、多分、同じ学年をやり直すことになるだろう。なんせ、半年も学校に行けなかったのだ。仕方がない。



 アマナが確認室から出ると同時に廊下の先の扉が開き、クルィーロ兄妹は次の部署に呼ばれた。

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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