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すべて ひとしい ひとつの花  作者: 髙津 央
第三章 印歴二一九一年二月三日
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0061.仲間内の縛鎖

 レノは、妹のピナに掛ける言葉が見つからなかった。

 今は、力なき民の自分たちにできることが、何もない。火が消えるのを待つしかない状態だ。


 イヤでも自分たちの置かれた状況を意識してしまう。


 最初の爆撃は直撃ではなく、近くに着弾したのだろう。それでも、爆風でバスとパトカーと護送車は横転した。

 その時、ピナの同級生が五人も亡くなった。

 女子生徒一人は重傷で、意識がない。他にも、迎えに来たゼルノー市職員と警官が一人ずつ、大人の避難者も数人、命を落とした。


 頼みの綱の薬師(くすし)は、魔力を使い果たして気を失ってしまった。

 ピナの同級生だけでなく、レノたちの父も重傷だ。

 レノ自身とピナ、意識のある者たちも、打撲や切り傷、骨折など酷い有様だ。

 バスの中で毛布に(くる)まり、運のよかった者だけが、無傷か軽傷で済んだ。


 ……冬でよかった。


 冬だから、毛布を被っていた。

 冬だから、コートやマフラー、手袋で守られた。

 薄着なら、もっと死傷者は多かったろう。

 夏だった場合を想像し、レノは肌が粟立(あわだ)った。


 ピナは同級生の中で唯一人、家族と共に居る。

 本来、それは(とが)められることではない。

 だが、同級生がピナに向ける眼差しは、冷たかった。


 嫉妬と羨望。

 自身の無力さへの遣る瀬ない憤り。

 この状況を作りだしたテロリストと、政府の遅過ぎる対応への怒り。

 家族と自宅がどうなったのかわからない不安。

 そんな感情をひとまとめにして、ピナに向けるのだ。



 出発前に身を寄せたグラウンドで、避難民のおばさんがこっそり教えてくれた。

 警察署のトイレで女子中学生たちが、パン屋の一家への罵詈雑言(ばりぞうごん)を口にした。言い(にく)そうだったが、一旦(いったん)、説明を始めると、その口は止まらなかった。

 最後に「妹さん、気を付けてあげてね」と言い添え、そそくさ離れて行った。

 そのおばさんは、午前の便で鉄鋼公園を()った。


 安全な場所まで、無事に行けただろうか。

 炎の壁を見詰め、末妹のティスを抱きしめながら、ぼんやり考える。


 バスの中では、父が毛布に(くる)んで抱いていたので、ティスは少し(あざ)ができただけで済んだ。

 父は、外傷は大したことがないように見えたが、打ち所が悪かったのか、意識を失ったまま目を覚まさない。


 ティスは泣き疲れ、レノの腕の中で眠る。

 眉間に縦皺(じわ)が寄り、安眠ではなさそうだが、レノは()えて起こさなかった。


 ピナは警官に教わりながら、骨折の応急処置を手伝う。

 ノートや教科書を丸めて添え木代わりにし、ネクタイやスカーフ、ハンカチなどで固定する。


 生き残った級友たちは、一塊(ひとかたまり)になってそれを眺めた。

 ピナは、罪滅ぼしのように休みなく、負傷者の世話をする。

 兄の自分が口を挟めば、妹と同級生の関係はますます悪化するだろう。手を(こまぬ)いて見守るしかない。歯痒いが、どうすることもできなかった。


 クルィーロも、ピナと級友たちの様子に気付き、レノに小さく頭を下げた。


 ……こんな連中だって知ってたら、助けなかったのか?


 そんな考えが、レノの脳裡(のうり)をちらりと(よぎ)ったが、すぐに改めた。

 彼らは、自分の意思でクルィーロの呼び掛けに従い、自分の意思で他の同級生を見捨て、自分の足でクルィーロについて来たのだ。

 クルィーロは、彼らもついでに守り、鉄鋼公園に連れて来た。

 ピナと同級生の関係について、クルィーロには何の罪もない。


 ……悪く思うのも、謝るのも、お門違(かどちが)いだ。


 ピナは、父の意識が戻らないことに安堵(あんど)さえしているように見えた。

 何か言われても、「私だって、お父さんが目の前で死にそうなのに」と反論できる。ここに居る家族がみんな無事なら、もっと肩身が狭かったろう。


 ……身内が死にそうなのを喜ぶように仕向けるなんて、ロクでもない連中じゃないか。


 聞えよがしに、当て(こす)りやイヤミを言うでもなく、身寄りのない者たちで固まるだけだ。

 罵詈雑言(ばりぞうごん)を口にしたのも、一応は気を(つか)ったのか、本人の居ない場所だった。

 告げ口されるとは思わなかったのだろう。


 明確に危害を加える訳ではない。

 それだけに、ピナと同級生の間の見えない壁は厚く、冷たかった。


 ……「一人だけ家族が居るなんてズルイ」とか、はっきり言ってくれた方が、まだすっきりするよな。


 その後、喧嘩や口論にでもなれば、大人たちも仲裁や説得で関係を調整できる。

 汚い感情を口に出せば、自分たちの非が明らかになり、みんなに責められる。それを読む知恵はあるから、言葉ではなく態度にだけ出して、一人だけみんなと状況の異なるピナティフィダ・オレオールにぶつけるのだ。


