591.生の声を発信
出発は明朝だ。
夕飯の時間まで部屋に籠ってひたすら文章を練る。
イヤな記憶に吐き気が込み上げるが、ルームサービスの鎮花茶で気持ちを鎮めてタブレットをフリックし続けた。
いじめに関する経験と目撃情報。
世間で起きた大きな事件の報道。
魔力の有無による差別的な扱い。
教員や聖職者による許しの強要。
呪医セプテントリオーと諜報員ラゾールニクから聞いたアルトン・ガザ大陸の状況。
教義の矛盾。
信仰と生命の選択を強いられる両輪の国の信者の現状。
掲示板で見た人々の不満。
先程、フィアールカから聞いた「この土地では無理がある」理由。
キルクルス教を信仰する「害」を細心の注意を払って婉曲に表現する。直接、ダメ出しをすれば反発を招いてしまう。
ファーキルが直接経験したこと、気付いたこと、目撃したこと、誰かから聞いたこと、何かで読んだこと……具体的なできごとだけを淡々と綴る。
書き上がった。SNSに出す順番をどうするか、頭を捻る。
出揃ってからは目次を作ってサイト「旅の記録」で一気に再掲すればいいが、小出しの情報はそこだけが拡散され、出し方によっては拡散先で意図を捻じ曲げて解釈されかねない。
……身近なところから? いや、それだと個人的過ぎて、自分には関係ないと思う人が出そうだよな。
既に掲示板などでも議論されている大きな話題から順に出して行き、最後に教義の矛盾を指摘することにした。
――色々考えましたが、結論を出せたことはありませんでした。みなさんも一度、考えてみてください。
そう前置きして、まずはキルクルス教圏での事件の報じ方について公開する。
魔力の有無に基づく差別的な扱いと、聖職者らに強いられて与える許し。
事件の報道は、元記事のURLを貼って情報源を明示し、そこから一部分をコピペして疑問を提示する。
何故、力ある民の犯行は魔法を使っても使わなくても、感情を交えて邪悪な犯罪だと報道するのか。
何故、力なき民の犯行は多数の被害者を出していても、無原罪の魂が迷ったせいだとして庇うのか。
何故、異教徒の犯行については、その教えと犯行に関係があるかのように報じるのに、キルクルス教徒の犯行ではどんな凶悪事件でも……犯人が「被害者を魔法使いだと思ったから殺した」などと発言しても「キルクルス教徒が教義に基づいて事件を起こした」と報じないのか。
あっという間に拡散されるのを他人事のように見送って、食堂へ降りる。
夕飯後、信仰と生命の選択を強いられる状況を小分けにして出した。
魔術によって傷病を癒された人への迫害。
呪医セプテントリオーから聞いた治療後の患者の自殺や、信仰を優先した治療拒否、親の信仰に基づく子の治療拒否について、感情を交えずに出来事だけを簡潔に書いた。
助けられる命を救えない苦しみ。
患者を助けたくても、信仰を尊重せざるを得ず、見殺しを強いられる医療現場。
助かった命を奪われた悲しみ。
魔術の治療を受けた患者や、その家族への襲撃事件は、メドヴェージの経験だ。
信仰の為に「避けられる死」を甘受することの是非。
拡散と同時にたくさんのコメントが書き込まれたが、個別には答えず、次の話を公開する。
――拡散とコメント、ありがとうございます。読んだ人たちが少しでも考えるきっかけになれば嬉しいです。
魔物や魔獣が多数存在する国では、科学の先端装備を備えた正規軍ですら身を守れない危険がある。
ファーキルは、アーテル軍のアクイロー基地壊滅事件を事例に挙げた。
アーテル軍の公式発表に基づく記事では、魔獣の襲撃となっている。
ニュースで報じられた部分のみを書き、実際には警備員オリョールやソルニャーク隊長たち、武闘派ゲリラの襲撃作戦だったことは伏せる。
武闘派ゲリラは充分な訓練を積めなかったが、ほんの数匹の魔獣の出現で、近代兵器を持つ正規軍は全く太刀打ちできず、朝になるまでにほぼ壊滅した。
ゲリラが引き揚げた後、救助に当たった魔獣駆除業者の口から情報が広まった為、事実を誤魔化して部分的に公表したらしい。
魔術による軍備があれば、彼らは助かった筈だ。
何故、徒手空拳で魔物や魔獣に挑まねばならないのか。
真偽の程は不明だが、魔物や魔獣に家族や友人を奪われた体験談が書き込まれ、それも同時に拡散する。
寝る前に、アーテルのトップアイドル「瞬く星っ娘」のひとり、メローペが亡くなった事件を上げる。
アルキオーネが最後のコンサートで言った言葉を動画から書き起こし、動画のリンクを貼った。
「デビューしてから、今までずっと、魔法使いのボディガードさんが居たの。でもね、戦争が始まってから、外されちゃったの」
「ボディガードさんってね、普通のおばさんだったの。魔法使えるってだけの、フツーのおばさん」
「私たちも、悪い魔法使いは、ムリって思うけどー! あのおばさんみたいに、魔法使いにも、いい人って、居るんだよー!」
「今まで内緒にしてたけど、魔女のおばさんは、私たちを何回も、助けてくれてたの。魔物って、実体ないクセして、人間食べちゃうの、ズルイと思わない?」
「こんな魔物の多いとこで、聖者様の教えを全部守ってたら、メローペちゃんみたいに、魔物に食べられちゃう!」
本来、人を救う筈の信仰が、両輪の国では命を捨てさせている現状。
アルキオーネの言葉が、直接若者たちに問い掛ける。
個人的な経験や目撃談を公開するのは見送った。それを出そうとすれば、キルクルス教会への直接的な批難を書くのを避けられそうにない。
……今はまだ、その時じゃない。
ファーキルは敢えて反応を見ず、タブレット端末を充電器に挿してベッドに潜り込んだ。
☆イヤな記憶……「163.暇潰しの戯れ」~「166.寄る辺ない身」参照
☆アルトン・ガザ大陸の状況/教義の矛盾……「359.歴史の教科書」「369.歴史の教え方」~「371.真の敵を探す」、「429.諜報員に託す」~「435.排除すべき敵」参照
☆信仰と生命の選択を強いられる……「026.三十年の不満」参照