 現に、ピナは、そんな「空気」に押し潰されそうだ。


 この状況でも、彼らは「みんなの為」のことを何も手伝わない。

 ピナや他の負傷者には触れもせず、声ひとつ掛けず、ほんの(わず)かな荷物運びも手伝わなかった。


 自分一人で精一杯なのではない。

 彼らの仲間内でだけ声を掛け合い、助け合って車外に出て荷物も持ち出した。

 自分たちの感情を最優先し、無言の被害者面(ひがいしゃづら)で、ピナ一人を責めることに専念する。大人たちから責められないように、巧妙に。


 レノには、彼らが「身寄りを失くした同級生」の輪に閉じ籠ったように見えた。


 ……仲間意識とか連帯感とかが、悪い方に結束(けっそく)しちゃったんだろうなぁ。


 レノは天を仰いだ。

 公園を()ったのは午後二時。

 黒煙の隙間から見える空の色は随分、薄くなった。

 日暮れが近い。



 避難する途中、何人もの人が運河に呑まれる瞬間を見て来た。

 日が沈む前に、少なくとも【簡易結界】がなければ、全員、運河の魔物に食われてしまう。

 今は、炎を嫌がって出てこないのだろう。


 生きた人間、魔力を持つ人間を喰らい、魔物は確実にあの日よりも力を付けてしまった。【簡易結界】で防ぎ切れる保証はない。それでも、今はそれ以外に頼れるものがない。


 警察官の一人は魔法使いだが、魔装警官ではない。力ある民だが、所謂(いわゆる)「魔法戦士」になれる程、魔力は強くないのだろう。

 クルィーロに使える術は少なく、湖の民の少女は薬師(くすし)だ。

 ここには、魔物を退治する術を使える魔法使いが居ない。


 いっそ魔物が受肉して魔獣化すれば、レノでも戦えるが、何の武器もないのでは、勝ち目がないことに変わりなかった。

 薬師(くすし)は気を失い、警官とクルィーロも疲れ切り、立ち上がる気力すらない。


 逃げようにも、炎の壁が完全に囲む。

 鎮火しても、日没までに安全な場所に辿(たど)り着けるとは限らない。


 八方塞(はっぽうふさ)がりだ。


 レノはこんなにも、自分が「力なき民」であることを痛感したことがなかった。

 父を癒すことも、火を消すことも、食糧を得ることも、身を守ることも、何も出来ない。


 ……何か……何か俺にもできることってないのか?


 ティスを抱える腕に、我知らず力が籠った。

☆爆風でバスとパトカーと護送車は横転した……「0056.最終バスの客」参照

☆ピナの同級生……「0030.状況を読む力」「0039.子供らの一夜」参照

☆出発前に身を寄せたグラウンド……「0023.蜂起初日の夜」「0040.飯と危険情報」「0041.安否不明の兄」「0049.今後と今夜は」、レノ到着「0050.ふたつの家族」参照

☆彼らは、自分の意思で(中略)クルィーロについて来た……「0030.状況を読む力」「0039.子供らの一夜」参照

☆何人もの人が運河に呑まれる瞬間……「0022.湖の畔を走る」参照

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野茨の環シリーズ 設定資料
シリーズ共通設定の用語解説から「すべて ひとしい ひとつの花」関連の部分を抜粋。
用語解説01.基本☆人種など、この世界の基本
用語解説02.魔物魔物の種類など
用語解説05.魔法☆この世界での魔法の仕組みなど
用語解説06.組合魔法使いの互助組織の説明
用語解説07.学派【思考する梟】など、術の系統の説明
用語解説15.呪歌魔法の歌の仕組みなど
用語解説11.呪符呪符の説明など
用語解説10.薬品魔法薬の説明など
用語解説08.道具道具の説明など
用語解説09.武具武具の説明など
用語解説12.地方 ラキュス湖☆ラキュス湖周辺の地理など
用語解説13.地方 ラキュス湖南 印暦2191年☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の地図と説明
用語解説19.地方 ラキュス湖南 都市☆「すべて ひとしい ひとつの花」時代の都市と説明
地名の確認はここが便利
用語解説14.地方 ラキュス湖南 地理☆湖南地方の宗教や科学技術など
用語解説18.国々 アルトン・ガザ大陸☆アルトン・ガザ大陸の歴史など
用語解説20.宗教 フラクシヌス教ラキュス湖地方の土着宗教の説明。
用語解説21.宗教 キルクルス教世界中で信仰されるキルクルス教の説明。
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